恩師からのメール | 大山格のブログ

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おもに歴史について綴っていきます。
実証を重んじます。妄想で歴史を論じようとする人はサヨウナラ。

 いまから30年ちょっと前、厳しい師に出会った。筑波大学名誉教授の大濱徹也先生だ。

 当時、先生は筑波大学から日大に出講なさっておられた。其の頃の偏差値的な位置づけでいうと、東大や京大を超一流とすれば、筑波大学は一流、日大は二流のなかでも底辺か、下手をすると三流と見なされるくらいだったかと思う。

 やはり筑波大学と日大とでは学生の頭の出来が違うと、先生は遠慮なく宣うので閉口したことを覚えている。ただし、日大の学生は筑波の学生より伸び幅が大きいともいってくださった。叩けば伸びるというのは、鍛冶屋ばかりでなく教育者にとっても愉しいことだろう。

 それゆえか、私もガンガン叩かれたものだ。先生が期待したほど伸びもせず、駄文を書いて糊口を凌ぐ今日の為体ではあるが、それでも先生は私を見捨てはしなかった。

 先日、マツノ書店から覆刻された『元帥公爵大山巌』の推薦文を「大濱先生に書いていただきたい」とマツノ書店に懇願し、先生にも御承諾いただいて、実現できたのは、とても嬉しいことだった。

 はじめ、マツノ書店さんの私に対する認識は、単に顧客の一人にすぎなかった。多くの著名な研究者との交際がある人だから、私ごときが眼中になかったのも致し方ない。覆刻版『元帥公爵大山巌』の推薦人に名を連ねたのも子孫という肩書きがあったからだった。

 ところが何方かの推薦で、私が附図解説を執筆することになった。このとき、マツノ書店さんは私のことを半人前の研究者くらいにはランクアップしてくださったように思う。だが、私が意識したのは、ほかでもない大濱先生だった。御自身で推薦文を書いた本は、当然ながら読むだろうから。

 学生時代にはゼミで先生から何度も何度もダメ出しされた。また30年ぶりに御叱正を賜ることにもなりかねない。そのように覚悟をしていたのだが、先生から頂戴したメールを読むと今回の仕事ぶりについては及第であった。

――提出したレポートに一発で及第をいただけたのは、はじめてです。

 というような御礼をメールで返信したのだった。

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