多様な働き方を進めるなら制度設計してほしい | 倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

社会保険労務士・行政書士として仕事している板谷誠一の雑多な日記です。私は岡山県倉敷市に事務所を構えています。

先日、労働基準監督署に行った際に、以下のパンフレットを見る機会があった。

兼業を認めようと考えている事業者の皆様へ(リーフレット)
http://aichi-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0112/6103/kengyou.pdf
(愛知労働局のHPに掲載されているが、別に愛知労働局が独自に作成したものではない。)

兼業に関する仕組みが書いているが、労働災害に遭った場合についてはあまり記載されていない。

もっとも、通勤災害の取り扱いについては記載があるが、この仕組は比較的新しく、平成17年改正で盛り込まれたものである。

第17回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/12/s1201-6.html
→資料1-3など

なお、上記ホームページの資料1-4の労働安全衛生法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(衆議院、参議院)(労災保険法及び労働保険徴収法の一部改正部分抜粋)には下記文言がかかれている。

【衆議院における附帯決議(抜粋)】
   労働安全衛生法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議
 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。
七 二重就業者に係る労災保険給付基礎日額については、その賃金の実態を調査した上で、早期に結論を得ること。

(以下略)

【参議院における附帯決議(抜粋)】
      附帯決議
 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。
七 複数就業者に係る労災保険給付基礎日額の算定方法については、その賃金の実態を調査し、早期に結論を得ること。

(以下略)


「二重(複数)就業者に係る労災保険給付基礎日額の算定方法」というのは、例えば別のA社とB社で働いている労働者がA社で労働災害に遭った場合は、A社の賃金をもとに給付基礎日額が算定されるということである。

つまり、B社の賃金は考慮されないため、A社とB社で働いていた労働者は労働災害により休業している場合は、A社の賃金のおよそ8割程度しか補償されない。

それでは、まったく今まで検討されなかったかというとそうではない。
国会の附帯決議の前の2004年(平成16)7月

労災保険制度の在り方に関する研究会中間とりまとめ
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/07/s0705-3b.html

が公表されていて、その資料を抜粋すると、以下のとおりである。

3 二重就職者に係る給付基礎日額等について

(1) 給付基礎日額について
 労働者が2つの事業場で働き、賃金の支払いを受けている場合、通常はその合算した額をもとに生計を立てているものであると考えられるが、そのような場合であっても、現在は、業務災害又は通勤災害によって障害を負って労働不能になった場合や死亡した場合の障害(補償)年金や遺族(補償)年金等に係る給付基礎日額は、前述のように発生した災害に関わる事業場から支払われていた賃金をもとに算定されることとなる。
 その結果、業務災害又は通勤災害による労働不能や死亡により失われる稼得能力は2つの事業場から支払われる賃金の合算分であるにもかかわらず、実際に労災保険から給付がなされ、稼得能力の填補がなされるのは片方の事業場において支払われていた賃金に見合う部分に限定されることとなる。特に、賃金の高い本業と賃金の低い副業を持つ二重就職者が副業に関し業務上又は通勤途上で被災した場合には、喪失した稼得能力と実際に給付される保険給付との乖離は顕著なものとなる。
 また、既に厚生年金保険法の老齢厚生年金等や健康保険法の傷病手当金については、同時に複数の事業所から報酬を受ける被保険者については、複数の事業所からの報酬の合算額を基礎とした給付がなされることとされている。
 前述のように労災保険制度の目的は、労働者が被災したことにより喪失した稼得能力を填補することにあり、このような目的からは、労災保険給付額の算定は、被災労働者の稼得能力をできる限り給付に的確に反映させることが適当であると考えられることから、二重就職者についての給付基礎日額は、業務災害の場合と通勤災害の場合とを問わず、複数の事業場から支払われていた賃金を合算した額を基礎として定めることが適当である。


このまま研究会の資料どおり、法令改正すればよかったのだが、労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会において、論点整理したものの、結論が出ず先送りになった。

第10回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会 
資料1 給付基礎日額の算定方法の見直しに係る論点
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/s1201-7.html


1 負担の在り方
○ 複数事業場の賃金を合算したものを給付基礎日額の算定の基礎とする場合には、給付の増加に係る負担の在り方についてどう考えるか。
※ 個別事業主についてはメリットの算定上不利にならないよう措置するとしても、給付基礎日額の算定方法の見直し(合算)による給付の増加に係る負担は、災害が発生した事業場が属する業種が負担するか、全業種で負担するか。


2 手続の在り方
○ 災害の発生と無関係な事業主に賃金証明等の手続的負担が求められることをどう考えるか。特に、兼業禁止規定に反する場合の兼業先での事故について手続的負担が求められることをどう考えるか。

3 算定方法の問題
○ 給付基礎日額の算定方法については、複数就業者の類型に応じて緻密に設定する必要があるのではないか。

4 複数就業者の把握の問題
○ 適用労働者を個人単位で把握していない労災保険において、被災労働者が複数就業者であることをどのように把握することとするか。

5 業務災害について
○ 業務災害の場合にも複数事業場の賃金を合算したものを給付基礎日額の基礎とするか。
○ 業務災害の場合と通勤災害の場合で給付基礎日額の算定方法が異なることは適当か。


確かに上記論点についてどう制度設計するかを決める必要があるのは確かである。
ちなみに社会保険については、二以上の事業所勤務を前提した施行規則の条文もあるし、標準報酬月額の制度により上記論点に対する制度設計はできている。
(もっとも社会保険制度の仕組みを真似ればよいという意見もあるかもしれないが、
 それはそれで理論上、実務上難しい問題がある。)

国会議事録を確認すると政府も制度設計の困難さを認めている。

第162回国会(衆議院) 厚生労働委員会 第36号
平成十七年七月二十七日(水曜日)(抜粋)

○内山委員 (略)
 それでは、テーマを変えまして、二社勤務者の給付基礎日額の算出についてお尋ねをしたいと思います。
 現行労働者災害補償保険法第八条に「給付基礎日額は、労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額」とあります。改正案では、第一の事業場から第二の事業場に移動中に被災した場合、第二の事業場の平均賃金のみで休業給付や障害給付を計算するようですが、なぜ二つの事業場の合計賃金で平均賃金を計算しないのか、まずお尋ねをしたいと思います。
○青木政府参考人 この複数就業者の給付基礎日額の問題につきましては、確かに議論のあるところだと思います。審議会における検討の中でも、複数就業者の給付基礎日額、どういうふうに補償のための基礎となる賃金を考えるかということだと思いますが、それについて算定方法の見直しに賛成する意見もございました。
 しかし、一方で、給付基礎日額の算定方法の見直しは、ひとり通勤災害のみならず、ベースになります業務災害の場合にもかかわってくる問題でもございますし、そういう意味では大変基本的な問題にかかわってくる。それから、今委員が御指摘のように、第二だけじゃなくて、両方を合算するというようなことにしますと当然給付が増加するわけであります。そうすると、これは全額事業主の負担する保険料財源でございますので、財源負担のあり方についても当然議論、検討しなければいけないということになってまいります。そういうことで、十分に議論、慎重な検討が必要だということだと思います。
 それからもう一つ、複数就業の事実を把握していない事業主も含めて、いわば災害の発生と無関係な事業主にも賃金の証明をさせたり、そういったような負担が生じてくるというようなこともございまして、そういう指摘もございましたので、見直しを行うべきとの合意までは至りませんでした。
 そういうことで今回お出ししたようなことになっているわけですが、この審議会での建議におきましては、昨年十二月に取りまとめられましたけれども、これにつきましては、複数就業者の賃金等の実態をさらに調査した上で、専門的な検討の場において引き続き検討を行うことが適当というふうにされております。私どもとしては、これを踏まえて検討、対応していきたいと思っております。
○内山委員 被災し労務不能になった場合の喪失する稼得能力は複数の事業場から支払われる賃金の合計であるのに対して、補てんされる稼得能力は片方の事業場からの分だけでは、実際生計が成り立たないケースがあります。労災保険料はそれぞれの事業場で支払っているわけでありますから、当然やはり一緒に平均賃金を計算すべきだろうと思います。それからまた、業務災害、通勤災害の区別なく、労働者の稼得能力の補てんは複数の事業場から支払われた賃金の合計で平均賃金を計算し給付基礎日額とすべきであるということをぜひ早急に検討していただきたいと思います。

(注)
内山委員:衆議院議員
青木政府参考人:厚生労働省労働基準局長

上記審議情況を踏まえて国会の附帯決議がなされたと推測されるが、現時点で議論が進んでいるのかどうかははっきりしない。
ただ、雇用保険においては、二重就職者(マルチジョブホルダー)を保護する動きはあるようである。

第90回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会資料
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000013860.html
→マルチジョブホルダーについて

上記資料によれば、

「全雇用者のうち副業をしている者の数を本業の所得階層別にみると、本業の年間所得が299万以下の階層で全体の約7割を占めている」

とのことなので、制度上マルチジョブホルダーについては保護される必要があると考える。

僕の意見としては、確かに今の労災、雇用保険制度は、二重就職者をあまり保護していない。その理由は、そもそも二重就職者を保護するほど社会問題にならなかったからだと思われる。

二重就職を選択する理由はいろいろあるかもしれないが、今後も二重就職者は増えると思われる。今、政府は多用な働き方を促進するために、労働者派遣法の改正案を提出したり、労働基準法の見直しを検討している。
それならば、多用な働き方を行っている労働者を保護するための法制度も早急に検討してみてはどうか。

保険財政への影響、技術的問題(労災でいえば手続き上の問題、雇用保険でいえば、失業の概念の見直し)があるのもわかるが、制度の決めの問題なのだから、じっくり議論して落としどころをさぐればよいだけであり、そもそも「まとまらないから先送り」ではみっともない。