社会保険は誰のためにあるのか | 倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

社会保険労務士・行政書士として仕事している板谷誠一の雑多な日記です。私は岡山県倉敷市に事務所を構えています。

最近は、健康保険・厚生年金保険の算定基礎届の作成業務で忙しいが、毎年のように社会保険料が上昇していることもあり、事業主から相談を受けることもある。

ここ数年は、社会保険の未加入が問題視されており、特に建設業については、国土交通省が本格的な対策を実施しているところである。

国土交通省直轄工事における社会保険等未加入対策に関する通知について
http://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo06_hh_000067.html

それでも、毎年上昇する社会保険料がなんとかならないかと思う事業主の気持ちはわかるわけで、国会議員の先生から以下の質問主意書が提出された。

正社員雇用増大のための中小企業の社会保険料負担軽減に関する質問主意書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a186181.htm

タイトルからも分かる通り、中小企業の社会保険料の負担を軽減すべきではないかということである。これに対し、政府の回答(答弁書)を紹介する。

正社員雇用増大のための中小企業の社会保険料負担軽減に関する質問に対する答弁書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b186181.htm

要約すると以下のとおりである。

(1)社会保険料は、労働者及び事業主から、それぞれの負担能力に応じて徴収している

(2)労働者が社会保険に加入することで、労働者が安心して就労できる基盤を整備することは労働者を雇用する事業主の責任

(3)労働者の健康の保持及び労働生産性の増進が図られることが事業主の利益に資する

(4)財政難なので事業主の社会保険料負担に対する助成等の措置を講ずることは困難


いかにも、政府の答弁書という感じである。

(1)については、赤字企業でも容赦なく事業主から社会保険料を徴収することが、「負担能力に応じて」とは思えないが、給付と負担のバランスを考えると赤字企業でも負担をお願いするのは当然だろう。

(2)については、過去の裁判例でも述べられているが、最近の最高裁のHPで紹介された裁判例でも述べられている。

保険料の過払い及び保険料相当額請求控訴事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=84293&hanreiKbn=04

判決文
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140623121238.pdf

を抜粋すると、

厚生年金保険法27条は,適用事業所の事業主は,被保険者の資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を厚生労働大臣に届け出なければならない旨定め,同法82条1項は「被保険者及び被保険者を使用する事業主は,それぞれ保険料の半額を負担する。」と,同2項は「事業主は,その使用する被保険者及び自己の負担する保険料を納付する義務を負う。」と定めていることからすると,これらの義務は,もちろん,公法上の義務ではあるが,もともと,厚生年金が,労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであること(同法1条)に鑑みれば,使用者は,労働契約の付随義務として,信義則上,同法を遵守し,労働者が同法に基づく保険給付を受ける権利を侵害しないように配慮すべき義務を負っていると認めるのが相当である。

 また,健康保険法161条1項は,「被保険者及び被保険者を使用する事業主は,それぞれ保険料額の2分の1を負担する。」と定め,同条2項は,「事業主は,その使用する被保険者及び自己の負担する保険料を納付する義務を負う。」と定めているから,同法1条の定める同法の目的に鑑み,使用者は,健康保険についても,労働契約の付随義務として,信義則上,同法を遵守し,労働者が同法に基づく保険給付を受ける権利を侵害しないように配慮すべき義務を負っていると認めるのが相当である。


(3)については、国土交通省のHPにも述べられているとおりであり、結局社会保険に加入(正確には加入ではなく、被保険者であることを届け出るだけだが)することが事業主の利益になることは確かだろう。
社会保険に加入すれば、市町村が運営する国民健康保険には事実上ない傷病手当金も受給できるようになるし、国民年金よりも厚生年金の方が、給付が手厚いからだ。

(4)について、結局財政難だから助成等は無理とのことだが、一方で、協会けんぽにはそれなりの国庫補助が行われているし、年金の給付についても国庫負担が実施されている。

つまり、個別の事業主の負担を軽減するための助成等ではなくて、給付全体への補助、負担という形で政府はすでに助成等しているので、個別事業主には難しいという見解かもしれない。

ただ、(1)から(4)を踏まえて思うこととしては、法人のような強制適用事業所ではなくて、任意適用事業所への助成は行ってもよいのではないかと考える。

任意適用事業所
http://www.nenkin.go.jp/n/www/yougo/detail.jsp?id=167

具体的は、弁護士や税理士、社会保険労務士などの士業の個人事務所のことである。
(ただし、税理士の先生方などが会計会社を設立すれば、その会社は、強制適用事業所であるから、会社に使用される従業員は、健康保険・厚生年金保険の被保険者となる。)

もっとも、社会保険料の支払に悩んでいるのはほとんど法人(強制適用事業所)だろうから、実際のところはあまり意味がないかもしれない。

ただ、確かに社会保険に加入することで、労働者が快適に仕事をできるようになれば、それは事業主の利益に資するのは間違いない。労働者が仕事をすることで、事業主は売上を計上できるわけで、逆に労働者がいい加減な仕事をすれば損失を被ることになる。

人を雇用することは実に大変であり、社会保険料の負担も重いのは分からなくはないが、労働者あっての事業主である以上、いかに労働者に快適に仕事をしてもらうよう努力するかが、事業主に課されているわけで、僕は、労働・社会保険の専門家として、労働者、事業主双方が快適と思えるような職場環境を提案する必要があると感じている。