民法728条第2項と刑法200条 | 倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

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行政書士試験受験生から民法728条についての質問があった。

(離婚等による姻族関係の終了)
民法第728条 姻族関係は、離婚によって終了する。
     2 夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同様とする。

姻族関係の終了の条文である。第1項はすぐに理解できるが、第2項についてなぜこのような条文があるのかという質問だった。

第2項は死別の場合であるが、大雑把に分かりやすくいえば、例えば夫が亡くなり、生存している妻が亡夫側との親戚関係を終了させる旨を言えば姻族関係が終了するということである。ちなみに、戸籍法において

戸籍法第96条  民法第728条第2項の規定によつて姻族関係を終了させる意思を表示しようとする者は、死亡した配偶者の氏名、本籍及び死亡の年月日を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。

と規定されている。前の例で言えば、妻がその旨を届け出なければならない。

まあそもそも行政書士試験でここまで細かい条文がでるのかと思うが、裁判で議論になったことがあるのかどうか判例を調べたところ、意外な判例が見つかった。

事件番号:昭和28年(あ)第1126号
事件名 :尊属殺人未遂殺人未遂被告事件
裁判所 :最高裁判所大法廷
判決日 : 昭和32年2月20日 (1957-02-20)

上記裁判例は、現在削除されている下記刑法200条を合憲とした上で、「刑法200条で規定する配偶者の直系尊属とは、現に生存する配偶者の直系尊属を指すもの」と判断した。その判断にあたり民法728条2項の解釈が出てきたようだ。

刑法200条(現在は削除)
自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス

まず、上記判例の民法728条第2項の趣旨の部分だけ抜粋する。


 ところで本件のように夫が死亡した場合、その直系尊属と生存する妻との関係についても、なお、配偶者双方が生存している場合と同様に見ることができるかどうかを、まず改正前の民法の規定について考えてみるに(刑法二〇〇条は現在と変らない)、その七二九条二項は、夫が死亡しても妻が夫の家に在るかぎりは亡夫の血族との姻族関係は消滅しないが、妻の去家によつてこの関係は消滅するという趣旨を定めている。このように去家の有無によつた改正前の民法の法意とするところは、妻は夫の死亡によりすでに配偶関係はなくなつたのであるが、妻がなお亡夫の家に在るという関係を尊重し、その間だけ亡夫の血族との関係を継続せしめる趣旨であつて、その基くところは、もつぱら当時の厳格な存在であつた「家」の制度にあつたと見るのを相当とする。従つて夫の死亡した場合において妻と亡夫の直系尊属との関係については、配偶者双方が生存している間の右関係を本来の親子関係に準して重視するのと同列に考えることはできない。されば、すでに「家」の制度の廃止せられた現行憲法のトにおいては、改正前の民法の解釈としても、妻がなお亡夫の家に在る間だけに生ずる姻族関係によつて、亡夫の直系尊属に対する関係を刑法二〇〇条の適用ある場合に拡張する理由はきわめて乏しいといわなければならない。しかるに現行民法七二八条二項は、夫婦の一方が死亡した場合、その血族と姻族関係を存続させるかどうかを生存配偶者の意思にかからしめたのであるが、この趣旨はもつぱら生存配偶者の感情、境遇又は親族関係に対する判断等を尊重し、いずれを採るかをその意思の自由に委したものと解するを相当とする。


戦前の民法の条文にも現民法728条2項と同じような条文があったようだが、ようは条文の趣旨は上記引用の最後の部分である。

夫婦の一方が死亡した場合、その血族と姻族関係を存続させるかどうかを生存配偶者の意思にかからしめたのであるが、この趣旨はもつぱら生存配偶者の感情、境遇又は親族関係に対する判断等を尊重し、いずれを採るかをその意思の自由に委したものと解するを相当とする。

例えば、妻が夫に先立たれた場合、生前どのくらい親密な関係であったか、死亡に至るまでの経緯などにより妻の夫の家族(夫の両親など)に対する思いが異なってくる。夫婦に子供もなく年齢も若ければ、夫の家族側としては、残された妻に早い再婚を望む可能性が高く、そうであればあえて亡夫との関係を断ち切った方がよいと考える場合もある。そのような事情は戦前もあったのだろうが、戦後の民法において妻の意思を考慮したというのは一般的な感情論から考えても納得できる。

というのは、相手側の家族からは姻族関係の終了を申し出ることができないわけだが(例えば、夫の親は親戚の縁を切りたくても配偶者が意思表示しないかぎり縁が切れない)、やはり生存している配偶者の思いが大切だからである。確かに、あくまで推測だが、周りがどうのこうの言おうと配偶者を失った気持ちは失った者にしか分からないのだろう。

話は変わり、上記判例について、現在では削除されている刑法200条との議論が興味深い。その後違憲となる刑法200条について、前述の裁判例では下記事由により合憲とした。(以下、引用する。)

刑法二〇〇条が、いわゆる尊属殺を普通殺人と区別し、特に重刑を定めたことが、憲法一四条に違反しないことは、当裁判所大法廷の判例とするところである(昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日判決、集四巻一〇号二〇三七頁。昭和二四年(れ)第二一〇五号同二五年一〇月二五日判決、同上二一二六頁各参照)。そして右判例の趣旨は、親子の関係をもつて、人倫の大本、人類普遍の道徳原理の上に立つものとし、これを律する関係はこの原理に基いて確立した法秩序であつて、新憲法の下においても否定せらるべきいわれはなく、従つて子の親に対する殺人について特に重刑を定めた刑法二〇〇条の存在の意義もまた否定せらるべき理由がないというに帰する。そしてこの理によつて、配偶者が互いに夫婦として存続するかぎり、その一方と他方の直系尊属との関係も、本来の親子関係に準じて重視するを当然とし、これについても同じ重刑を科することを正当と認めるものと解することができる。

余談であるが、単に行政書士試験レベルでは、刑法200条は違憲と覚えておけばよいという考えもある。ただ、実際に違憲としたのは、対象の事案があまりにも被告人にとってつらすぎる事情があった(分かりやすく言えば、被害者が極めて責められる事案であった)ため、刑法200条を違憲とせざるをえず、結局は量刑が重すぎるという理由である。上記裁判例で合憲としている、直系尊属に対して刑を重くすること自体はその後違憲とされた判例でも問題なしとしている。

上記裁判例では、結局死亡した配偶者の直系尊属には旧刑法200条があてはまらないとしているが、判決理由で以下のように述べている。(以下、引用する。)


それゆえこのような生存配偶者の意思によつていずれとも定まる関係にある場合において、道義的感情の問題は別として、妻と亡夫の直系尊属との関係に本来の親子関係と同様な重罰規定を適用すべき合理的根拠はなく、従つて妻の意思によつて姻族関係が存続する場合でも、この一事をもつて、直系尊属との関係に刑法二〇〇条の適用があると解するのは、同条のよつて立つ本義に副わないというそしりを免れない。そしてまた刑法は民法とその性格、目的を本質的に異にし独自の使命を有するのであるから、民法上姻族関係がなお存するからといつて、刑法二〇〇条の直系尊属の解釈についてまで両法が常に必ず一致しなければなちないものではない。されば本件被告人の場合、民法上姻族関係の存するにかかわらず、亡夫の父母との関係については、刑法二〇〇条の適用がないと解するを相当とする。

民法と刑法は違うというところもポイントかと考える。社労士の仕事をしていて、民事上の話と刑事上の話はきちんと分けて考えないといけない。(分かりやすくいえば、民法と労働基準法の違いである。)

とまあ、長々と書いたが、日頃知っていることでもふと聞かれると困ることがある。民法728条第2項の規定も刑法200条の規定も当然知っているが、それらの条文の規定が何を意味しているのか、そしてこのように裁判で論点になっていたという事実はこのたび初めて知った。

何気なく条文を覚えるのはたやすいのだろうが、その条文の意味するところ、そしてどのような裁判例があるのかを調べることで、より深い知識が身につくことを行政書士試験受験生に言っておきたい。