実はリストラクチャリングと、ペレストロイカは同意語である。
リストラの本来の意味は、再構築を意味するのだが、いつの間にか日本では首切りの意味になってしまった。
組織を再構築するということは、どういうことか。
例えば、収入にあわせて組織を再編成することが挙げられる。つまり出費の抑制だ。
しかもこの場合、重きをなしているのは組織の再編成である。
つまり、組織内部で求められている再構築とは、役割の変更であり、組織各人の意味付けの変更を意味する。
この部署は、今まではこれをやっていたけど、これもやって欲しい。
或いは、今まで貴方はこれをやっていたけれど、今回からはこれをやって欲しい。
組織にダイナミズムを齎し、躍動させる。
言わば、動脈硬化を起こした血液を、再びサラサラにさせるのが、リストラクチュアリングの使命ではあるまいか、と思っている。
その意味で、野村再生工場とは、選手に対して役割の再構築を命じている。
例えば楽天の山崎。阪神の遠山。ヤクルトの田畑。南海の江夏。
みな、野村再生工場のお古だ。
なんで再生出来たのか?
なんで突如、活躍出来るようになったのか?
再生の方法自体は簡単だと思う。
力配分の変更。
考え方の再構築。
そして、役割の変更。
人間、同じポジションで同じ役割を、一定以上の成果を出すというのは、並大抵のことではない。
いつしか違うポジションになり、違う役割を担うことになる。
ヤクルトのショートが池山、宮本、川島になったように。
そのポジションで一定以上の成果を出せないのであれば、違う人間が出てくる。
しかし、大抵の人間は役割が変わっても納得できない。
どうしても今までのやり方で、違うポジションなのに、前と同じことをしてしまう。
そして通用しなかったら、捨てられてしまう。
前のポジションの型に嵌ったやり方で、違う型に当て嵌まるだろうか?
だから、野村再生工場は、極めてオーソドックスな、再配置をしているに過ぎない。
しかし野村再生工場の極意はここではない。
選手一人一人が、自発的に変化出来るよう、自ら違う型になっていこうと思える環境整備を行っている。
選手への声掛け、配慮。
野村再生工場は教えてくれる。
組織は常に変わらなければいけない。
だからこそ、組織で働く人間が変わらなければいけない。
自ら変わることを恐れてはならない。
時代は変わる。
環境は変わる。
そんな時に、自分が変わらなくてどうする?
時代、状況、環境に合わせて一定以上の成果を出す為には、それに合わせることこそ大切だ。
自分の持てる力を、見方を少し変えるだけで、思う存分発揮することが出来る。
それが野村再生工場の極意だと思う。