「今日のおすすめ ラジオ第一4/10(月)お昼12:30~『ごごカフェ』
午後2時台『カフェトーク』本日のお客様は甲斐よしひろさんです
デビューから現在まで続けているライブのお話など
これまでのヒストリーをじっくり伺います」…とのツイートが早朝からアップされ
もちろん、番組公式ツイッターでも…
「こんにちは!今週もよろしくお願いします
月曜日2時台は『この人にききたい』ミュージシャンの甲斐よしひろさんをお迎えします」
「『カフェトーク』今日のお客様はミュージシャンの甲斐よしひろさんです お楽しみに!」
「2時5分からは『カフェトーク』今日のお客様はミュージシャンの甲斐よしひろさんです」
…といったツイートが溢れてました(笑)
そして…パーソナリティの武内陶子さんが「2時5分になりました
『ごごカフェ』生放送でお送りしています
2時台『カフェトーク』をお送り致します
えー、今日は、お客様…ミュージシャンの甲斐よしひろさん
先日、収録したんですけれども、皆さんから、もうあのー、期待の声、戴いております」と
まずは、リスナーの方からのメッセージを紹介されたんだけど
その中に「人に自慢できるものがほとんどない自分ですが
誕生日と血液型が甲斐さんと一緒なのが、密かに自慢です」といった投稿があり
武内さんは「えっ!?4月7日生まれB型!?ホント!?あらまあー!それは自慢でございますね
お誕生日おめでとうございました!」と食いつかれ(笑)
「では、それでは甲斐さん、お聴き頂こうと思います
昨年ソロ活動35周年を迎えられ、ますます精力的に活動なさってます!どうぞ!」とQ出し
しばしの沈黙のあと「今日のお客様は、ミュージシャンの甲斐よしひろさんでーす!」という武内さんの声が流れ始め
甲斐さんが「こんにちは!」と返され、武内さんが「お久しぶりで…」と
おっしゃるのへカブセて「お久しぶりです」と甲斐さん(笑)
武内さんがMCでいらした「スタジオパーク」に出演なさった時に
番組の最後の武内さんの一言に「オイ!」って感じの手振りで
「武内!(笑)」とツッコんでおられたことを思い出し(笑)
武内さんとの再会を楽しみにしていらしたのかなあと…?(笑)
武内さんが「…ございます。十何年ぶり…」と話し出されるや「そうだっけ!?」と驚かれ(笑)
「覚えていらっしゃいます?甲斐さんの…私、『サウンドストリート』に出して頂いたんです」との言葉に
「『サウンドストリート』のスペシャルみたいなヤツでしょ?」と即答(笑)
「そうです!」「ああー!」「スペシャルに出させて頂いて…」
「ナンか…何回かやりましたもんね、スペシャルね」「ハイ、そうなんです」…って
確か、放送当時に録音された、比較的良好な状態のカセットテープ音源を流す
…みたいなスペシャル番組があったのは記憶してるんだけど
「スペシャルなゲスト」とか「重大発表」とか
恒例の「カラオケ大会」といった、いわゆる「神回」的な内容のものではなく(失礼!)
甲斐さんが、10年近くパーソナリティーを務められた中では
わりと新しい時期に放送された回のものだったせいか?あまり覚えてません(苦笑)
ただ、武内さんが紅白歌合戦の司会を務められた際に
放送終了後、涙が溢れて止まらなかったと話されたことに
甲斐さんが「それは、自分のキャパを超えることをやり遂げたからですよ」とおっしゃったことと
武内さんが、周りの皆さんから「陶ちゃん(とうちゃん)」と呼ばれていらっしゃることに
「母ちゃんになっても、とうちゃんなんだね(笑)」と笑っておられたことは記憶してます(笑)
それはさておき…武内さんが「ナンか、今日は真っ昼間から来て頂いて…(笑)
(『イヤイヤイヤ…(笑)』と甲斐さん)
ナンか…『サウンドストリート』…夜…甲斐さんね、水曜の夜10時が(担当で)…イメージ…」
…と話されると「まっ、まっ、大昔、僕が…
僕らがやってた番組のスペシャル企画みたいなことで、何回かだけ、やりましたもんね
(『ええ、そうでした』と武内さん)…10年ちょっと前に…」と返され
武内さんは「その…その時、私、テレビの世界にいたんですけど、アレから…
あの時が初めて…ラジオの番組みたいなのに出たのが…(『ああ!そうなんだ!?』と甲斐さん)
もう、そこから『師匠』と思っております!…(『いえいえ、もう…』)」
…と、甲斐さんとのご関係に触れられ「イヤ、もうラジオを…これ…『ごごカフェ・カフェトーク』で
とうとう甲斐さんに来て頂くことが出来たんで…」と感慨ひとしおのご様子
甲斐さんが「イヤー!まあ、しかし、ナカナカこの…機会…機会はあれど
ナカナカ…ナンかこう…出会えなかったですね」とおっしゃったので
これまでにも何度かオファーがおありだったのかな?と思ったら
武内さんが「そうなんですよー!ライブがね、お忙しくって…
その合間を縫って来て頂いて、ホントに有難いんですけれども…」と返され
このたびの「国会中継」による、数回の変更のことだったのかと…(苦笑)
ともあれ…「えー、甲斐よしひろさん…皆様…リスナーの皆様、ご存知とは思いますが…
もうね、ドンピシャの世代の方がほとんどだと思うんですけれども
えー、プロフィールをご紹介致します!」と武内さん
まあ、ナンせ「甲斐よしひろヒストリー」ですからねぇ(笑)
「甲斐よしひろさん、1953年…昭和28年、博多のお生まれでございます
えっ?28年?ヘビ年ですよね?…(『そうです、そうです(笑)』と甲斐さん)
私、12(歳)下です!…(『知ってます、知ってます、知ってますよー』)…ヘビ年、B型(笑)
えー、甲斐さん、高校時代にバンドを結成して
地元のラジオやライブハウスに出演なさってました
で、ライブハウスで、夜歌いながら、その間、ウェイターやってらっしゃったんですか?」と
単に、プロフを読み上げられるのではなく
ご本人に話を振られる形で進行するみたいで
甲斐さんは「そう!そう!あのー、高校の時に、1年間くらい歌ってて…
で、それも、表…フツー、すごいオーディション厳しいんですよ
その『照和』っていうライブ…ライブハウス
(『ハイ、もう…あの『照和』ですよね?』と武内さん)
ハイ、まっ、出来たら…出来て2年目くらいの時だったんですけど…
で、僕、結局…そのー、ナンか公開録音の番組に出て、地元のラジオ局の…
3曲くらい歌ったあとに、こう…高揚してるじゃないですか?
それで、うん…『照和』ってのがあるって話になって…地下に降りてくんですよ
で、地上の1階と2階は、すごく健康な喫茶店になってるんですけど
地下は、こう…薄暗いんですよ、もう見るからにナンか、これは…
(『高校生が入っていい所なんですか?』)…まあ…まっ、あの…でも、アレですよ
ちゃんとお金出して、チケット貰って、コーヒー(と交換)とか…
(『あっ!なるほど!』)…うん、だから、入っていいんですけど…
それで、ナンかこう…キングストン・トリオとか、ブラザース・フォアみたいなさ、その…
(『懐かしい!』)…福岡大学の軽音楽部の人間が、ちょうどやってたんですよ、4~5人で…
で、ムッチャ上手いんですよ!ムチャ上手いんだけど、全然ソウルがない感じで…(笑)
『あっ!これ、絶対できるな』と思ったんですよ、僕、その時…(『ええーっ!』)
それで(笑)『ちょっと歌っていいですか?』って言ったら
『ああ、いいよ、30分待ってて』って言われて…
その(グループの)ステージの間に、だから、下に降りて…
更に下にチューニング部屋があるの、まっ、控え室みたいな…で、そこで、チューニングして
で、で、時間になったんで『いい?』って言われて…
3曲しかレパートリーなかったのに、40分やったんですよ…(『ええーっ!』)
もう、MCもちゃんとやって…(『スゴイですね!』)…高校2年くらいん時…(笑)
それがもう…それがオーディション代わりみたいになって…
『高校生でしょ?』って言われて…『そうです、そうです』
『じゃあ、日曜空いてるよね?じゃあ、あの…次の日曜…』って言われて
そっから、ずーっと…(『スゴイ!そこからもう…?』)
うん、だから…(『始まって行くわけ…』)
ナンだっけ?結局、高校ん時は、1年やって…
そいで、そのあとまあ、10代の後半になって
4ヶ月くらい、ちょっとサラリーマンを噛って…(『おおーっ!』)
それで戻って来たんですよ…(『で、1974年…』)
それが、だから…だから、歌いながら…まっ、ウェイターやるみたいな風な…
ところが、僕の席が空いてたんですよ、ちゃんと…
『絶対戻って来ると思った』って、みんなが言ってて…
(『えっ!「もう絶対、甲斐は戻って来るぞ!」と…?』)…うん、みたいな感じだった…
だから、有り難かったですけどね…(『へえー!スゴイ話ですねぇ』)」
…と、甲斐さんファンの皆さまには、有名なエピソードばかりでしたが(笑)
「照和」の皆さんが全員「戻って来る!」と思われたので
賭けが成立しなかった話は、カットなさったみたいですね?(笑)