「皆さん、こんばんは!『Happy Go Lucky!』のお時間です、お相手は長岡和弘と…」
「アシスタントを務めます、友廣皇子でお送りします」…と、いつも通りのスタート
友廣さんが、番組内容を少し紹介なさったあと
「今回はね、ちょっとね、映画の音楽をいつもより多めにかけようと思っています
今日のオープニングナンバーをお送りします
僕の選曲は…『真夜中のカーボーイ』っていう映画の中で流れてました
『うわさの男』…『エブリバディズ・トーキング』」と長岡さん
曲明けには…「お送りした曲は、ハリー・ニルソンの『うわさの男』でした
この『真夜中のカーボーイ』って観たことない?…(『ないです』と友廣さん)
ないか…そうか…(『いつ頃の映画なんですか?』)…えーっとね、若い頃に…(笑)
(『長岡さんが若いんですね?(笑)』)
そうそう…あのね、男同士のね、すごく良い…よく描かれた映画で…
片足が不自由なね、役柄だった…ダスティン・ホフマン
わりと(俳優キャリアの)最初の頃の作品なんですけどね
で、一緒に男と住んでるんですけども、まっ、ニューヨークからマイアミに…
フロリダかな?マイアミかな?…に『行きたいんだ!』『行きたいんだ!』(と言ってて)
最後にね、具合悪くて、もう死にそうなんですよ
そいで、バスに乗って…『じゃあ行こう』ってなってから…
最後の…到着した時にはバスの中で亡くなってるんですよ
バスの中で、ホント切なく、なかなかこう…良い映画で…(『ああ、そういう映画なんだ…』)
この曲が好きだったんで、あらすじ、よく覚えてんですけど、最後はそういうことだった…
これもね、60代の人はね、大好き!(笑)
(スタッフの方がお調べになったのか?この映画の公開は)…1969年だって!
しかもね、男同士の友情がね、よく描かれてる
あの…結構ショック受けた映画でした」と話されてましたが
確かに「60代」には懐かしい作品ですねぇ(笑)
でも、奥さんももちろん(笑)甲斐さんのお好きな映画ということで
リアルタイムではないにしろ、この作品を観て
そのラストシーンにうるうるした1人ですし
こういう名作は、いつの時代に生まれ育った方にも刺さるんじゃないかと…?
ともあれ…「でもね、この次にもね、続いてお送りするんですけど
これも有名な…ダスティン・ホフマンっていう俳優のね『卒業』って映画があったんですよ
教会で結婚式を挙げてる…自分の好きな彼女がね、他の人と結婚しようと、まさにしてる
ほいで、教会の窓をガンガン叩きながらね
お嫁さんをね、連れ出してしまうんです、略奪してしまうと…」と長岡さん
…って、映画のラストシーン全部バラしちゃう人なんだ!?(笑)
まあ、一度くらいは、ご覧になったことのある方が多い作品ですし
「その後、二人はどうなったか?」についても、よく話題になりますしね?(笑)
友廣さんは「ナンか、連れ出しの先駆けみたいな映画ですね(笑)」とおっしゃってましたが
正しくは、後発の映画やドラマがオマージュを捧げてる…
または、パクってるってことなんじゃないかと…?(笑)
もっとも、甲斐さんもカバーなさった「サルビアの花」では
「略奪」どころか、好きな彼女の花嫁姿を見て、泣きながら走り去ってしまいますけど…(苦笑)
「そう!そんな映画なの…で、えー、すごい好きな曲なんですけども
サイモンとガーファンクルで『ミセス・ロビンソン』です!聴いて下さい」
…って「サウンド・オブ・サイレンス」じゃないんだ!?(笑)
まあ「ミセス・ロビンソン」は、甲斐さんもよくご自身のラジオ番組で流されてますが
同世代でいらっしゃるとはいえ、甲斐さんが「8回観た」という「真夜中のカーボーイ」と
「16回観た」という「卒業」をチョイスなさる辺り、お好みが似ておられるのかな?(笑)
ただ、甲斐さんは「金がないなら知恵を出せ」という「非ハリウッド映画」…
特に、当時の「フランス映画」や「アメリカン・ニューシネマ」の斬新さに唸られたのと同時に
これらの映画が「決定的に新しかったのは、ロックを主題歌として採り入れ、ヒットさせたこと
それを聴いて、僕の未来は決定的になった
ストーリーが『見える』歌を書くことだと決めたのだ」とおっしゃっているくらい
甲斐さんが、これまで生み出されて来た楽曲の原点が、これらの映画にあるというのは
ある意味、その後の人生を変えられてしまうほどの刺激を受けられたってことですよね?
それはともかく、曲が明けると…「あのー、大学時代にね
こういうサイモンとガーファンクルみたいなね、ギターを持った青年と2人でね…
サイモンとガーファンクルはね、コードが複雑でね、すごいね、難しかったんですよ
(『聴いてるのには、すごい良いですけどね』と友廣さん)
そうそう!これ、不思議でね、チューリップの姫野(達也)さんと海援隊にいる千葉(和臣)さんって
この2人が、バンド組んでたんですよ!ものすっごく上手かったです!
もう、サイモンとガーファンクルも鬼コピーですよ!ホンットに上手だった!
もう、サイモンとガーファンクルよりも上手かった(笑)イヤ、ホントに素晴らしかったですね」
…と絶賛なさってましたが「千葉さん」と「サイモンとガーファンクル」といえば…
高校生の千葉さんが、サイモンとガーファンクルの「スカボロ・フェア」を
コピーしようとしても出来なくて、苦労されていた時に、中学生でいらした妹さんから
「お兄ちゃん、私の友達で、これ全部弾ける人がいるよ」とお聞きになってガックリなさったと…
その妹さんの「友達」というのが、松藤さんだった…っていう話がありましたね?(笑)
「よーく、こういうの、学生時代にみんなコピーして
歌ったり、弾いたりして、コンサートもやってました
(『そういう…ナンか音楽に囲まれた環境で
長岡さんは、学生時代を過ごされてる訳ですね』)
そうですね、勉強キライだったから…(笑)
(『イヤイヤ、好きこそものの…です』)」
…と、また少し「照和」の頃のエピソードを披露なさってましたが
姫野さんと千葉さんのデュオグループ「ライラック」は
ホントに「照和」開店当時からの古参のグループでいらしたのが
チューリップが、プロデビューすることになって
財津和夫さんが、姫野さんと、当時の海援隊のドラマー・上田雅利さん
ハーズメンの安部俊幸さんを引き抜かれたために、それぞれのバンドが潰れてしまい
千葉さんが海援隊に入られることになったりして(苦笑)
財津さんに対する非難の声が上がったこともあり
甲斐さんが「ソロではなくバンド」でのデビューをお決めになって
メンバーを集められる際には、非常に慎重でいらしたそうだけど
ご本人は、財津さんよろしく「俺が、甲斐バンドを作ったから、バンドが3つ潰れた(笑)」
…といった風に、おっしゃってますよね?(笑)
でも、その頃、大森さんと長岡さんは「筑前」を組んでいらしたみたいだし
松藤さんが加入されたのは「ピエロ」が解散したあとだったようだし…?(笑)
ちなみに…「ピエロ」のリーダー・井手雅英さんが
「ピエロ」結成前に組んでおられたバンド…
「リグビー」には、長岡さんが在籍なさっていたそうです
そういえば…長岡さんは当初、甲斐さんの「メンバー選び」の相談に乗って
松藤さんの前のドラマーの方を紹介なさったりしておられたはずが
元々、甲斐さんの「照和」出演日である月曜日の常連でいらした頃に
「甲斐とだったら、東京に行ってもいいかな」と
漠然と考えておられたことが、お気持ちを後押ししたのか?
ご自身の就職内定を蹴って、甲斐バンドに入られたんですよね?
今、この番組のパーソナリティをなさっているのも、そこから始まったことの地続きな訳で
そう改めて考えると、人と人の縁ってホントに不思議だなあと…