まずは、差し歯を飛ばされた(笑)忠助役の斎藤慎平さんと
仇役の浅川甚兵衛・飯田邦博さん、官兵衛・掘源起さん、只野有膳・井面猛志さんが
続いて、平心坊役の大石継太さん、そして、沢庵大和尚役の塚本幸男さんが登場
沢庵役は、初代を、井上ひさしさんが旗揚げされた「こまつ座」に所属なさっていた辻萬長さん
二代目を六平直政さんが務められ、塚本さんは三代目だそうですが
塚本さん個人としては、この舞台の初演には甚兵衛役で
再演からは忠助役で出演なさっているらしく
「11人しか出ない作品で、3回役が変わるなんてありますか!?(笑)」と驚かれてました(笑)
ただ、我が家では、辻さんのあの渋~いお声で「お説法」なさる沢庵様も拝見したかったなあと…
来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にご出演予定でいらしたのが
療養のため降板されたと知って心配していたんですけど…
久しぶりに「アンティーク~西洋骨董洋菓子店」の「謎の紳士」が観たい!(笑)
主演の滝沢秀明さんが引退なさっていても、再放送はOKですよね?
それはともかく…沢庵様の次は宗矩殿・吉田鋼太郎さんが出て来られ
その次が乙女さん役の鈴木杏さん、続いて小次郎役の溝端淳平さん
もちろん、観客の皆さんは終演後からずっと絶えることなく大きな拍手を贈られていたんですが
やはり、目を潤ませた小次郎殿の登場で、それは一段と大きくなり
まいさん役の白石加代子さんが出て来られた際にも、一向に衰えることはなく…って
序盤で、狂言「蛸」を披露されたかと思えば
剣術指南の場面で、抜けない刀と格闘なさったり(笑)
タンゴを踊られたりと(笑)見事なコメディエンヌぶりを発揮され
第2幕では、あの長ゼリフを淀みなく話され、ほぼほぼ一人舞台状態でいらしたし…って
あの「阿弥号」を並べ立てる身の上話の件は
井上さんの原稿が、いったんストップしたあとに送られて来たらしく
「今回は楽だなあと思っていたら、最後に大変なことになりました(笑)」と白石さん(笑)
ホントに79歳とは思えないパワーと、圧倒的な演技は「人間国宝」ものでした♪
そして、最後はもちろん「ムサシ」役の藤原竜也さんが登場!
でも、大阪公演楽日では、白石さんとご一緒に下手側袖にいらっしゃった…と思う間もなく
まだ、白石さんが客席に頭を下げておられる途中で、舞台中央に歩いて来られ
吉田さんから「早いよ!」と叱られていらしたらしく(笑)
奥さんは「そんなに早く帰りたいの?(笑)」と心の中でツッコんで大笑い(笑)
あっ!ただ、甲斐さんがラジオ番組で話されていたみたいに
回数を重ねるに連れて、藤原さんの声がどんどん枯れて行く…といったことはなく
どちらかと言えば、折に触れて(笑)「謡い」出される
吉田さんの声が裏返ったりなさっていたそうです(笑)
もっとも、たとえ後ろを向いておられようが、囁き声でいらっしゃろうが
吉田さんのセリフが聞き取れないということは全くなかったんだとか…
ステージ上は、キャスト全員での三方礼が終わり
上手、下手に分かれて、皆さん引き上げられたものの、拍手は鳴り止まず…
ダブルカーテンコールでは、藤原さんが蜷川幸雄さんの、白石さんが井上ひさしさんの
塚本さんが辻萬長さんのお写真を抱えて登場され拍手に応えていらっしゃいました
ボクが拝見した配信映像は、これで本編映像終了となっていたけど
大阪楽日は、ダブルカーテンコールの時からスタンディング・オベイションで
トリプルカーテンコールまであったみたいです♪
大阪初日は下手側で、すぐ目の前の吉田さんに見とれていた奥さん(笑)
去り際に手を振って頂いて(…と主張(笑))大コーフン(笑)
楽日は上手側で、目を潤ませていらした溝端さんに貰い泣きしたらしい(笑)
まあ、初日は純粋に、辛く悲しく淋しい「どんな一日でも」生きていればこそ…という
井上さんのメッセージが、このコロナ禍での生活に重なり、感動の涙を流したようですが
楽日は、パワーアップした「五人六脚」や「タンゴダンス」に
笑い過ぎて流した涙の方が多かったみたいです(笑)
ちなみに、この舞台音楽を担当された宮川彬良さんは
初日をご覧になった井上さんが、当時のマネージャーの方に
「ナンで宮川さん、タンゴにしたんだろう?まさに千里眼だね」とおっしゃったとお聴きになり
「…ということは、井上さんのイメージの中で鳴っていた音を
僕は台本から読み取った…ということになる
『千里眼だね』…その言葉が今以て僕の勲章である」と記された一方で
その宮川さんも、蜷川さんを始め、キャストやスタッフの皆さんと同じく
「原稿待ち」の日々でいらしたみたいで(笑)
「井上さんの原稿は、今日は7枚、昨日は10枚という調子で届くので
それは、ある意味、連載小説のように稽古場の読者を楽しませ、笑わせ、泣かせ
稽古は一向に進まないのだが、それでも何だか今日も感動しちゃうという
狐につままれたような1ヶ月間だった。そりゃ痛快と言うほかあるまい
全ては作者の掌の上という訳である」とも振り返っておられ
もしかしたら、宮川さんがタンゴ曲になさったのも
どこかで、ひさしキツネの思惑が働いていたのかも…?(笑)
それはさておき…プログラムの中で、吉田さん、藤原さん、溝端さんの対談があり
吉田さんが、ご自身の演じられた柳生宗矩の…
「三毒を切り捨てた者だけが刀を抜くことが出来る」…というセリフは
今の時代でも「我と我が身を省みてから、人のことを非難しろ」という意味で通じると話され
「欲張ること、怒ること、愚かであることを止めろってことでしょ?
考えてみれば、欲張りだしね、俺も竜也も淳平も…」とおっしゃって
お二人から「ちょっと!」とツッコまれていらしたものの(笑)
藤原さんが「でも、怒りってやっぱり必要じゃないかな
蜷川さんも、僕ら以上に常に怒ってた訳でしょ
晩年は、車椅子で自分の視界に入る全てのものに怒り狂っていて
蜷川さんの視界にいかに入らないようにするかが、僕らのテーマだった(笑)
でも、蜷川さんは、何十年と戦って来た訳で…
だから、僕は『古い』って言われても、常に怒っていたいし
世間に対して、一筋縄では行かないって姿勢を提示して行くことが大事かなと思うんですよね
まだまだ面倒くさくありたいかな」と
どこかのロックバンドのボーカリストの方が、口にされそうなことをおっしゃると(笑)
吉田さんは「竜也は色んな稽古場でいつも怒っていて
みんなから『藤原さんはどうぞご自由になさって下さい』って言われてるらしい(笑)
でも、それは、ものを創造して行く上での怒りだから、持っていていいと思うよ」
…と返されていたんだけど、甲斐さんの言われていた
「摩擦のない所に熱は生まれない」説に照らし合わせると
「どうぞご自由に…」は、あまり望ましい状態じゃないような気が…?
もっとも、蜷川さんは、溝端さんが加わられた頃から
「竜也が、若い世代に優しく丁寧に指導してたりして
お兄さんになったなあと思った(笑)」とコメントなさってましたし(笑)
この舞台に関しては、蜷川イズムを継承された演出家「吉田鋼太郎」氏が
上手く手綱を捌いておられるんでしょうね?(笑)
鈴木杏さんは「この稽古場って、自分にとってはホームみたいな場所なんですよね
リラックスした中にも緊張感があって…
皆さん、気心が知れているから、いきなり本腰の稽古に入れるし…
それが貴重だということは、そういう場所がなくなって初めて判りました
親戚の法事みたいな懐かしさと(笑)、同時にお互いの変化を見せて貰えることも大事なんだなって…
12年も同じチームで出来ることもそうないですし
ありがたい場所を蜷川さんが残してくれたんだなと思います」と話されているんですが
舞台照明を担当された勝柴次朗さんも…
「最後のシーンが判らないまま明かり合わせ」を進められた日々を懐かしまれたあと
「蜷川さんの美的感覚とスタッフへの思いは、他の演出家の追随を許しません
どんな大変な初日でも、幕が降りて『ありがとう!』と握手されると全てが吹き飛びます
心のケアが最高の人だと、今でも思います」とおっしゃっていて
「蜷川組」での経験がいかに貴重なものだったのかが窺えます
また、蜷川さんご自身も「僕がいくら良くても
俳優が良くなかったら、作品の思いなんて伝わらないし
スタッフが良くなかったら、形にならないものね」とよく口にされていたらしく
例えば、どなたかに灰皿を投げつけて罵倒されたとしても
吉田さんやベテランのスタッフの方に「あいつのフォローしておいてくれ」と
陰でこっそりお願いなさっていたそうですし
厳しいばかりの方ではなかったんだなあと…