以前「ヒット曲の歌詞や楽曲構成には法則がある」という
マキタスポーツさんの記事に触れた際に、作曲家・筒美京平さんについて書かせて頂いたんですが
筒美さんがお亡くなりになって、大々的にニュース等で取り上げられたのを見て
改めて筒美さんのお仕事ぶりや人となりについて、ご紹介したいと思った次第です
筒美さんが作曲なさったシングル曲の総売り上げは
日本の歴代作曲家の中でダントツ1位の7,560万枚!
50年を超えるキャリアで手掛けられた楽曲は約3千曲!
ひと月に45曲を生み出されたこともおありだという希代のメロディーメーカーは
ご自身のことを「職業作曲家」「黒子」と評され、メディアに登場なさることが極端に少なく
また、実際にお忙し過ぎて外出される機会がおありにならなかったせいか
「本当は存在していないんじゃないか?」という都市伝説まで生み出されたらしい(笑)
もっとも、数少ない筒美さんご自身の言葉によれば…
「レストランは流行っていないとダメ。材料(の質)が落ちる
職業作曲家も同じ。注文が来れば来るほど、良い仕事が出来る」…ということだったみたいです
ともあれ、甲斐さん縁の筒美さんの曲といえば…
「セイヤング」のパーソナリティ起用の決め手となったという
岩崎宏美さんの「ロマンス」を歌われたことや
「サウンドストリート」のカラオケ大会でお歌いになった、野口五郎さんの「甘い生活」
同じく、近藤真彦さんの「ブルージーンズ・メモリー」
ジャガーズの「マドモアゼル・ブルース」や
野口五郎さんの「青いリンゴ」をカバーなさったり
そうそう!小泉今日子さんの「ヤマトナデシコ七変化」は
「ナゼかは判らないけど大好き(笑)」と話されてましたよね?(笑)
「サンスト」で流された、オックスの「スワンの涙」や、平山三紀さんの「真夏の出来事」
庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」や、中原理恵さんの「東京ららばい」
「『ブルーレター』は、本当は、こういう風に書きたかった」と少し悔しげに話されたという
稲垣潤一さんの「夏のクラクション」
そういえば、甲斐バンドの仙台でのライブ後に、甲斐さんがお寄りになったお店で
アマチュア時代の稲垣さんが歌っておられ「良い声してると思って、席に呼んで話した」
…というエピソードと共に「ドラマティック・レイン」もおかけになったんですよね?
今や、その稲垣さんと甲斐バンドは、同じベーシストの方とツアーなさってますけど…(笑)
それはともかく…1960年代の、いしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」や
「サザエさん」のテーマソングに始まり
1970年代には、南沙織さんの「17才」、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」
堺正章さんの「さらば恋人」、麻丘めぐみさんの「わたしの彼は左きき」
郷ひろみさんの「男の子女の子」「よろしく哀愁」
浅田美代子さんの「赤い風船」、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」
ジュディ・オングさんの「魅せられて」、桑名正博さんの「セクシャルバイオレットNo.1」
…等々、レコード大賞受賞曲2曲を含むビッグヒットを連発され
1980年代には、近藤真彦さんの「スニーカーぶる~す」から
松本伊代さんの「センチメンタル・ジャーニー」、小泉今日子さんの「なんてったってアイドル」
斉藤由貴さんの「卒業」、C-C-Bさんの「Romanticが止まらない」
中山美穂さんの「WAKUWAKUさせて」、本田美奈子さんの「1986年のマリリン」
少年隊の「仮面舞踏会」、田原俊彦さんの「抱きしめてTONIGHT」まで
当時の人気アイドルの曲を一手に引き受けられていたようですし
90年代には、小沢健二さんの「強い気持ち・強い愛」
2000年代には、TOKIOの「AMBITIOUS JAPAN」と
各年代でオリコン1位獲得という金字塔を打ち立てられた筒美さんのことを
富澤一誠さんは「時代のサーファー」と評され
甲斐バンドともご縁のある小倉エージさんは
「洋楽ポップスの取り入れ方は、その後の日本の歌謡曲のスタンダードになった
J-POP、歌謡曲の世界で一番革新的なことをやった人」と話されてますが
これは、筒美さんが「職業作曲家」になられた当時
あるプロデューサーの方から「君はメロディーが弱い」と言われたことがきっかけで
ロックやボサノバ、ジャズ、ソウルなど、様々な洋楽を研究され
それらをどうやって日本でヒットさせるかを考え続けられた結果だそうです
「大衆の半歩先を行くには、常に先端のものに触れていないとダメ」との思いから
足繁く通われたという行きつけのレコード店には
「筒美専用棚」と呼ばれる(笑)洋楽コーナーが設置されるほど
海外の最新流行曲は全てお聴きになっていたんだとか…
「常に先端のものに触れていないとダメ」というのは、甲斐さんの持論でもある訳ですが
甲斐さんは音楽に限らず、書籍、映画や舞台
雑誌の対談、ラジオ番組のゲストなど
あらゆる方法で刺激を受けていらしたようだし
「ロックとお笑いは『今を切り取る』という点がよく似ている」とか
「ロックって、やっぱり『NEWS PAPER』みたいな要素がないとマズイよね」
…といったご発言からも、ロック・ミュージシャンとして
時代の空気や社会状況を掴んでおくことは当然と考えておられることが窺えます
「ロックって、やっぱり『NEWS PAPER』みたいな要素がないとマズイよね」
…といったご発言からも、ロック・ミュージシャンとして
時代の空気や社会状況を掴んでおくことは当然と考えておられることが窺えます
また「いくら高度な曲でも、売れなければ失敗作」
…とおっしゃる「職業作曲家」としての立場とは違い
「シングルは売れるために切るけど、売るためには作らない
魂無しに売れ線だと思って作って、それでコケたら本当に自分がダメになるよ
『HERO』もシングル用として作ったんじゃない
アルバムに収録するつもりの多くの曲の中から、シングルに向いてる曲を選ぶんだよ」と
「ヒットチャートに入るロック」を目指されながらも
それはあくまでも、いわゆる「時代と寝る」ことによってではなく
「マイ・ジェネレーション」を作られた後の
「辛辣な歌詞をチャンと言ってる、このアルバムが売れる
ホント、やって来て良かったと思うよ
今までひたむきにやって来たことが、この中に出てると思うから」との言葉通り
ホント、やって来て良かったと思うよ
今までひたむきにやって来たことが、この中に出てると思うから」との言葉通り
ご自身の中から滲み出た本心みたいなものが時代にマッチする
…という形じゃないと納得なさらなかったでしょうね?
もっとも…「色んな人の心に残る流行り歌ね
それはやっぱり、その時の時代のタイミングと
リアリティのある・なしで決まるんだろうね
信じさせたり、信じ込ませたりするリアリティなんだよね
ただ、そういう歌を作ってる本人は、半端じゃなくキツイよね
その時代を取り巻いてる色んな感覚を吸収してさ
最大公約数の無意識っていうもんをね
てめえの血と肉を使って表現する訳だからね」と話されたり
甲斐バンド再結成時には…「今、最大公約数と最小公倍数と
リアリティのある・なしで決まるんだろうね
信じさせたり、信じ込ませたりするリアリティなんだよね
ただ、そういう歌を作ってる本人は、半端じゃなくキツイよね
その時代を取り巻いてる色んな感覚を吸収してさ
最大公約数の無意識っていうもんをね
てめえの血と肉を使って表現する訳だからね」と話されたり
甲斐バンド再結成時には…「今、最大公約数と最小公倍数と
どちらも携えて球を放つ人は、そんなに多くないと思うんですよ
やっぱり、表現というのは、いつも最大公約数と最小公倍数を頭に入れて
どれだけバックスウィングを大きく取って投げ下ろすか?な訳だから
僕の中では、最大公約数というのは『時代の流行り』と捉えていて
最小公倍数は、僕が本来持っている自分のサムシングエルスというか…
甲斐バンドっていうのは、流行りものの中で
どう立ち向かうか?ということも大事なんだけど
それ以上に大事なのは、メンバーが10年ぶりに集まってやるというのがひとつ
もうひとつは、それが時代の中で全くそぐわないというなら
単なるマスターベーションだからダメなんだけど
甲斐バンドの表現というのは、非常に普遍的なところがあると思う
やっぱり、表現というのは、いつも最大公約数と最小公倍数を頭に入れて
どれだけバックスウィングを大きく取って投げ下ろすか?な訳だから
僕の中では、最大公約数というのは『時代の流行り』と捉えていて
最小公倍数は、僕が本来持っている自分のサムシングエルスというか…
甲斐バンドっていうのは、流行りものの中で
どう立ち向かうか?ということも大事なんだけど
それ以上に大事なのは、メンバーが10年ぶりに集まってやるというのがひとつ
もうひとつは、それが時代の中で全くそぐわないというなら
単なるマスターベーションだからダメなんだけど
甲斐バンドの表現というのは、非常に普遍的なところがあると思う
普遍的なものを、ここに来てもう一度ぶつけても
全然問題ないというか、びくともしないという感じがする
それが、どれだけ迎え入れられるか?というようなことは、次の展開で、次の心配な訳だから…
結局、落ち着く先というのは、それが成功しようと転ぼうと全部、僕に跳ね返って来る訳です」
それが、どれだけ迎え入れられるか?というようなことは、次の展開で、次の心配な訳だから…
結局、落ち着く先というのは、それが成功しようと転ぼうと全部、僕に跳ね返って来る訳です」
…とおっしゃっていて、筒美さんの「陽水さんや拓郎さんが現れたフォークブームは脅威でした
でも、ヒット曲を作る自信はあったし、その通りになって来ましたね
シンガーソングライターは芸術家、僕は職業作曲家だから」との言葉が象徴的というか
「芸術家」にスタンスを確保しつつ、一方で「職業作曲家」的な部分も持たなければならない…
といったジレンマを常に抱えておられるんだなあと…