国産漆 

 

伊勢神宮や日光東照宮など、歴史的な文化財の修復にも使用される貴重な国産漆。

その約8割を占める岩手県二戸市の浄法寺地区。

市は国の制度「地域おこし協力隊」を活用して人材確保策に取り組んでいる。

 

ウルシの木から樹液を採取する漆かき職人。その道具を作る鍛治職人。

 

鍛冶職人⇩⇩⇩

夏の漆かきのシーズンに向けて、工房に入り、熱した鉄を金槌でたたく。熱し、叩き、冷ますーーー。ウルシの樹液採取で樹皮に傷をつける「かんな」の整形作業で、先端を缶切りのようにU字に曲げるため、厚さや強度を考えながら何度も繰り返す。

「かんな」の他、ウルシの木の表面を平らにする「かま」や、樹液を採る「へら」。

 

(新聞には頑張る若者の姿を記してます)

 

 

 

輪島塗 

 

輪島塗には、若者がベテラン職人の指導を受け、数年間修業を行う「年季」という後継者育成の伝統がある。こうした育成機能を持つ塗師屋(ぬしや)も減少。「基礎をしっかり学んだ若者がいることは塗師屋の負担軽減にもなり、業界にとってもプラスになる」

 

石川県、輪島市、新聞社など官民連携で養成施設のあり方を議論す「基本構想実行委員会」

は、「後継者確保」「魅力発信」「市場開拓」を3本柱に2025年度に策定された施設の基本構想に関し、具体化するための検討を始めた。

 

 

(同上)

 

 

 

 

文化財を支える技術・職人「可視化」を 

 

 

文化財の世界では修理に必要な用具や原材料の確保が課題となっている。

 

ゆめみる宝石和紙製作に必要な「トロロアオイ」などの植物も栽培農家が減っている。和紙製作に欠かせない「ノリウツギ」の採取を行う後継者も不足し、東京文化財研究所は産地の北海道標津町と共に安定供給に向けて対策を講じている。

 

ゆめみる宝石修理に関わる人たちの後継者不足が続けば、工芸芸能などの伝統継承への影響も大きい。

芸能の分野では近年、老舗三味線メーカーの経営危機が話題となった。コロナ禍で伝統芸能の公演が減ったことも影響した。伝統芸能には、高品質の三味線の存続が不可欠という問題意識から営業は継続された。

三味線の製作技術が国の「選定保存技術」にも選ばれた。

 

東京文化財研究所もこの間、和楽器製作の映像記録に取り組み、一部は研究所のホームページでも公開している。「アーカイブ化」は今後も重視していきたい。

 

伝統支援が企業価値を高めるという意識が社会に浸透することが望ましい。

 

(以上、石村智・東京文化財研究所無形文化遺産部長)

 

 

 

文化財保護に欠かせない人材の育成環境整備を強化するため、文化庁は「文化財の匠プロジェクト」を進めている。

 

 

(2026・5・5 読売新聞文化欄 抜粋転記)

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「心十分」

 

 

能楽に心十分(しんじゅうぶん)という言葉がある。世阿弥が説いた芸の要諦の一部で、日本国語大辞典は<心を完全に働かすということ>と説明。

 

 

(2026 ・5・26 編集手帳から極一部)

 

 

 

 

  五月病・六月病

 

 

五月病をしのいだとしても、気が抜けない。六月病というのもあって、うつの一歩手前ともいわれている。

 

人材情報会社のマイナビがアンケート調査したところ、正社員の5人に1人がやる気の低下や疲労感を覚える六月病を経験したと答えた。若い層ほど比率が高く、20代は約3割を占めた。

 

「新年度の4月から頑張り続け、蓄積した疲労がどっと出た」(20代男性)。

「ボーナスの少なさ」をあげた30代女性もいた。物価高の中、暮らしに余裕がなくなるばかりでは六月病が増えそうで心配になる。

 

歌人の穂村弘さんがとぼけた筆遣いで買い物の一場面を書いている。

<表面が白っぽくなった大トロのパック(半額)を手にとって、買おうか買うまいか、損か得か、まだまだうまいかもう腐りかけか、迷っているとき、不意に「ああっ」と叫びたくなる。「人生って、これでぜんぶなのか」>(「顔を覆って」/『世界音痴』小学館文庫)

 

仕事にしろ生活にしろ、憂鬱への対処法が反対側に隠れているような。

心がつらくなったとき、これが人生のぜんぶではないと思い直すことだろう。

 

 

(2026・5・29 讀賣新聞 編集手帳  から)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

 

 

 

 

 

国内最古の築港遺跡/国指定史跡和賀江島(鎌倉市材木座) 

 

 

 

 

 

 

地元自治会が清掃と保存活動に取り組んで50年目を迎えた。岩手県北上市周辺を治めた豪族;和賀氏が築造に関わったとされる縁から北上氏の有志も約30年前から活動に参加。両市はパートナーシティを提携。

 

和賀江島は、遠浅の海で船荷の上げ下げに不便だったことから、鎌倉時代の1232年に築造された。材木座の地名も、和賀江島の港に荷揚げされる材木の商人組合が置かれたことに由来する。

現在では干潮時になると長さ200㍍ほどの石積みが姿を現し、その上を歩いて渡ることができる。

 

1977年、商店会が実施主体で清掃活動を始めた。

1995年からは北上市の歴史愛好家らが集まる「鎌倉和賀江嶋探訪の会」のメンバーも参加。毎回30~40人が駆けつける。

 

パートナーシティ調印式では、北上市側が国重要無形文化財の「鬼剣舞(おにけんばい)」披露。

鎌倉市側も材木を運ぶ職人が歌ったとされる「天王唄」を響かせた。

 

(2026・5・24 横浜版から)

 

 

 

 

 

 

 

 

伝統文化欄より2件

 

 

萬古焼(三重県菰野町)釉薬製造業者が廃業窯元が事業継承(分業制崩壊危機から産地を守る)
 
 

 

 

 

萬古焼(ばんこやき)(優れた耐熱性で土鍋などとして人気が高い)の窯元「山口陶器」(三重県菰野町/山口典宏社長(51))が、原料の提供元だった釉薬製造業者の事業継承に乗り出した。

伝統工芸の多くは複数の専門職による分業で成り立ってきたが、担い手減少でその構造が崩れつつあり、今回の産地を守るための取り組みが注目される。支援を呼びかけるクラウドファンディングは当初目標を早々と達成した。

 

萬古焼は三重県の四日市市と菰野町を産地とし、起源は江戸中期。地場産業として根付き、質の高い製品を効率的に生産するために、製土や成形、焼成といった工程の分業制が発達した。

 

 

 

 

 

クラウドファンディングの支援者の一人、生活雑貨の製造小売業「中川政七商店」(奈良市)の中川淳さん(51)(昨年まで会長を務めた)は、「こうした分業構造の崩壊危機は、他の工芸産地でもいくらでも起こりうる。自社の域を越え、産地を守るための取り組みを応援したかった」と言い、山口さんは産地を超えた構想も描くことができる極めてまれな人」と評価する。

 

山口陶器は、2024年に高齢と後継者不在で継承を断念した「クラフト石川」という萬古焼の

窯元の事業も継承。

優れたデザインで全国にファンを持つブランドを守り続けている。

 

また、美濃、瀬戸、常滑という近隣の窯業産地の有志と、「東海湖産地構想」というプロジェクトでも活動する。これら東海地方の産地一帯には500万年前、琵琶湖の6倍の大きさの湖があったとされ、その恵みで良質な土が産出されるだという。

 

山口社長「今は萬古焼の産地を守らねばならないが、100年後は萬古焼が単体で残ることはできないだろう。その時は、産地統合をして一帯の焼き物文化をまもらなければいけない」

 

 

 

 

工芸の郷から津軽塗(青森県)
 

 

 

 

 

 

 

青森県津軽地方の伝統漆器「津軽塗」は、頑丈さと優美さに特徴がある。主に県産のヒバを使った木地に生漆や糊などを塗り込み、堅牢な下地を作る。ヘラなどで独特な斑点模様をつけつつ、「研ぎ出し変わり塗り」と呼ばれる技法で色漆を塗り重ねては乾かし、紙やすりなどで研ぐーーー。

馬鹿塗り」と言われるほどに、この一連の作業を何度も繰り返し、完成まで2か月以上を費やす。

 

始まりは江戸期の弘前藩4代藩主の時代に遡る。他藩から職人を招いて技術を培い、当初は刀の鞘の装飾などに用いられたが、次第に調度品日用品も作られるようになった。

明治に入って産業化が進み、1873年ウィーンで開かれた万国博覧会で津軽塗の名が広まった。1975年伝統的工芸品に指定された。

 

「津軽塗は贅沢。何度も、漆を塗っては削って捨てる」。器の側面を耐水の紙やすりで研ぎ、綺麗な模様が浮かび上がる。「研げば研ぐほど美しくなる。加減が難しくやり過ぎると模様がなくなる」。様々に模様が変化する奥深さ。

 

需要の落ち込みや担い手不足に危機感を抱く「津軽塗伝統工芸士会連合会(坂本彰彦会長(69)」と「弘前市」は連携し、「津軽塗後継者育成研修事業」を実施している。

「津軽塗の伝統を絶やさぬよう頑張りたい。技術の伝承はもちろん、販路の確保など若い担い手を支える取り組みが不可欠」(坂本会長)

 

 

(2026・5・27 伝統文化 から 2件)

 

 

 

 

 

 

 

 

  (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

今朝方 4時40分   余りにも美しかったので、此処に挙げました。

 

「天使の梯子

(エンジェルラダー)」

「光芒」

「薄明光線」

 

 

 

 

 横浜みなとみらい大ホール

 

 

 
 
昨日はコーラスのお友達に誘っていただいて、「横浜みなとみらいホール」へ! 
 
館内でもサポートカー(歩行器)が必要だと思い、持ち込みました。スタッフさんが近づいてきて下さり、スロープへの案内、座席までのサポート、置き場への収納、終了時の手渡し、と至れり尽くせりのサポートをして下さいました。心地よい待ち時間となりましたよ。飛び出すハート飛び出すハート飛び出すハートラブラブラブラブラブラブ
 
 
 
 石田泰尚氏 ⇩⇩⇩ バイオリンの音の優しさに癒されます。今回は演奏は無しでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石田紗樹さんと石田泰尚さんとの関係は何処を探しても明記されてません。
 
 
若くて美しく知的な女性です ⇩⇩⇩
 

 

 

 

クラシックに疎い私は、心地よい音楽に誘われてコックリコックリしておりました。

これも至福のひとときと思えば、恥さらしもお許し願えましょうか…

 

 

友人達とお別れして帰りも娘に送ってもらい、楽に往復できましたよ。それでも今朝方は両脛の攣りで目覚めることに・・・ (*´σー`)(∀`*ゞ)エヘヘ

 

 

 

曇り空の中ながら車窓からの眺め等をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

区役所前の花時計

 

 

 

 

 

 

 

 

 

致死率高いニパウイルス感染症 

 

 

帝京大の米田美佐子特任教授(ウイルス学)らの研究チームは4月、致死率の高いニパウイルス感染症に対するワクチンの臨床試験を、ベルギーで開始した。同感染症は主にインドやバングラディシュで発生しているが、将来の感染拡大が警戒されている。

 

ワクチンが開発されれば、日本国内でのワクチン備蓄にもつながる可能性がある。

 

二パウイルスは熱帯雨林などに生息するオオコウモリが保有し、感染した動物の体液や汚染された果実などを介して人に感染する。人から人に体液や血液を通じて移るケースもまれにある。致死率は40~75%に達するとみられるが、承認されたワクチンや治療薬はない。

 

世界保健機関(WHO)によると、昨年1月~今年3月3日に、インドとバングラディシュで計11人の感染者が確認され、うち8人が死亡した。

 

チームは、弱毒化した麻疹(はしか)ウイルスに二パウイルスの遺伝情報の一部を組み込んだワクチンを開発した。

人に投与すると、体内でニパウイルスが持つたんぱく質が作られ、免疫系が特徴を記憶し、ウイルスの侵入に対処すると期待できる。これまでハムスターやサルを使った実験で発症予防効果を確かめている。

 

臨床試験では日本のワクチン開発の司令塔「先進的研究開発戦略センター(SCARDA)」が支援している。

 

「弱毒化した麻疹ウイルスを使うことで、免疫効果を長期間持続できる可能性がある」(米田特任教授)

「将来、ニパウイルスが人から人に感染しやすく変異した場合、日本に入ってくる恐れもある。緊急時に備え、国内の製薬企業にワクチンの製造技術を移管したり、ワクチンの備蓄を進めたりする検討も重要になる」

 

 

(2026・4・20 サイエンスReport から)

 

 

 

 

 

モンステラの新葉が出ました 嬉しい!

 

 

 

 

医療ルネサンス胎児治療
 

 

 

胎児治療の現状や課題について、国内の第一人者で山王バースセンター(東京都)院長;

左合治彦氏に聞いた。

 

 

胎児治療とは

 

赤ちゃんがお母さんのおなかにいるうちに病気を見つけて診断し、救命につなげたり、後遺症を少なくしたりする治療。

 

日本では1980年代から胎児治療が始まった。先ず、貧血の胎児にお母さんのお腹から細い針を入れて輸血する「胎児輸血」からスタートし、次いで、尿路が閉じている胎児の膀胱にチューブを挿入する手術などが行えるようになった。

超音波機器の精度が向上することで、画像で胎児の状態を確認しながら、同時に治療をすることも可能になっている。

 

2002年には国立成育医療センター(現・国立成育医療研究センター)が日本で初めて専門の「胎児診療科」を開設した。

 

 

 

具体的な治療法は

 

2012年には、双子の血管が一つの胎盤でつながり血流が不均衡になる「双胎間輸血症候群」で、レーザー照射により血流を絶つ治療に対し、胎児治療として初めて公的医療保険が適用された。

 

脊髄の一部がむき出しの状態で生まれる難病の「脊髄髄膜瘤」では、妊娠中に子宮の一部を切開し、胎児の髄膜瘤を修復する手術が2025年、診療費の一部に公的医療保険が利く先進医療として認められた。

 

胎児が頻脈の場合には、抗不整脈薬の注射薬や飲み薬による治療を母親に行うこともある。

 

 

 

当事者に必要な支援は

 

胎児のうちに診断ができるようになり、治療の選択肢が広がる利点があるものの、妊娠中の女性にとって、子どもの病気の可能性を知らされることは精神的に大きな負担になる。

産婦人科医は勿論、小児科医や対象の病気に専門性のある成人の診療科の医師らにより、正確な情報を提供することが大切。

 

胎児治療のできる医療機関は日本胎児治療学会のウェブサイト

(https://jsft.org/general/facility/)から確認できる。

 

治療と合わせて心理面での支援も重要。胎児の病気の種類や、診断された妊娠週数によっては数日中に治療をするかどうかの決断を迫られることがある。看護師や臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多職種が連携し、お母さんやパートナーが何を不安に思っているか丁寧に聞き取り、寄り添う体制が医療機関側には求められる。

 

 

 

今後の課題は

 

公的医療保険の対象になっている治療はまだ少ないため、実施できる医療機関も限られている。今後も研究を進め、安全で、効果的な治療法をさらに増やしていかなければならない。

 

(2026・4・20 医療ルネサンス から)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

 

本日はコーラスのお仲間方と横浜みなとみらい大ホールへ「石田泰尚氏プロディ―ス」の演奏会へ出かけるのですよ。行きは娘に送ってもらうことにしました。

 

昨夕は二人の娘との間で「どっちが送っていくか問題」でのやり取りに花を咲かせたのですよ。最後には3人全員「ありがとう」の言葉は忘れません (*´∀`)笑い笑い飛び出すハート

 

頼みごとを「決して嫌だとは言わない家族達」なのです。結果、「少し遠くに住んでるけれど、運転が苦にならない娘」が迎えに来てくれることになりました。送ってもらった後はまた我が家に引き返し、「私の頼み事」をやってくれる予定です。

 

 

 

 

 

市民と科学者が協力して研究を進める「シチズンサイエンス(市民科学)」 

 

 

インターネツトを通じて両者が交流しやすくなったほか、素人でもスマホアプリなどを使えば専門的な知識を習得できるようになったことが背景にある。

 

 

「科学者がアリの女王暗殺計画を解明した」

 

米CNNのニュースサイトは昨年11月、九州大高須賀圭三助教(進化生態学)らのチームによる研究成果をこんな見出しで報じた。

 

チームの研究対象は、別種のアリの巣に侵入して乗っ取る性質がある寄生アリの一種「テラニシクサアリ」。

 

チームは、この寄生アリが体内で作った化学物質で別種の働きアリを操り、女王アリを攻撃させて殺していることを突き止めた。

 

驚きの研究成果は国内外のメディアで報じられ、高須賀さんも「世界でバズりました」と手応えを語る。この発見は、東京都内のアリ愛好家⇩の観察記録がきっかけだった。

 

⇧愛好家は、自ら飼育する寄生アリが、別種の女王アリに化学物質を吹きかける場面を目撃した。さらに働きアリが、この化学物質を目印にするかのように女王アリを攻撃しだした。一連の観察記録を2021年、自身のブログで公開した。

 

高須賀さんは24年、ブログを偶然発見し、学術的価値に気付くと、すぐにSNSを通じて論文化を打診。

愛好家は高須賀さんの指南を受けながら論文を共同執筆し、論文は約1年後に国際科学誌「カレントバイオロジー」に掲載された。高須賀さんは「個人の発見を論文という世界の研究者が引用できる公共財にすることができた」と胸を張る。

 

 

 

 

 

 

寄生アリの研究は、市民の発見に科学者が意義を見いだして世に出た。いわば「ボトムアップ型」

 

 

 

 

研究者主導で市民に試料提供やデータ分析を呼びかける「トップダウン型」の市民科学もある

 

東北大大久保智司特任助教(微生物生態学)らが21年から進めるのは、全国から土壌サンプルの提供を募る研究プロジェクト「地球冷却微生物を探せ」。

 

土壌には、温暖化の原因となる温室効果ガスの一種「一酸化二窒素(N2O)」を分解する無数の微生物がいる。

 

プロジェクトでは、全国から土壌サンプルの提供を求め、より多くのN2Oを分解できる微生物を探す。これまでに集まったサンプルは約4000に上り、大久保さんは「個人の庭や畑などから通常では得られない貴重な試料を入手できた」と感謝する。

 

こうした市民科学が広がる背景について専門家は、ネットの普及に加え、研究対象が身近な自然科学との相性の良さを指摘する。東京理科大の一方井祐子教授(科学コミュニケーション論)は「生物学や天文学なら、生き物や空の写真を送るだけで研究に貢献できるため参加しやすい」と話す。

 

 

 

 

 

 

国立歴史民俗博物館や東京大地震研究所などは「みんなで翻刻」と題したプロジェクトで、古文書に記載された手書きのくずし文字を活字に直す「翻刻(ほんこく)」を市民の協力で進めている。

 

対象の古文書は江戸時代~近代の料理本や仏典、地震の被害記録など、幅広い分野にまたがる約7000点。専門家だけで翻刻(ほんこく)すると膨大な時間がかかる。

 

そこでプロジェクトでは、大阪大などが開発したスマホ用のくずし字学習アプリを活用する。アプリには3000枚を超えるくずし字の用例データが収録されていて、これらを参照しながら読み方を学習できる。さらに、専門家と視聴者が一緒に翻刻する様子を動画共有サイトで生配信している。

 

同館の橋本雄太准教授(人文情報学)は「学習を支援しながら貴重な史料の解読を進めたい」と話す。

 

市民科学は、参加者やその子どもが科学に興味を抱く契機となり、将来の研究人材の発掘にもつながる。

福岡大商学部の森田泰暢・シチズンサイエンス研究センター長は「科学の営みを文化として根付かせれば、日本のイノベーション力も強化できる」と指摘する。

 

 

 

 

 

 

サイトでプロジェクト紹介

 

国内の市民科学プロジェクトを紹介し、参加者の募集も行うポータルサイト「CoLabField(愛称・コラフィー)」が昨年7月に開設された。

 

コラフィーは、市民科学を広げる目的で、福岡大のシチズンサイエンス研究センターに所属する研究者らが運営している。

 

サイトでは現在、宇宙の観測画像を市民と共に分析して未確認の天体を探す研究や、セミの鳴き始めた日を記録して気候変動との関係を調べる研究など、13のプロジェクトを紹介中。

 

新企画を提案した学生を対象にした研究費助成事業(1件10万円)も予定する。

 

 

(2026・4・20 サイエンスReport から)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

 

  皇室点描外国人叙勲 英語でも謝意

 

 

天皇陛下は12日、春の叙勲の親授式で、顕著な功績に対して贈られる大綬章を14人に手渡された。

うち4人は、前国連難民高等弁務官フィリッポ・グランディさんら外国人。人道支援における日本の役割を重視したグランディさんは来日時、陛下や皇后さま、秋篠宮ご夫妻に会い、活動の現状を報告してきた。

 

外国人叙勲は150年前に始まった。日本の近代化に貢献した法学者ボアソナードら2人の「お雇い外国人」に勲章が授与された。1981年から個別の叙勲に加え、春秋叙勲の対象になった。

20年前の秋から、皇居での親授式への出席が始まり、さらに10年前、春と秋の各回に150人程度の外国人を表彰する目標も定められた。

 

春秋の親授式に続く天皇のお言葉は、日本語で述べられてきた。陛下は3年前から、日本語と英語でお言葉を述べられている。グランディさんら外国人受賞者とその配偶者は、英語の謝意を耳にするとぱっと明るい表情になった。格式ある皇室の儀式に添えられた陛下の心遣いは、日本を理解し、力になってくれた外国の人々にとって、唯一無二のねぎらいになっているのではなかろうか。

 

(2026・5・24 皇室点描から)

 

 

 

 

  安城(あんじょう)(愛知県)

 

 

若松のたくましい芽。桑畑の新葉。空はくもり、ひばりは囀(さえず)っている。

ーーー「校定 新美南吉全集 第十二巻」(1981年)

 

 

 

 

収穫期を意味する「麦秋」。朝日を浴びて黄金色に輝く。

 

 

 

 

 

 

大正から昭和初期、経営の多角化などで農業先進地となった安城の名は「日本デンマーク」として国中に鳴り響いた。そのただ中、病気で将来を失った新美は安城高等女学校の教師に就いた。童話「ごん狐」を作った新美南吉29歳で早世するまでの人生の旅路の最後5年間、生徒と語って心を癒やし、童話作家になる夢をかなえた。

 

その足跡は街のあちこちにある。ーーーーーーーー

 

女学校跡に立つ桜町小学校にある「ごん狐」の場面を石像で再現した庭園へ。南吉の最初の文学碑「ででむし詩碑」もあり、南吉が若人の感性をうたった詩が刻まれている。

 

ここ数年、若手農業者らが大麦の復活に取り組んでいる。南吉は「畦道の上に新聞を敷いてあおむけに寝転び、眼を閉じ」、風の囁く音やひばりの声を楽しんだ。目を閉じてみると、麦の青々とした香り。少しだけ南吉の日常を追体験できた。

 

 

  ☆※※※☆※※※☆※※※☆

 

 

①安城徳川家康が三河の小大名から天下人に向けて一歩を踏み出した地でもある。

家康 “三大危機” 最初が1563年の三河一向一揆。

敵の最大拠点が2重の堀と土嚢が巡る強固な本證寺(ほんしょうじ)だった。

今川氏から独立してまだ2年、しかも家臣も敵にまわる苦境を和議で乗り越えた。

小山興圓住職(54)は「矢作川の物流を牛耳っていた一揆勢は、定期的に市を開き、寺には豊かな兵糧があった。それを得た家康は勢力を一気に拡大した」と語る。

本堂は100年後に再建された。

初夏、鼓桜と、それに面した内堀に咲くハスが風情ある景色をつくる。

 

 

 

本證寺の鼓楼。内堀には水がたたえられ、初夏にはハスが咲き誇る。

 

 

もう一人の安城の偉人が、不毛の台地を豊かな農地に変えた明治用水の発案者、都築弥厚(つずきやこう)

私財をなげうち測量し、後世の1880年に完成。農地は27年で約4倍になった。南吉は地域に貢献した弥厚に共感し、その伝記に着手する中で病死した。

 

愛知県出身の南吉は進学で上京したが喀血して帰郷。挫折を経て、農村に人間本来の美しさと正しく生きる力を見出した。

「伝記を通し安城が繁栄した理由を書こうとしたのでは」と同県半田市の新美南吉記念館の遠山光嗣館長。

農業革新が生んだ利益が教育に費やされ、安城高等女学校ができた。感謝もあったのだろう。

 

1997年安城産業文化公園テーマパーク」設立。

「デンマーク、田園、伝統の三つの『デン』からつけた」(都築秀行さん(73))数千種類の花が咲き、デンマーク式風車が回る。

復活した安城産大麦100%の地ビール「デンスタービール」の醸造施設も園内にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

(2026・5・24 よみほっと  旅を旅して  から)

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

 

モノレールの話 昨日の続きです

 

 

日本国内で現在運行されているモノレール 7地域(7路線)

 

①東京モノレール

 浜松町駅⇔羽田空港第2ターミナル駅

 

②多摩都市モノレール

 上北台駅⇔多摩センター駅

 

③湘南モノレール

 大船駅⇔湘南江の電駅

 

④千葉都市モノレール

 千葉みなと駅⇔県庁前駅/千城台駅

 

⑤大阪モノレール

 大阪空港駅⇔門真市駅

 

⑥北九州モノレール

 小倉駅⇔企救丘駅

 

⑦沖縄都市モノレール(ゆいレール)

 那覇空港駅⇔てだこ浦西駅

 

 

 

行楽施設でのモノレール

 

バス東京・上野動物園

不忍池がある西園と、正門がある東園を結んだが、老朽化で2023年に廃止。

東京都は今年3月、29年度末の運行開始を目指し新たな乗り物の整備計画を発表。

 

バス1970年に開催された大阪万博で設置された「日本跨座式」

     万博閉幕と共に撤去。

 

バス日本モンキーパーク(愛知県犬山市)  バスよみうりランド(東京都稲城市、川崎市)

     老朽化で廃止。

 

バス東京ディズニーリゾート(千葉県浦安市)

2001年にモノレール営業開始。ディズニーランドやディズニーシーなど4駅を結ぶ環状線(約5㌔)を「跨座式車両」が1周13分で走行し、「ディズニーリゾートライン」として知られている。

 

 

 

  乗り心地改良 海外で高い評価

 

 

 

 

日本で発展した「日本跨座式」と呼ばれるモノレールは、ドイツで開発されたタイプから、タイヤの直径を小さく、車両の床面を高くするなど改良を施したもので、大阪、北九州、沖縄などで運行されている。21世紀に入ると、中国内陸部の工業都市・重慶市を始め、アラブ首長国連邦のドバイ、韓国南東部の大邱(テグ)シンガポールのリゾート地・セントーサ島にも導入された。

 

モノレールが走る重慶の街は、近未来を描いたアニメ「重神機パンドーラ」の舞台のモデルにもなった。

約10年前に現地を訪れた原作者の河森正治さん(66)は「モノレールによって街に立体感が出ており、乗ると丘の上を飛んでいるような感覚になった」と振り返る。

 

中米のパナマでは、市街地やパナマ運河下のトンネルを横断する路線(約25㌔)の完成を目指して建設中。

総事業費の8割近くは日本の円借款で賄われ、国際協力機構(JICA)は「日本の技術が高く評価されている」としている。

 

 

(2026・5・14  讀賣新聞 ニュースの門  他から)

 

 

 

 

 

 

 

 

過って夫と行った京都・嵐山…渡月橋を渡り、「あっちの方に竹林があるんだよ」と夫。

「行ってみたいな」との想いを胸に秘めたことを思い出す。今回の「お出かけエクササイズ」 … どのようなルートなのでしょう … ワクワク わくわく 飛び出すハート …

 

 

  嵐山(京都市)優美な渡月橋 自然と歴史堪能

 

 

 

 

 

年間約5600万人の観光客が世界中から訪れる京都市。中でも四季折々の自然が魅力の嵐山は外国人にも人気のエリア。

 

 

 

 

阪急嵐山線嵐山駅から出発。約200㍍北に行くと桂川に架かる小さな木橋、中ノ島橋がある。桂川は嵐山近辺では、大堰(おおい)川とも呼ばれている。

 

橋を渡ると嵐山公園中之島地区。前方に目を向けると、緑の山肌と豊かな水をたたえた川の流れ、そして嵐山のシンボル、渡月橋の優美な姿が調和した景観が広がっている。ベンチに腰掛けて、ゆっくり堪能しよう。

 

公園を抜け、全長155㍍の渡月橋を渡っていく。

橋の名は鎌倉時代、亀山上皇が雲一つない夜空を移動していく満月を「くまなき月の渡るに似たり」と評したことに由来する。

 

橋を渡って本通りを200㍍弱、直進すると、右手に路面電車、京福電気鉄道嵐山本線(嵐電嵐山駅がある。

 

先の左手は、世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産の一つ、天龍寺。臨済宗の禅寺は1339年、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために創建した。

 

参道から「曹源池庭園」(参拝料高校生以上500円)に向かう。中央の曹源池(そうげんち)を巡る池泉回遊式庭園は、大堰川を隔てた嵐山や庭園の西に位置する亀山を取り込んだ借景が見事。

順路に沿って四季折々の花が咲く「百花苑」へ。

 

本通りに戻り先へ進み、200㍍弱で野々宮バス停を左折。約250㍍で源氏物語にも登場する野宮(ののみや)神社。神社の手前を左折すると、竹が空を覆うように真っすぐ伸びた幻想的な空間「竹林の小径」。

約400㍍の小径はいつも大混雑だが、早朝に訪れて静寂に包まれた小径に立てば、この地が平安時代、貴族の別荘地であったことを思い起こさせてくれた。

 

突き当りで引き返して、本通りを戻り、嵐電嵐山駅がゴール。

 

(2026・5・24 讀賣新聞  からだ  から)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝 7時40分 積雲(わた雲) 晴天の積雲と呼ばれるそうですよ

 

 

 

 

 

(人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

昨日、バスの乗り換えをした地域です⇧⇧

 

 

整形外科への往復は、一度乗り換えて二車線のお世話になるのですよ。

 

帰路の乗換え時、ふと見やった場所にピンク色の「ヒルザキツキミソウ」が咲いてました! 近寄りますと、半分枯れていて…

それでも可愛い月見草です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  モノレール

 

 

1本のレールで列車が走る「モノレール」は高度成長期に日本に本格導入され、「未来の新交通」と期待が高まった。しかし、採算性などから広がらず、都市交通として運行しているのは7都市(総延長約109㌔)に留まる。一方、独自技術で乗り心地が向上した「日本式」は世界から注目され、中東や中米にも輸送されている。

 

 

①またがる「跨座(こざ)式」車両が軌道桁(レールが敷設された橋桁)57年にドイツで実験線が敷かれた ①ぶら下がる「懸垂式」60年にフランスで実験線が敷かれ
其々の方式が、近代モノレールの基本型となった

 

日本モノレール協会などによると、モノレールは、19世紀前半英国木製レールの両側に貨車をぶら下げ、馬にひかせたのが発祥で、欧米で改良が進んだ。

初の都市交通路線は、鉄製車輪を使って1901年にドイツで開業した路線とされる。

 

 

 

国内7地域で運行

 

海外の動きに触発され、日本でも起業家らが事業化を試みる動きは戦前からあった。

 

国内の都市交通第一号は、東京モノレール

で、東京五輪の開幕を翌月に控えた64年9月に開業し、今も都市羽田空港を結んでいる。

 

モノレールが走行するのは、道路の中央分離帯の上などのため、必要な用地面積を抑えられ、自動車を妨げることもない。タイヤはゴム製で小回りが利いて勾配に強く、騒音も小さい。

 

高度成長期は全国的に道路渋滞が深刻で、東京の成功を機にモノレールの開発機運が高まった。

 

神奈川県湘南地域、北九州市などで導入が続いたが、66年に開業した兵庫県姫路市の市営モノレール(営業距離1.6㌔)は赤字が膨らみ、74年に運転を休止し、79年に廃止となった。

 

国土交通省によると、整備費用は

バスモノレールが1㌔当たり100億~150億円.

バス専用軌道を走行する次世代型路面電車(LRT)は20億~40億円.

 

¥大阪モノレール東京・多摩都市モノレールは当初債務超過だったが、利用者増などに伴って黒字に転じ、今後、延伸される予定。

 

¥「懸垂型として世界最長」のギネス記録に認定された千葉都市モノレール(営業距離15.2㌔)は「投資に見合った十分な効果が得られない」として延伸計画を2019年に断念した。

 

 

乗り心地改良 海外で高い評価

 

 

 

 

 

またまた失敗してしまいました。下書き保存を逸して一瞬の間にしてズラズラと書いた記事が消えてしまいました。書くことに夢中になり下書きに入れなかった〰💦アセアセ

書く時間帯も遅過ぎました。早朝に書き上げた場合には失敗しません。続き等は明日記すことに致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

  (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

千代子さん宅   満開のサツキ

 

 

 

 

 

 

 

  京都の大仏 秀吉が計画 秀長が監督10ヶ月で完成 高僧記録

 

 

豊臣秀吉が京都・東山に計画した大仏が、「豊臣兄弟」の協力でわずか10ヶ月で完成したとする論文を、歴史学者の萩原大輔・京都女子大文学部講師が発表した。

 

弟・豊臣秀長が領地の大和国(奈良県)の仏師を投入し、基礎固めからほぼ完成するまでを監督したとみられる。

 

大仏建立は、関白に就任していた秀吉の指示で1588年5月(天正16年)に工事が始まった。

 

京の高僧・義演の「新大仏殿地鎮自記」

 

大仏には、木材で作った骨組みに漆喰などを重ね塗りして成形する「木心乾漆造り」が採用。表面には金箔が施され、顔の大きさは6㍍で、現在の奈良大仏(5・3㍍)を上回る釈迦如来像だった。

 

秀長は、5月15日の基礎固めの儀式の後、大仏が雨に濡れないように仮屋を建てる指示を出し、6月9日には大和から「下御門(しもみかど)仏師」を引き連れた。

完成まで現場を監督し、屋敷を近くに構えた可能性もある。

 

その後、九州から漆喰塗り職人を呼び、木曽などから材木を調達。89年4月には「大仏が見事に出来上がっていて、たいへん驚かされた」という記録があり、10ヶ月でほぼ完成したことになる。

 

「異次元の早さの裏には秀長ならではの絶妙な補佐があった」(とみている萩原氏)

 

大仏は7年後に起きた文禄地震(慶長伏見地震)で損壊した。

 

「秀長のここまで深い関与を、注目されてこなかった史料で明らかにした意義は大きい」(奈良大・河将芳教授(日本中世史))

 

(2026・5・21)

 

 

 

ムラサキツユクサ(紫露草)

 

 

 

  小惑星衝突痕跡  北海道に

 

 

約6600万年前の白亜紀末に恐竜絶滅を引き起こしたとされる小惑星衝突の痕跡を示す地層を北海道東部で発見したと、福井県立大や東京大、東北大などのチームが発表した。北東アジアや北西太平洋域で痕跡が確認されたのは初めて。

 

衝突地点から遠く離れた地域での生態系変化を解き明かす手がかりになると期待される。論文が20日、国際科学誌に掲載された。

 

 

 

小惑星はメキシコ・ユカタン半島付近に落下。大量のちりが拡散し、太陽光が遮断されて急激な寒冷化が起きたことで、大繁盛を遂げていた恐竜の絶滅に繋がったと考えられている。

 

小惑星にはイリジウムなどの元素が高濃度に含まれていたとみられる。これらの元素を含むちりが堆積した地層は、白亜紀とその後の時代を分ける「KーPg境界」と呼ばれ、世界各地で見つかっている。

 

国内ではこれまで北海道浦幌町にある地層軍「根室層群」に、唯一のKーPg境界と推定されていた地層があり、チームは2013年一帯の調査を開始。

 

従来考えられていた地点ではなく、約4㌔離れた川流布(かわるっぷ)川の支流付近で、イリジウムなどを多く含む地層を発見し、火山灰による年代測定の結果からもK-Pg境界と確認できた。

 

「10年がかりで突き止めた。より完全なK-Pg境界の探索を今後も続けていきたい」(高嶋礼詩・東北大総合学術博物館教授(地質学))

 

「白亜紀末の大量絶滅はなだ謎が多い。衝突地点から遠く離れた場所でも全ての生物が死に絶えたのか、今回の地層の上下を調べることでわかるかもしれない」(真鍋真・国立科学博物館長(古生物学))

 

(2026・5・21)

 

 

 

 

 

また土曜が来ましたね、 「自慢話と体調不良の話」はほどほどに留めておきましょう…みな其々の思いを抱えながら生きているのですもの… 家族とは大いに語り合いましょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

  自閉スペクトラム症(ADS)発症  仕組み解明東海大研究者ら科学誌に論文  治療の可能性に期待

 

 

ADSは「社会的コミュニケーションの障害」や「行動や興味の偏り」を中核症状とする先天的な神経発達症で、近年では100人に3人ほどがこの特性を有するとされる。

 

 

東海大医学部の飯島崇利准教授(52)、理化学研究所脳神経科学研究センターの半野陽子研究員(53)を中心とするチームは、モデルマウスを使った実験で、発症に至るメカニズムを調べた。

 

チームが着目したのは、特定のたんぱく質に由来するノッチシグナルという信号と、大脳で過剰な情報を取り除く働きがある神経細胞の関係。

 

胎児期、ノッチシグナルが異常に強まることで、この神経細胞の発達が阻まれ、成長につれASDの中核症状を引き起こす一連の流れを見つけた。

 

ASDをもたらす要因として、遺伝子のトラブルの影響、ウイルス感染などがあるとされるが、多くのケースで共通してノッチシグナルの異常が引き金になることがわかった。

 

チームは、モデルマウスにノッチシグナルを抑える化合物を投与する実験も行った。すると、過剰な情報を取り除く神経細胞が順調に増え、その結果、成長してから体毛を自身でかきむしるといった行動異常が消えるなど、症状の劇的な改善がみられた。

 

人の場合、過剰な情報を取り除く神経細胞は、出生後も1~2年は増え続けるとみられ、チームはその間にノッチシグナルの制御を始められれば、症状が顕在化するのを防げる可能性があるとみる。

 

将来の臨床応用を見据え、ノッチシグナルに作用するさらに効果的な化合物の探究や、さい帯血を活用する早期診断技術の研究を進めたい」(飯島准教授)

 

「ノッチシグナルを治療のターゲットとして見出したことは、新しい治療に向けた第一歩になる」(慶応大;柚崎通介特任教授)

 

 

(2026・5・10 讀賣新聞 から)

 

 

 

 

 

 

 

  パーキンソン病 iPS製品

 

 

iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使ったパーキンソン病治療用の製品の保険適用が13日、決まった。世界初の技術を利用する再生医療の大きな一歩を踏み出す。今後は効果の確認と合わせて、高く設定された価格が効果に見合うかの検証も必要になる。

 

 

パーキンソン病は、運動に関わる神経伝達物質ドーパミンを産生する神経細胞が減少して発症する。手足の震えなどの症状が出る。現在はドーパミンを補充する薬物療法が中心。

 

 

保険適用されるアムシェプリは、iPS細胞から作った神経の細胞を含み、患者の脳内に移植する。有効性や安全性を調べる治験で、6人のうち4人で症状の改善が見られた。

 

パーキンソン病は徐々に進行が進む。「劇的な効果は感じにくいかもしれないが運動症状の悪化のペースを穏やかにできる可能性がある」(治験の責任者・京都大;高橋良輔特定教授)

 

国内に患者は約25万人いるとされ、高齢者に多い。治療を受けられるのは、症状が一定程度進み、薬物治療の効果が不十分な患者に限られる。

「高齢患者ほど運動症状以外を抱えている割合が多い。今回の治療は運動機能の回復を目指すもので、恩恵を受ける患者は全体の一部だろう」(順天堂大の武田篤特任教授(脳神経内科))

 

厚労省は3月、2033年までの期限付きでアムシェプリの製造販売を承認した。早期に患者に製品を届けるため、治験で安全性が確認されれば、有効性は推定段階で承認する制度を使った。

 

住友ファーマは今後、7医療機関で治療を行い、有効性を確かめ、本承認の取得を目指す計画。30年頃には医療機関数を増やす検討もしている。

 

 

 

 

アムシェプリは、住友ファーマの関連企業の工場で作る。患者とは別の人の血液からあらかじめ作製したiPS細胞を、約50日かけて培養し、神経の細胞に変化させる。出荷前には製品を洗浄する。移植には100万個の細胞を必要とする。生きている細胞を扱うため、大量生産が難しく高い技術も求められる。

 

「効果が出るように品質を安定させたり、不要な細胞を取り除いたりするのにかなりの費用がかかる。価格は妥当だろう」(再生医療に詳しい藤田医科大の八代嘉美教授)

 

厚労省の諮問機関、中央社会保険医療協議会で了承した約5530万円は、他の医薬品と比べると高い。

 

 

患者の負担

 

高額療養費制度を活用した場合に最大数十万円で済む。残りは医療保険財政から支出することになる。このため健康保険組合では約5500万円のほぼ全額を負担することになる。国民健康保険を運営する市町村には公費が入るが、負担は大きい。

 

iPS細胞を活用した製品は、心臓病治療用の製品「リハート」が今年夏頃に保険適用の可否について議論される。脊髄損傷治療用の製品も治験の準備が進む。いずれの製品も保険適用されれば、高い価格が設定されることが想定される。

 

アムシェプリは本承認を取得すれば、画期性などが評価されて、価格がさらに上がる可能性もある。

「今後は、薬の効果を検証するとともに、価格が効果に見合っているのかを見極める必要がある。企業にも生産コストを削減する努力が求められる」(東京大;康永秀生教授(医療経済学))

 

 

 

中医協安全「更に確認を」

 

中央社会保険医療協議会では「中長期の安全性はわかっていない」などとして更なる検証を求める声が上がった。

 

様々な細胞に変化することができるiPS細胞は、高い増殖能力がある。目的の細胞以外の細胞を体内に移植してしまうと腫瘍化するリスクがある。これまでの治験では、2年間の安全性しか確認されていない。

 

住友ファーマなどは、培養過程で目的の神経の細胞になったかどうかを確認できる機器を開発した。1日に数千万個の細胞を確認し、それ以外の細胞があれば取り除いて安全性を確保できる。出荷前に洗浄して余分な成分を除去し、移植に適した状態を保てる31時間以内に投与する。

 

中医協では、製品を使う際の留意点などを盛り込んだ指針を了承した。指針では「腫瘍形成が起こるリスクを完全には否定できない」として、移植した細胞が腫瘍に変化していないか確認するため、少なくても2年間にわたって定期的にMRI(磁気共鳴画像装置)検査を実施することを求めている。

 

「安全性を確認する技術が、再生医療の実用化に欠かせない」(国立医薬品食品衛生研究所;佐藤陽治副所長)

 

(2026・5・14 スキャナー  から)  

 

 

 

 

 

 

歩行器を使って歩きますと、どうしても、その歩行器に頼って重心を掛けてしまい、その結果、夜中に脚が攣るのです。それで目が覚め、パソコンに向かうという昨今の状況です。

 

昨日は気候不順で霧雨から普通の雨になりまた霧雨に、途中止んだりと変化に富んだ雨の中、椅子体操へ出かけました。

 

普通時の半数の6名さんの参加でしたが、先生の軽妙でバランスの取れた素敵なご指導のお陰で、楽しく過ごすことができました。いつも帰りには参加してよかったと思えるのですよ。_(_^_)_

 

 

夜中の目覚めの善し悪しは別として、翌日行動の糧のためまたベッドに潜り込みましょう。(∀`*ゞ)飛び出すハート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました

 

 

 

 

 

今日は長男(還暦も過ぎたおじさん…)の誕生日です。どの子供にも、どの孫にも、祝いのメッセージを送るだけですが、旅行や、会食の折には、時には母が奢りますから、それで許してもらいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「移動手段」を超えて 人生彩る旅をJR東海社長 丹羽俊介氏(60)に聞く

 

 

リニア中央新幹線の運行実現に取り組むJR東海。コロナ禍を乗り越え、新幹線を中心にした既存事業の改革も進めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大都市を結ぶリニア運行  経済を活性化

 

 

「リニア中央新幹線」は、特定の金属を冷やして電気抵抗をゼロにする『超電導現象』を利用し、時速500㌔で走行する計画」

 

リニアは、東京、名古屋、大阪の大動脈を高速で結ぶ事業。世界でも類を見ない超電導技術を使った取り組みで、東海道新幹線が開業する前の1962年から研究開発を進めてきた。

 

国内で(15~64歳の)生産年齢人口が減っていく中、今後、生産性はますます重視される。移動時間をドラスティックに短くできれば、日本の社会経済にとってメリットになる。

 

人の流動やコミュニケーションが活性化され、イノベーション(革新)を促す効果が期待できる。ウェブ会議は便利だが、何かを生み出すのは、人と人がお互いの熱気を感じながら間近で会話することがきっかけになるはず。リニアの運行は、日本経済の活性化をお手伝いできると思っている。

 

また、南海トラフなどの巨大地震がかなりの確率で起こると言われている中、日本の大動脈に新幹線とリニアの二重の輸送軸をつくることも、危機管理として大事なこと。

 

営業運転に向けた投資は当社の自己負担で進めているが、色々な方の力も借りてやってきた。

 

沿線地域のご理解や、国からの力添えをいただき、日本を代表する製造業にも事業に加わってもらっている。国内最大級の長さ・深さとなる南アルプストンネルなど、とても難しい工事を進めるため、スーパーゼネコンをはじめとする建設業界のメンバーが技術の粋を尽くしてくれている。

 

事業に関わる皆さんの心意気や志を感じながら実現を目指している。

 

 

 

 

 

 

震災で不通  重要性を実感

 

「1995年の阪神・淡路大震災、2020年以降のコロナ禍。災害時の体験が、鉄道事業の役割を再認識する契機となった」

 

 

災害当時は29歳。東京で、新幹線駅の仕事を指導する部署で働いていた。出勤すると「大阪の方で地震があったらしい」と聞き、急いで東京駅に向かった。

 

新幹線は止まっており、駅にはお客様はほとんどいなかった。情報が中々入って来ないので事務所に行ってみると、橋脚が折れて横倒しになっている高速道路がテレビに映っており、「とんでもないことが起こっている」と理解した。

 

高架橋の落橋などで東海道新幹線と山陽新幹線が分断され、東海道新幹線も京都-新大阪間が3日間不通となった。運行ダイヤは大きく乱れ、私は時にお叱りも頂戴しながら、連日駅で状況の説明に当たった。

 

「新幹線は安全で、正確に動く乗り物」と思っていたのに、一瞬で大混乱に陥ってしまった。普段は水や空気のように当たり前の存在として利用される鉄道の、インフラ(社会基盤)としての重要性を実感する体験だった。

 

コロナ禍に見舞われた20年4月には、東海道新幹線のお客様が前年同月比で9割減少した。「どんなことがあってもあり得ない」と言えるほどの想定外の事態だった。

 

皮肉なことに、「のぞみ」の1時間の最大運行本数を2本増やして12本とするダイヤ改正を前月に実施したばかりだった。ビジネス利用のお客様をターゲットに、輸送力拡大のため技術開発や設備投資を進めてきた方向性は間違っていなかった。でも、これまでの対策は十分だっただろうかと考えてしまった。

 

当時は役員として、経営計画の策定を任されていた。世の中が今後どう変わっていくのかを見通すために、IT(情報通信)系企業など約10社を訪問し、コロナ禍での働き方を聞いて回った。

 

すると「在宅勤務って、やってみると快適」「出張できないけどウェブ会議でなんとかなる」といった声を行く先々で耳にする。

コロナ禍が明けても、出張者の新幹線利用は戻ってこないのではないかと、訪問の度に気落ちしていた。

 

とはいえ、落ち込んでばかりはいられない。コストを抑えるため、ITを活用しながら、人手をかけずに仕事をする取り組みを始めた。今後、労働人口が減り、人出不足になることを見据えた取り組みでもあった。

 

 

 

車内で結婚式・プロレス・・・ニーズ発掘

 

「危機を乗り越えるため、変革に向けて動き出した」

未曽有の危機で、変化に対応しなければならない、という心構えを社員全員が持つようになった。安全輸送が前提だが、「ゼロベースで、タブーなしでやってみよう」という議論が社内で始まった。

 

新幹線を所轄する事業本部では、収入を上げるアイデアを競う部内コンペを自発的に行っていた。その中で出てきたのが「新幹線を丸ごと一両貸し切り、お客様の好きなように楽しんでもらおう」という企画だった。

 

「のぞみ」のデビュー30周年に合わせて無料で車両を提供するイベントを実施したところ、結婚式場として利用したいという希望が寄せられた。床にレッドカーペットを敷き、社内放送で車掌がお祝いを伝える演出などを行い、たいへん好評だった。

 

この取り組みは、「貸切車両パッケージ」として商品化に至った。車掌の制服を貸し出したり、社内装飾をしたりと、色々なサービスもしている。

 

プロレス団体から「新幹線車内で試合をしたい」という申し込みまであった。たぶん、コロナ前なら一発で「門前払い」となっていた案件だと思うが、団体と話し合いを重ね、実現にこぎつけた。

 

このほか、アイドルやアニメのイベントなどに合わせ、車内で専用の音声コンテンツを配信したり、限定グッズを贈呈したりする「推し旅」も始めた。

 

趣味を目的に旅をする人たちは着実に増えているという実感がある。ビジネス利用のお客様はコロナ禍前と比べると減っているが、それ以外のお客様が増えた。インバウンド(訪問客)も増えている。こうしたニーズに応えるため、今年3月には「のぞみ」1時間最大13本走行させる新ダイヤもつくった。

 

大学生の頃、新幹線で東京から名古屋へ帰省すると「家族と会えるんだな」という感慨が湧いたものだった。本来は単なる移動手段にすぎないのに、人生の節目節目に彩りをもたらしてくれる。そんな鉄道の旅をこれからも提供したいと考えている。

 

(2026・5・19 讀賣新聞から)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、耳鼻咽喉科医院の補聴器外来へ行ってまいりました。試聴器をお借りして当分の間、お試しします。中々良さそうですよ。

 

耳の中で鳴り響いている耳鳴りも補聴器には、それをカバーする性能がついてるとのことで、確かに装着中は耳鳴りが気になりません。

 

補聴器は5年をメドに替えるのが通常とのこと。もう少し早く訪れるべきでした。新しい補聴器でまた人生が楽しくなりそうですゎ。(*´σー`)(∀`*ゞ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (人''▽`)ありがとう☆ございました