赤羽での生活は意外と長いもので、実に4年弱を過ごす事になった。

その間、原動機とは無縁の生活を続けてきた。あえて言うなら仕事でダンプや4トンユニックに乗るくらいがカーライフといった感じ。赤羽のアパートは駅からもそんなに遠くはなかったし、自転車があれば日常生活にまったく支障はなかったので、車を購入する必要がなかった。

2回目のアパートの更新が近づいた頃(その頃には同棲していた彼女と入籍)、また更新して同じとこに住み続けるか、引越しをしようか迷っていた。赤羽は、通勤に便利でいい町だったが意外と家賃は高く、2Kという間取りにも限界を感じはじめていた。


通勤時間を犠牲にして、東京を出て埼玉でアパートを探すか・・・。そんな風に考えていた。


しかし、事態は思わぬ方向へと展開を見せることになったのだ。


「家を買う」


こんな選択肢は思い浮かばなかった。まだまだ買えるわけ無いじゃん!!そう思っていたから。

でも、調べると地元(埼玉の奥地)だと赤羽の家賃よりローンの返済額が安くても買えることが判明。

それが分かったとたん、無駄に家賃を払っているのが馬鹿らしくなった。

だったら・・・買っちまうか!!!


スモーキー27歳。 マイホームを買う決意を致しました。





2台目XXとの生活は長いものではなかった。それまで住んでいた寮を出て、アパート暮らし(同棲)することになったのだ。

寮にいるときは、さほど痛くは感じなかった駐車場代が、アパートの家賃が発生することで重くのしかかった。薄給の私には、赤羽で車を維持する余裕はなかったのだよ…。本当、甲斐性無しである。
暫くは埼玉の実家に置いて、週末に帰って乗るという生活を続けてみたが、実際はほとんど乗る時間はなかった。
どうしようかと考えてた矢先に、弟が「あんちゃんの車が格好いいって言ってる友達がいるんだけどさぁ…。」と話を持ちかけてきた。
(もう潮時か…。まぁ可愛がってくれるやつなら譲ってもいいか…。たくさん乗ってもらったほうがXXも本望なのかな…。もう車検も間近だし…。)

里子に出しました。

それからしばらくして、里親にXXの話を聞くと、もらってすぐにデジパネが消え、後付けメーターになり、その後もあちこち電装系に不具合が出て、修理代が大変な事になったので処分した、との事。維持出来なくてすみませんと謝られてしまった。
何だか悪いことしちまったなぁ。
つづく。
事故から数日後、入院先の工場から連絡が入った。「屋根まで曲がってるから、修理してもまともに走らないかもしれないね。全損で新しい車にしたほうが…。」

そうですか。安楽死が賢明だという事だな。諦めてきれないが、車としてまともに機能しないならしかたないか…。

あと付けパーツを外してもらい(足周り一式やエアクリ等)スクラップへ。

次号機探しが始まった。違う車にしようかと思って色々探したが、やっぱりXXに未練タラタラで、またXXを買ってしまった。

今度はゴールドツートンで、走行距離9万㎞。程度がよくなったからまぁいいか。

初号機からの遺留品をサービスで取り付けてもらい、2号機との生活が始まった…。


つづく。