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飛翔 台湾と日本の橋になる

日本語と台湾語、両方オッケー。心と心の架け橋を目指すケンジのブログ。

前回、桃園での勉強会にいつも来られている方が、夜、少し遅れて参詣されました。


実は、


「月末収支を計算していて遅れてしまいました。


 今月は支出が多いな、どうしてだろう……?


 と考えていたところ、飼っていた犬が突然私に向かって吼えました。


 あれ?もうこんな時間!いけない!聴聞に行かなくては!」


ということがあったそうです。



アニメ世界の光・親鸞聖人の第1部前半を見られて、


「親鸞聖人は結局“死んだらどうなるか”ハッキリされたのでしょうか?」


と質問してこられたので “御臨末の御書”のお言葉を紹介しました。

「一人いて喜ばは……」


の説明を聞いて、その方は、

「あっ、今日犬が私に吼えたのは、親鸞聖人が私に


 “早く聴聞に行きなさい”


 と言って下されただと思います。


 きっとそうです。


 親鸞聖人は本当に私たちのそばにおられるんですね」


と感動していました。

桃園教室でのこと。


南無阿弥陀仏の功徳は何億年かかっても説き尽くすことは出来ない、


「百千万劫にも窮めつくすこと能わじ」


とお釈迦さまは説いておられます。


そのことを先生から教えて頂きました。


台湾の皆さんに通訳したのですが、勉強会の後、こんなことを言われました。



「この“劫”は災難という意味があるので、


 説明して頂かなかったら、間違って理解していました」



ひと言ひと言、その意味を丁寧に話をすることの大切さを知らされました。



また、世界の光・親鸞聖人のアニメを第1部から第3部まで見られた方に、


「アニメの中で一番心に残ったところはどこですか?」


と質問したところ、

「親鸞聖人が9歳で出家されたときに詠まれた歌です」


と即答されました。

「9歳でそこまで無常を感じられたことに大変ショックを受けました……」


と語っておられました。


親鸞聖人のアニメの場面を通じて、皆さんに親鸞聖人の教えを伝えていきたいと思います。



国父記念館に参詣された方が、話を聞かれ、


「恐くなりました・・・」


と言われたので、  

「どうしてですか?」


と尋ねると、

「だって、話を聞いていると、とっても細かく丁寧に教えて下さって、


 聞けば聞くほど深い教えということがわかります。


 そんな簡単でないことが分ったからです。

 仏様を大事にして、合掌礼拝し、念仏を称えたら極楽に往けると思っていましたが、


 そんな簡単でないと分かって、これでは全部理解するのに、


 こんな短い人生でできるのだろうかと思うと恐くなりました。


 親鸞聖人のような方だから分かられたのでないでしょうか?」

と言われていました。


誰もが思うことの一つです。


一念の弥陀の救いをよく知っていただきたいと思いました。


今回、親鸞会館での御法話で、台湾からの留学生を学生から紹介してもらいました。


台湾南部の高雄という所の学生でした。


2~7歳まで日本にいて、4年前日本に留学に来て、今は大学の修士課程2年生とのことです。


その学生には従兄がいたのですが、3年前に自殺したとのことでした。


それをきっかけに、人生について考えるようになったようです。


「従兄の方は、そんなに生活などが苦しかったんですか?」


と尋ねると、

「いえ、そうではなかったと思います。


 私と従兄は話があい、気持ちが分るんです。


 だからきっと自分の生きる意味が分らず、悩んで自殺したと思うんです。」


と言っていました。


そして、

「うちは菩薩や神を信仰していて、何度も救われました。


 しかし、それでも、どうしても解けない悩みがずっとあるんです。


 それは、『人はどこから来て死ねばどこに行くのかハッキリしない心』」


と言っていたのが、印象深く残っています。



11月の親鸞会館での親鸞聖人報恩講にも参詣すると言っていました。


実家は、高雄講堂の近くとのことなので、


報恩講の時には、是非台湾の法友も紹介するね、と約束しました。



高雄で親鸞聖人の教えを学ぶ法友からこんな話を聞きました。


「母の故郷は台東です。


 いつの日か親鸞聖人の教えが台東で弘められることを私は願っています。

 そこで親鸞聖人の「恩徳讃」の色紙を台東の従姉妹に送りました。


 従姉妹は恩徳讃を見た後、感動して母の孫と一緒に恩徳讃を歌ったといいます。


 従姉妹は、実は20年前、何回も台東から汽車に乗って台北の天母に行き、


 .親鸞聖人の教えを聞いていたのでした。


 來來ホテルで行われた高森顕徹先生の御法話にも参詣しており、


 ご説法を聴聞したことがあったのです。


 母も、そのことを聞いて、とても感動していました。

 阿弥陀仏は一人一人を導いて下さっているのだと知らされて、胸が熱くなりました」