5-11 御正忌の御文 『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』信楽峻麿先生 | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

5-11Carta sobre o ofício em memória do Mestre Shounin. ブラジル🇧🇷お寺から朝のお参り中継🙏

 

おはようございます。

今日は動画の配信中にYou Tubeアプリが落ちてしまい、阿弥陀経の途中で配信が止まってしまいました。それで再起動して御文からまた中継をし直しましたので、二部に別れております。

ご了承ください。 途中で中継が切れたにもかかわらず引き続き参加してくださってありがとうございます。

解説のコメントも頂き嬉しかったです。

 

さて、今日は阿弥陀経のお勤めです。

 

今回からわかりやすページを作ったのでそちらで御覧ください。阿弥陀経のページ

 

 

それではご一緒にお参りいたしましょう。

 

 

 

5-11 御正忌の御文

 

そもそも、この御正忌のうちに参詣をいたし、こころざしをはこび、報恩謝徳をなさんとおもひて、聖人の御まへにまゐらんひとのなかにおいて、信心を獲得せしめたるひともあるべし、また不信心のともがらもあるべし。もつてのほかの大事なり。そのゆゑは、信心を決定せずは今度の報土の往生は不定なり。されば不信のひともすみやかに決定のこころをとるべし。 人間は不定のさかひなり。極楽は常住の国なり。されば不定の人間にあらんよりも、常住の極楽をねがふべきものなり。されば当流には信心のかたをもつて先とせられたるそのゆゑをよくしらずは、いたづらごとなり。いそぎて安心決定して、浄土の往生をねがふべきなり。

それ人間に流布してみな人のこころえたるとほりは、なにの分別もなく口にただ称名ばかりをとなへたらば、極楽に往生すべきやうにおもへり。それはおほきにおぼつかなき次第なり。他力の信心をとるといふも、別のことにはあらず。南無阿弥陀仏の六つの字のこころをよくしりたるをもつて、信心決定すとはいふなり。そもそも信心のといふは、『経』(大経・下)にいはく、「聞其名号信心歓喜」といへり。

善導のいはく、「南無といふは帰命、またこれ発願回向の義なり。阿弥陀仏といふはすなはちその行」(玄義分)といへり。「南無」といふ二字のこころは、もろもろの雑行をすてて、疑なく一心一向に阿弥陀仏をたのみたてまつるこころなり。

さて「阿弥陀仏」といふ四つの字のこころは、一心に弥陀を帰命する衆生を、やうもなくたすけたまへるいはれが、すなはち阿弥陀仏の四つの字のこころなり。されば南無阿弥陀仏の体をかくのごとくこころえわけたるを、信心をとるとはいふなり。これすなはち他力の信心をよくこころえたる念仏の行者とは申すなり。あなかしこ、あなかしこ。

 

 

 

感話

 

今日は信楽峻麿先生の本の読書感想を少し話すことから始まったのですが、それが以下のリンクの本です。『親鸞の真宗か蓮如の真宗か』と題名からして過激なんですが、とっても文章に迫力があり惹きつけられる表現がたくさんありました。

 この世にこの世の人間に具体的に働く教えではない念仏の教えを厳しく指摘して、念仏の教えにあったら人間は明確に変わっていくのだと説いてくださいます。執筆ではなく講演の記録なので話し言葉で余計身に迫って先生の思いが伝わってくるようでした。 本の中では蓮如上人の事を阿弥陀仏と衆生(人間)を対立させる二元的な救いを説いていて実際に働かないと強く強く批判されていましたが、今日の御文を読む限りでは「なにの分別もなく口にただ称名ばかりをとなへたらば、極楽に往生すべきやうにおもへり。それはおほきにおぼつかなき次第なり。

と説かれ続けて「そもそも信心のといふは、『経』(大経・下)にいはく、「聞其名号信心歓喜」といへり。」と救われる私と、救う阿彌陀佛(教え)との邂逅が抑えられています。 私が救われるために念仏する念仏でいいのですが、その念仏の声は本当の自分自身の本心の願いの叫びに出会うことであるとおっしゃっていると思います。はじめは対象だった阿弥陀が本願(本当の願いとして)私の雑行を破る働きが「南無阿弥陀仏」の不可思議の功徳の働きであると二度もお経と善導大師の言葉で強調されています。

 信楽先生は時の体制の誤った蓮如理解を批判されたのであって、蓮如上人自身を批判したのではないように思います。もし、信楽先生と蓮如上人が出会って直接お話したらとても気が合うのではないかと。

 どちらも炎上系僧侶だと思います。(*^^*)

 

 

 

 

頂いたコメント

コメントありがとうございます。

親鸞聖人の御正忌のお勤めが東本願寺と西本願寺でなぜ日時が違うのか私がうまく理解できないときにコメントを下さいました。

釈愚猿さんありがとうございます。

 

弘長2年11月28日=グレゴリオ暦(現在の西暦)1263年1月16日で、当時の西暦(ユリウス暦)ではまた日付が違う

 

それではまた明日一緒にお参りいたしましょう。チャオチャオ!

 

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