3-7彼此三業の御文  深い業はいつも「ゆれる」 | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

3-7彼此三業の御文 Bom dia Rito matinal do Templo em Marília. ブラジル🇧🇷お寺から朝のお参り中継😃🙏

おはようございます。

今日は朝が無茶苦茶寒くって、それでも散歩をしていたら暖かくなってきました。ブラジルはこれから秋から冬へと季節が移っていきます。 朝に初孫のニコラスの写真をアップしたらたくさんの人がお祝いの言葉やいいねを押してくれて、やはり子供の誕生は皆を笑顔にしてくれんですね。 あと今朝のライブ中継である人がお布施をくださってありがたいことでした。釈愚猿という珍しい法名でコメントにも「布施行(違」と書いてあったので、真宗の方なんですね。最近いつも生で中継を見てくださっています。ありがとうございます。最後の「(違」っていうのは文字化けか、布施行という言葉に照れて付け足したのだと思います。

 

さて、今日は阿弥陀経のお勤めです。

伽陀

 

阿弥陀経 8ページ

短念仏

和讃 十方微塵世界の 添 万行の  50ページ

回向 願以此功徳

です。 御文はページの下に原文を掲載して、リンクを辿れば言葉の意味もわかるようになっております。

最後に私の感話を書いています。 感想や質問、なんでも書き込みしてくださいね。

 

 

 

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3-7彼此三業の御文

 

 そもそも、親鸞聖人のすすめたまふところの一義のこころは、ひとへにこれ末代濁世の在家無智の輩において、なにのわづらひもなく、すみやかに疾く浄土に往生すべき他力信心の一途ばかりをもつてとをしへたまへり。しかれば、それ阿弥陀如来は、すでに十悪・五逆の愚人、五障・三従の女人にいたるまで、ことごとくすくひましますといへることをば、いかなる人もよくしりはんべりぬ。

しかるにいまわれら凡夫は、阿弥陀仏をばいかやうに信じ、なにとやうにたのみまゐらせて、かの極楽世界へは往生すべきぞといふに、ただひとすぢに弥陀如来を信じたてまつりて、その余はなにごともうちすてて、一向に弥陀に帰し、一心に本願を信じて、阿弥陀如来においてふたごころなくは、かならず極楽に往生すべし。この道理をもつて、すなはち他力信心をえたるすがたとはいふなり。そもそも信心といふは、阿弥陀仏の本願のいはれをよく分別して、一心に弥陀に帰命するかたをもつて、他力の安心を決定すとは申すなり。されば南無阿弥陀仏の六字のいはれをよくこころえわけたるをもつて、信心決定のとす。

しかれば「南無」の二字は、衆生の阿弥陀仏を信ずる機なり。つぎに「阿弥陀仏」といふ四つの字のいはれは、弥陀如来の衆生をたすけたまへる法なり。このゆゑに、機法一体の南無阿弥陀仏といへるはこのこころなり。これによりて衆生の三業と弥陀の三業と一体になるところをさして、善導和尚は「彼此三業不相捨離」(定善義)と釈したまへるも、このこころなり。

されば一念帰命の信心決定せしめたらん人は、かならずみな報土に往生すべきこと、さらにもつてその疑あるべからず。あひかまへて自力執心のわろき機のかたをばふりすてて、ただ不思議の願力ぞとふかく信じて、弥陀を一心にたのまんひとは、たとへば十人は十人ながらみな真実報土の往生をとぐべし。このうへには、ひたすら弥陀如来の御恩のふかきことをのみおもひたてまつりて、つねに報謝の念仏を申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

  [文明七年二月二十三日]

 

感想

 

今回の御文も先日に続いて、問題が起こったことに応えた形式でもなく、質問に応えた形式ではなく。ストレートに「南無阿弥陀仏」のいわれと功徳が書かれている。 特に題名にもなっている「彼此三業」が課題になっているし、機法一体の南無阿弥陀仏と、救われる衆生と救う仏との関係性が書かれていて、またもや念仏の真髄に迫るお手紙となっています。

 全ての人が念仏で救われる理由が書かれているのですが、もっというと「全ての人が平等に救われる道こそが真宗のおしえである」という宣言だと思います。三業とは身業と口業と意業のことですが、まとめて人間の人生全体のことです。人生が理想の姿(仏)と一体になるということですが、親鸞聖人の自覚的な言葉によれば、一体になる事を目指して、一つも理想に一体に慣れない自分を知る手立てとして書かれています。じつは全く理想とは程遠い罪深い自分が、自分はこんなもんであると思っている以上の愛情で育まれてきた事実に出会う過程を念仏を解説するすることによって明らかにされていると思います。

これは私の感想です。リンク先に辞書的な的確な考察がされているので、興味のある方は参考にされてください。とても興味深いことが書かれています。

 

私が今回の御文を拝読して映画「ゆれる」という名作があります。人間の「業」をするどく、愛情豊かに捉えた映画だと思います。 人間のあからさまな業が、仏様どころか誰とも一体になれない業が描かれています。しかしだからこそ真実に立ち戻る過程が必要なのです。 まさに「ゆれる」人生ですが救いは将来にあるのではなく、すでに自分が生まれる以前からの願いにあるのではないでしょうか。

 

是非ご覧ください。 

※ 上の動画内で宮迫さんが出演していると言っていますが、勘違いでした失礼しました。

あらすじ

故郷を離れ、東京で写真家として活躍する弟・猛。母親の法事で久々に帰省し、兄・稔が切り盛りする実家のガソリンスタンドで働く昔の恋人・智恵子と再会する。猛と智恵子とは一夜を過ごし、翌日、兄弟と彼女の3人で渓谷へ遊びに行く。猛が智恵子を避けるように写真を撮っているとき、智恵子が渓流にかかる吊り橋から落下する。その時、近くにいたのは稔だけだった。事故だったのか、事件なのか、裁判が進むにつれて兄をかばう猛の心はゆれ、最後には証言台に立ってある行為を選択する。

http://www.yureru.com

 

 

それではまた明日一緒にお参りしましょう!

 

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