2−8 『本師本仏の御文』私が選ぶのではない「一人への愛がやがて全世界を包む」 | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

  • 本師本仏の御文 Bom dia Rito matinal do Templo em Marília. ブラジル🇧🇷お寺から朝のお参りLive

 

おはようございます。

今日のマリリアも天気でいい陽気でした。いつも通りファビアとサラと一緒にお参りしました。

ちなみにサラは雌猫です。 道端で出会ったのですが、お医者さんに見せたら内臓がでんぐり返しになっているといわれ、

長生きしますようにという意味を込めて、ポルトガル語のsarar 回復する、治療するという意味と、日本語の笹の葉サーラサラ

という軽やかで美しい音と、仏教の沙羅双樹の「沙羅」のそれぞれの言葉を全部イメージに一緒に込めて、サラって呼んでいます。

今日もいい天気です。ファビアがいつも本堂をピカピカにしてくれます

 

 

今日は阿弥陀経のお勤めです。

伽陀

 

阿弥陀経 8ページ

短念仏

和讃 十方微塵世界の 添 万行の  50ページ

回向 願以此功徳

です。 御文はページの下に原文を掲載して、リンクを辿れば言葉の意味もわかるようになっております。

最後に私の感話を書いています。

 

 

毎日お勤めして、仏教の言葉を聞き、感想を各自述べていく、話し合う、書き留めると仏教の教えが生活の中でわかりやすく響いてくれるようになります。

 

それでは今日も一緒にお参りしましょう!

 

 

 

(2ー8) 本師本仏の御文

 

 それ、十悪・五逆の罪人も、五障・三従の女人も、むなしくみな十方三世の諸仏の悲願にもれて、すてはてられたるわれらごときの凡夫なり。しかればここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として、いまのごときの諸仏にすてられたる末代不善の凡夫、五障・三従の女人をば、弥陀にかぎりてわれひとりたすけんといふ超世の大願をおこして、われら一切衆生を平等にすくはんと誓ひたまひて、無上の誓願をおこして、すでに阿弥陀仏と成りましましけり。この如来をひとすぢにたのみたてまつらずは、末代の凡夫、極楽に往生するみち、ふたつもみつもあるべからざるものなり。

これによりて親鸞聖人のすすめましますところの他力の信心といふことを、よく存知せしめんひとは、かならず十人は十人ながらみなかの浄土に往生すべし。

さればこの信心をとりてかの弥陀の報土にまゐらんとおもふについて、なにとやうにこころをももちて、なにとやうにその信心とやらんをこころうべきや。ねんごろにこれをきかんとおもふなり。

 答へていはく、それ、当流親鸞聖人のをしへたまへるところの他力信心のおもむきといふは、なにのやうもなく、わが身はあさましき罪ふかき身ぞとおもひて、弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて、もろもろの雑行をすてて専修専念なれば、かならず遍照の光明のなかに摂め取られまゐらするなり。これまことにわれらが往生の決定するすがたなり。このうへになほこころうべきやうは、一心一向に弥陀に帰命する一念の信心によりて、はや往生治定のうへには、行住坐臥に口に申さんところの称名は、弥陀如来のわれらが往生をやすく定めたまへる大悲の御恩を報尽の念仏なりとこころうべきなり。これすなはち当流の信心を決定したる人といふべきなり。あなかしこ、あなかしこ。

  [文明六年三月中旬]

 

 

感話

 

昔見た実話を元にしたスティーブンスピルバーグの映画「シンドラーのリスト」には感動しました。たくさんのユダヤ人を救ったシンドラーの話です。彼は戦時中初期は戦争の流れにうまく乗って大金を稼ぐ経営者でした。そして贅沢な生活を満喫していたのです。しかし、従業員として雇っていたユダヤ人が強制収容所に入れられ虐殺されることを知ってからは、全財産を投げ打って

多くのユダヤ人を助けたのです。 戦後そのユダヤ人たちの証言でナチスドイツの虐殺が世界に明らかになり裁かれたのです。

 戦後シンドラーに一つの指輪が贈られた。この指輪は、シンドラーに命を救われたユダヤ人たちが感謝のしるしに、彼らが唯一持っていた本物の金歯からつくったもので。「一人の人間を救う者は世界を救う」 と刻まれていたそうです。

 映画の最後にシンドラーがもっと自分が贅沢せずにお金を持っていたらもう一人救えたかもしれないのにと言って泣き崩れすシーンが印象的でした。最初は金を設けて楽しく人生を過ごせばよかった主人公の心が変わっていく様がリアルで感動を誘いました。戦時中は多くの人が他人のことをかまっている余裕はありません。そんな時彼を変えたのは一人の人を救いたいという思いでした。そして戦後生き残った数少ない生き証人が戦争の悲惨さを今に伝えているのです。

 

 

 人間は弱く大変な時はますます心の闇が大きくなってどうしようもなくなります、そんな時に一人の人さえ愛せない自分を知ります。おそらくその時にこんなにも弱くて暗い自分を愛してくれる一人の存在に出会うのでしょう。

 それを阿弥陀仏と呼びます。私たちが阿弥陀仏を一つを選ぶのではなく、阿弥陀仏が私一人を選んで救ってくれるその事実に出会った時に暗い心に一念の信心が生まれるのではないでしょうか。

 

please subscribe to my channel

Inscreva-se no canal Por favor!

↓動画が面白かったら、いいね評価やチャンネル登録をよろしくお願いします↓

 

https://www.youtube.com/user/shuizuhara

 

Youtube チャンネル登録よろしくお願いいたします。

シュウのしゅうチャンネル

 

 

SMSもやってます、リンク大歓迎

Bloggerブログ https://izushui.blogspot.com.br/

Twitter https://twitter.com/ishui

Facebook https://www.facebook.com/shu.izuhara

 

人気blogランキングに参加しています 

1クリックをよろしくお願いします 

↓     ↓     ↓ 

にほんブログ村 海外生活ブログ ブラジル情報へ にほんブログ村

  

こちらもよろしくね。

  
ブラジル(海外生活・情報)ランキング

\(^o^)/

 

どくしゃになってね…