マリリアでのお参り | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

 マリリアに来て8ヶ月。 あっというまです。

仏壇を家の息子たちが綺麗にしてくれて、塗りなおしてくださった。
その後乾かすのに外で乾かしてくれていたのだが、よく見たら外のゴミ捨て場の場所で乾かしていた。
 それを見たお婆ちゃんは、仏様を外のゴミ捨て場においておくなんて失礼かもしれないな。と思ったが、せっかく息子たちが綺麗にして世話をしてくれているのだからとやかくいうのも悪いと思って、そのままにしておいた。
 しかし、それが気になってその晩から一睡もすることが出来ない。
なにか、悪い意味があるかどうかを見て欲しい。

以上のような電話がかかってきて、(日本語です^^;) お参りに行ってみた。

よく話を聞くとお婆ちゃんの父方は石川県の松任市の出身、母は岡山。 父は浄土真宗、母は真言宗とうことまでわかった。 更に松任の親戚はお坊さんで養子に入る時に金の御輿で入寺したとおっしゃる。 大げさな昔話のような気もするけども、私が1995年から11年間務めていた小松のお寺本光寺には今では使わなくなった、御輿が本堂の裏に飾られていた。それは先代の住職は使っていたそうであるから、このおばあちゃんの話は大げさでもないと思う。  


 このお宅のお婆ちゃんはブラジル生れだが、母は日本で身ごもってブラジルで出産したとか。 またこちらの親戚もサンパウロのブラジル別院で僧侶として務めていた経験があるのだと聞き、二度ビックリ! 名前は平源(ひら げん)とおっしゃるそうだ。

そういう歴史を聞きながらお仏壇を拝見するとそこには古いが非常に立派な阿弥陀如来の軸がかかっていた。 現在のお仏壇は小さいけれどもその軸がかかっていたであろう石川県のお仏壇はたいそう大きかったに違いない。
 一概に軸の大きさで決める訳にはいかないが熱心な真宗門徒であったと想像され、同時に石川県に住んでいた頃の熱心なご門徒のお顔や雰囲気が蘇ってきた。

 しかし、時は流れおばあちゃんは真宗ではない他の宗教を転々としていたそうです。
最近なにか思い当たることがあって、サンパウロの占い師に見てもらった所、もとの宗教に戻りなさいと強く言われ、今回私が転勤したマリリアのお寺のお参りをするようになったようです。

 浄土真宗よりもあたらしい新興宗教の特徴は先祖のお参りは元のお寺へ、現在の救いはわたしのところへ、という勧誘の仕方が多いようにおもう。 また、私の所は宗教ではないから先祖の宗教を大事にしつつ、そして今の生きるあなたの問題は私たちの教えを聞いて解決したらいいでしょう。 という形で勧誘するのである。

つまり既成の仏教は亡くなった先祖をおまつりするためだけの場所で、今の現代の「わたしたち」問題には応えてくれない場所になっている(また、そうおもわれている)のは、ブラジルでも同じことになっている。

葬式や法事には歴史と大切な意味が込められている。 先祖の問題は既成仏教というのは決して悪い指摘ではないので、むしろこのご縁を大切にしたい。

葬式や法事以外のことをやるのも大事だが、むしろ葬式法事をもっともっと大事に勤める事によって見えてくるものがあると思う。

うん、わしは葬式坊主だから・・・ と返事をしたら絶句されたと話していた住職をいまさらながら思い出します。

人気blogランキングに参加しています
1クリックをよろしくお願いします
   ↓     ↓     ↓
人気blogランキングへ  ランキング \(^o^)/ にほんブログ村