南米本願寺では、法事にかける時間は1時間。
お経は「正信偈」つづいて阿弥陀経(小経)である。
その後お文。
さらにその後必ず「お説教」
もちろん、日本語とポルトゲスで・・・
最近ポルトゲスの説教が目茶苦茶ウケる!
ブラジルに来て1年7ヶ月。
ポルトガル語にも慣れてきた!
と思っている私が以前よりも流暢に話せると思っているぶんだけ、相手にはおかしく聞こえる。
らしい
法事の最後に大爆笑が起こるのだ。 (泣)
私は以下のように、考察する。
何故今までよりも上手くなっているはずなのに、以前よりもヘタになったのかを。
つまり、
以前は笑う事も出来ないほど酷かった(ポルトゲスが)
現在は笑えるぐらいには通じるようになった! と。
私は以前先輩の坊さんから素晴らしいアドバイスをいただいた事があります。
「法話をしている時、目の前の門徒さんが寝るようになったら一人前だ」
と。
つまり、あまりにもつまらない「法話」(お話)は聞く人が心配しすぎて緊張するが、
そこそこの法話になると「ああ~ いつものあの話しね」 と
安心して眠れるという事である。
聴聞者が眠くなったら半人前という、いわゆる、先輩からの慰めの言葉である。
いつか、ポルトガル語でお話しして、現地の人を眠らせてみたいものだ。
学生時代居眠りばかりしていた私が、そんな事を気にするのも変な話だが・・・。
「仏法は、耳からでなくて毛穴から入るから、寝ててもいいから授業にきなさい!」
と一喝された先生を思い出しながら日々つたない説教をしています。
ボアノイチ。
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