三菱 の年代物のジープ アルゼンチン/パラグアイ 花祭り巡回にて | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

 さて、まだパラグアイに到達しませんね~得意げ

IIDAさんの年代物ジープで、この地域の墓地へお参りに行きました。

映画「三丁目の夕日」 ではないですが、またまた懐かしい、というか私はそんなに古くないのですが(笑)
懐かしさ漂う、車に搭乗させてもらいました。






楽しそうに乗っておいでになります。
話を聞くとなんとこの愛車とともに、日本から移民してきたのだそうです!!




どんな悪路でもぐんぐん進んで行きます。
音的には自動車というより軍用車に乗ってる気分です。
実に頼もしい

音だけは、、、、


ドアの鉄板は、まま鉄板でカンカンいってます。






かっこいいです!
お話によると、当時の日本でも既に中古車市場でなかなか見つからない代物で、
わざわざ全国の販売店を探し、山口県の中古屋でみつけたそうです。

ちなみに、左右のウインカーは後付けで、初期の仕様では、手で矢印の板を左右にだすバーを
倒して曲がっていたそうです。

矢羽根式 というらしい

現地の人に「なにそれ?」といぶかしがられ、仕方なくウィンカーを付けたそうです。




お墓につきました。この山ははじめて日本から移民に来たときの最初の土地でなのです。
しかし、多くの方々はいろいろな事情で山を下り町にまた出て行ったそうです。

現在最初のこの土地にいるのは本の数家族になってしまったのです。

IIDAさんはその少数派の一人で、最初に来た場所で踏ん張って生きているという、自負心が
かたりの端々に感じられました。

とともに、「山を下りた人たちにもいろいろ事情があったんよ」ともいっておいでになられました。

実際山を下りた人たちとも現在も強い繋がりがあるのです。


ピンぼけになってしまいましたが、日本式のお墓!
わざわざこだわって作ったそうです。

なんまんだぶ

ここのお墓全体の法要をして帰途につきました。

少ない数のお墓です。お墓ごとよそへいった人もあるので、もとはもっと多かったようですが、
いずれにしろ、日本から遠い異国に来て、その土地を開拓しその土地の土となった方々の場所です。


  お勤めが終わっても、空冷のファンがブンブン回っていましたヾ(@°▽°@)ノ

「わしはまだまだ現役じゃけーのー!」
と元気ばりばりでした。

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