遇いにいきました。
サンパウロのリベルダージの近くの病院、サンタ・エレーナ。
お寺に迎えにきて下さった、方がお婆ちゃんの様態を話して下さった。
意識が無い事や詳しい病状、車の中でお婆ちゃんは意識が無いという事、
「死ぬ前にお坊さんと話したい」というのはお婆ちゃんの日頃からの口癖のようなもので、たとへ意識が無くなっていてもお坊さんを呼ぶようにとの約束だったそうだ。
家族には他にも大きな手術を終えた弟がいて、その後医療事故でたいへんなことになり、リハビリ中であること。
話してくれたおばさんははるばるインドから駆けつけて2ヶ月経つのだという。先に大手術をした弟のお見舞いのために駆けつけたのだが、おばあちゃんまで倒れてしまった。
と疲れた顔になみだを浮かべている。
お婆ちゃんは南米別院にもよく訪れていた、熱心なご門徒であったが、家族はみんなカソリックのクリスチャンであること。
96歳のおばあちゃんの部屋に行く。集中治療室のため、本来家族でも二人までしか入れないが、特別に許可をもらった。受付でパスポート(PROTOCOLO)を見せて名札を付けた上で入る事が出来る。
結構厳重である。
さらに、面会は一時間だが、個室ではないので大きな声でしゃべったり、大きな声でお経をあげてはいけない。
短く済ます。などの条件を言い渡される。
「それでは5分くらいですか?」と尋ねると、「う~んまあ」とおっしゃる。
インドから来たおばちゃんは(長女)は疲れているとはいえ、かなりしっかりした方で、
「これはニュアンスだから本当は何分かかってもいいから、お坊さん話してあげて下さい」
と耳打ちしてくれた。
家族は何をするのかもわからないからお坊さんに任せる。病院側も事務的に言っているだけなので、大きな間違えさえ無ければ時間に縛られる必要は無いという事だ。
そんな私も何をするのかを決めてなかったのだが、
意識が無いと聞いたときから、日本で養護施設でお参りした時、痴呆のお婆ちゃん達が『正信偈』や「恩徳讃」を勤めた時だけまるで痴呆でなくなったように一緒に唱和した経験を思い出していた。
また、以前聞いた話で、最後の最後まで働いている人の器官は「耳」だと聞いていたので、意識が無くてもなじみのあるお経ならおばあちゃんに届くかもしれない。と思ったからお勤めをする事にした。
おばあちゃんの部屋に入ると、カーテンに仕切られたベッドがたくさん並んでいて、そこにはいわゆるスパゲティー状態のいくつもの管に命をささえられた重篤な患者さんがならんでいる。
一つ一つのべっどのあたまに大きな機会があり、モニターに心拍等の数字とグラフがリアルタイムで表示されていて、時々ピッピッと音を鳴らしている。
事前に聞かされていたが、おばあちゃんは水ぶくれになっていて管にが鼻や口につながれていて、深呼吸をするようにして息をしている。意識は無い。
家族の人は布団の中に手を入れて手を握って上げているようでした。私は握る事が出来ませんでした。布団の中は薄着で裸同然のようなのです。
家族はさらに涙ぐむし、わたしも病室の棚に持っていた聖典をおいてしばらくお婆ちゃんの顔を見続ける事しか出来ませんでした。
しっかりした長女がおばあちゃんは知的な方で、お花も生けたし、書道の腕も素晴らしかったし、私達や孫が海外に住むようになってからは、電話で英語でも話せるようになった。
本当はこんな(あわれな)姿ではなくって、しゃんとした、スッキリしたお婆ちゃんだった。
と涙ぐみながらおっしゃるのです。
うすうす気付いていましたが、この時に私はおばあちゃんのためにではなく、この方達の為に呼ばれたのだと思ったのです。
この方達の話を聞く為に呼ばれたのでしょう。
これを本当の「枕経」というのだ。
お婆ちゃんの耳元に口を近づけて、「おばあちゃん、それでは『正信偈』のおつとめをしますね」
と告げて、お勤めを始めました。
お婆ちゃんの顔の真ん前で、その向こうには大きな機械がうなっています。今夜の祭壇は生命維持装置です。
最初は違和感がありましたが、お勤めを始めると心が落ち着いてきて、ふと隣を見ると二人の姉妹も頭を足れて合掌しています。クリスチャンだから手を組んでいるかと思ったのですが、なぜか合掌です。
お婆ちゃんのお参りの姿を思い出しているのかもしれません。
短く済ませようと思ったのですが、むしろお経が一番大切なんだと思い直して、同朋奉賛式を最後まで勤めあげ、御文も読み、最後に『安楽集』の「真言をとり集めて往益を助修せしめる なんとなれば 先に浄土に生まれんものは後を導き、のちに浄土に生まれんと思わんものは先をたずねよ、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死の海を尽くさんがためのゆえなり」
で終えました。
最後におばあちゃんの額に手を当てて、おばあちゃんに声をかけて終りました。