広島に帰って来ました。
帰ってくるなり、幼なじみのシゲル君と晩ご飯を一緒に。
ほんの少しのつもりだったのですが。もうやはり小学生の共通の友人のカツタ君も合流して、なんと朝まで。
朝まで飲むなんて、ほんと久しぶりです。
小学生からの友人なので過去の話から最近の話題までかかす事がありませんでした。
最後にはシゲル君の家で幼稚園の頃の写真を見ながら、この子は可愛かっただの、あの頃の自分は可愛かっただの、音楽の先生はあの頃もあこがれだったけど、今見ても魅力的だとか。
楽しい時間でした。
同級生の話ではM君は○○組の幹部だったけどいまは広島で一番の勢力○○会の組長になっている。
同級生の○○君は彼に頼み事をしたら○○されて○○になった。とか
喧嘩をした○○君は今は消息不明だがそれは・・・・ と、とても書けない怖い話もありました。
極道のM君は、小学生のときから番長でしたが、私には優しくしてくれていました。
私の母親も、M君が幹部の頃、黒塗りの車から弟子?を従えて出て来たM君に丁寧に挨拶をされた事がある、と言っていました。
まあ、家の母親も小学生のときは女番長だったから、周波数が合うのでしょう(笑)
ある夏の日、M君の家に友達数人と遊びに行った事がありました。極道の妻たちに出てくるような豪邸ではなく、こじんまりとした家でした。
小さな玄関から上がるとおくの部屋にお父さんがステテコに腹巻き、上半身裸でちゃぶ台を前に座っておいででした。
背中にモンモンをしょって。
振り返るでもなく、半分こちらを向いて
「おう! よう遊びにきてくれたの~ ゆっくりしていきんさい」
と小さいけれどドスの聞いた声で、でもやさしく声をかけて下さいました。
今思えば、お父さんの代から極道だったのです。
おくの部屋でM君の自慢のおもちゃで遊んでいたのですが、私が選ぶおもちゃをある友人がことごとく取りあげてしまうので、私が一瞬悲しそうな顔をしたらM君はそれを見逃さず、「これはしゅうに持たせたれーや」と取り返してくれました。
がたいは大きいけれど、繊細な心も持っていたM君に印象的なエピソードがあります。
ある日学校で喧嘩をして、ホームルームでどちらが悪いかを決める時(私の小学校時代にはそんなミニ裁判のような時間がありました)
結局喧嘩両成敗という事で?お互いに一発ずつ蹴り合うという事に決まりました。(今では考えられませんね~)
まずM君が蹴りました。その時はユックリ遠慮がちに相手の足を蹴ったのです。その場には先生もいたし、みんなの前だし、喧嘩をしたときの興奮も消えているはずなので、当然といえば当然なのです。
次に喧嘩相手のY君が蹴り返したのですが、なんと空手と柔道を習っていてM君と番長の座を分かち合っていたY君はバリバリのローキックをちから一杯浴びせたのです。
教室にパシーンと音が響き、M君はその場に崩れてしまいました。
静寂に包まれた教室を泣きながら着席。 M君が泣くのを初めて見ました。
泣いたのは痛いからだけではなかったと思います。
何年か前に消息不明になったのは、その時蹴ったY君なのですが、まさかその時の恨みなんて事はないでしょうし。
これも、ウワサですから。そんな事は無いのかもしれません。
どんな職種でも「長」が付くような立場になると、いわれなきウワサの的になるものです。昔のエピソードを知っている僕としてはM君は、少なくともシロートには手を出さない極道になっているのではないかと、なっていて欲しいと思いたいのです。
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