お墓参りにて | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

報恩講も終わり、一息つく間もなくお参りにいそしんでいます。
なんだかずっと体調が悪かったのですが、微妙に上向きになりつつあるので、ほっとしているのですが、油断は禁物です。
すぐ体調が良くなると飲みにいくのですが、この時期はなるだけ我慢です。
-----------------------------------------------------------------------------------

昨日はお墓のお参りに行ってきました。お墓まで自分で行けないとの事で、自宅まで迎えにいってそのままお墓へ。
車の中で「息子が車で連れて行ってくれるはずなのに、急に無理になってごめんね~」と元気な調子で話すおばあちゃん。

お墓で大きな花瓶の水換えを手伝ったら大変感謝されるので、調子に乗って花瓶の周りについた泥などを洗ってると「衣に水かつくよ」と法衣の袂を持ってくれました。

お勤め中おばあちゃんは、ずっと頭を垂れて合掌しておいででした。腰が曲がっているので、地面に額がつきそうでした。

帰りの車の中、お仏壇は今息子とその嫁のうちにあって私の住んでいる所にはない、とか、一緒に住むのはいやだ、など少し愚痴っぽいお話もしつつ家路に。

ついてみると、息子の家の向かいがおばあちゃんの自宅で、私が車でよく通って知っているお宅でした。(無住の家かと思っていたお宅でした)

珍しく「あなたの名前は」と聞かれたので、心の中で喜んでいると、今度新しいお墓になったときのお参りはまた頼むという事でした。花瓶の水を換えるのを手伝っただけなのですが、その事がよっぽど嬉しかったのでしょう。来年の彼岸まで私の名前を覚えているかどうかはともかくとして、私も嬉しかった。


などと書くと、私の友人から「しゅうは、いい事ばっかり書きすぎる。いい顔するな」とまた電話がかかって来そうだが。これでも押さえて書いているつもりだ(笑)

おばあちゃんが少しの事を喜ばれるのも、普段の生活で辛いことがあるからかもしれない。
そういった意味では辛い事は、幸せの香辛料なのだ。
私も以前入院した時、普段の生活をする事がどれだけ幸せな事かと病床で思ったものだ。
しかし今では忘れてしまいがちである。

「辛い時 一本くわえると幸せになる」by カズ

ここで問題です。
なにをくわえると幸せになるのでしょう?

仏教では本当の満足は比べる世界にはないと言って、「自体満足」、「知足」といい、人と比べる必要のない満足(幸せ)を説くけれども。なかなかそういう心境にはなれない。


人気blogランキング  1クリックをよろしくお願いします\(^o^)/