忘れ物は何ですかー? | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

こんにちは、もう今年も半ばを過ぎてしまいました。
最近時の流れがとても速く感じます。

     ーーわすれものはなんですか?ーー

 僕はたまに門徒さんの家にお勤めをしにいくとき忘れ物をします。お経を忘れたり数珠を忘れたり。たまにはお勤めのあとお経をおいたまま帰ってしまい、あとから届けられたこともあります。その時届けてくれた人に笑いながら「商売道具忘れていったらあかんねー」と言われ、さすがに恥ずかしかったです。

 そんなことがつづくと、普段でもおまいりに行く前に何か忘れ物があるような気がしてかばんをしきりにチェックするときがあります。しかし何度確認してもすべてそろってます。いくら確認しても安心できずじまいのまま、そのお宅に到着し「しまった!」と思うこともなくお経もすみ、しばらくお話して帰途についたのですが、まだー何かわすれているー気持ちは消えないままです。

 そのうち帰途の車の中で「忘れ物は何ですかー?」と昔の歌を口ずさんでいるうちに、あるエピソードを思い出したのです。     

ーお経配達人ー 

生業を坊主として生きているものは、おそらく誰でも感じたことがあるであろう、 「なにしにお参りいくんだろう?」という思いです。 サラリーマンを形容する中にも、猛烈社員とかグータラ社員など、さまざまな人がいますが、当然坊主にもいろいろいます、その中で自分自身を反省する意味をこめたり、いわゆるグータラ坊主を責める言葉として「お経配達人」または「お参りマシーン」もっとひどいのは「お布施○ロ○ウ」(あまりに恐れ多くて書けませんでした)と形容することがあります。
それも故なき事ではなく、一日20件お参りがあろうものならお経おわるなり、家を飛び出て次の家に急ぐのも無理はありません。

  しかしそんなお勤めだけをしてしていると、そのお勤めの大切さを坊主自身もわからず、ましてや 門徒方にも伝わらないのは当然というものです。 かくゆう私も意味もわからないお経読んで何になる?単なる気休めくらいか?と思った時期もありました。
お参り

 こういう傾向はかけだしのまじめな?坊主に多いと察します。そういう坊主は「教えを説くのが坊主の本分だろう、だのにわたしは朝から晩まで駆けずり回って、お経を読むだけの人間テープレコーダーみたいなものじゃないか。」とそんな自分を責めたり、あげく「大体お勤めの間、家の人は洗濯していたり、テレビ見ていたり、ひどい人は横でタバコ吸いながら新聞読んでいるじゃないか!」と門徒さんを責めたりして、(念のため、そういう門徒方はほとんどおいでになりません。)いつしかそんな自分や他の同類の坊主を「お経配達人」などと罵るのです。

 しかしいつしか時とともに、そんな自分にさえ慣れてくる。
慣れって怖いですね。平気になってしまうのです。

ところがそんな思いに鉄槌を与える言葉に出会ったのです。

つづく
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