『京都くれなゐ荘奇譚 呪われよと恋は言う』白川紺子 | 京都市某区深泥丘界隈

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綾辻行人原作『深泥丘奇談』の舞台、京都市某区深泥丘界隈を紹介します。内容は筆者個人の恣意的な感想に過ぎず、原作者や出版社とは関係ありません。

 白川紺子先生は、三重県出身で、同志社大学文学部卒業後、「嘘つきな五月女王」で2012年度のロマン大賞を受賞。同作を改題・改稿した『嘘つきなレディ 〜五月祭の求婚〜』で、2013年にコバルト文庫よりデビューしました。2022年にアニメ化された、人気シリーズ『後宮の烏』でご存じの方も多いと思います。同志社大学卒業ということで、以前京都に在住されていたため、『下鴨アンティーク』シリーズ等京都を舞台とした小説も数多く執筆されています。

 

 『京都くれなゐ荘奇譚』も、京都を舞台とした呪術幻想ファンタジー・シリーズで、現在第3巻まで出版されています。長野の邪霊を祓う蠱師(まじないし)一族・麻績家に生まれた女子高生・澪は、「二十歳までは生きられない」という呪いをかけられています。長野から出ることを禁じられていた澪ですが、内緒で遊びに行った京都で邪霊に襲われ、なぜか澪のことを知っている高校生・高良に助けられます。自らの呪いに高良が関係していると考えた澪は、蠱師ゆかりの下宿屋「くれなゐ荘」に移り住み、呪いについて調べる一方で、周りで次々起きる不可思議な事件にも関わり解決して行きます。

 

 「くれなゐ荘」は深泥丘界隈の一乗寺にあるという設定です。『宮本武蔵』のところでご紹介した八大神社の参道から狭い路地を入ったところにあるようです。また、高良も「ラジオ塔」②のことろでご紹介した八瀬に住んでいるという設定であり、邪霊が引き起こす奇怪な事件も、多くが深泥丘界隈を舞台に描かれています。小説の中でもこの一帯が都の鬼門にあたり、そのためほとんどの蠱師が住んでいるのだと説明されています。このブログでも、深泥丘界隈が現世と異界の境界領域であり、多くの鬼や悪霊が蔓延る場所であることは、何度も書いていますが、そういった意味で『京都くれなゐ荘奇譚』は、ファンタジー版「深泥丘奇談」と言えるかもしれません。

 

 八大神社の参道には「詩仙堂」があり、小説の中にも描かれています。

 

 

 写真は詩仙堂の入口にある門「小有洞」です。詩仙堂は、元々石川丈山が造営した山荘ですが、現在は曹洞宗の寺院になっています。丈山は三河の徳川家に仕える譜代武士の家に生まれました。現在放映中の『どうする家康』に登場する石川数正は遠い親戚にあたるようです。また、母方の叔父は本多正信だそうです。数々の武功を上げましたが、安芸の浅野家に13年ほど仕えた後、1636年に隠棲し、その5年後詩仙堂を建てて終の棲家とします。漢詩に造詣の深い丈山は、中国歴代の詩人を36人選んで三十六詩仙とし、狩野探幽に肖像を描かせて堂内2階の四方の壁に掲げました。これが「詩仙堂」の名の由来となります。

 

 

 丈山は庭園造りの名手でもあり、彼自身により設計された「百花塢」は名園として有名です。

 

 

 なお、一説には丈山は幕府の意向を受けて洛中、つまり朝廷側の監視をしていたとも言われています。写真は庭園側から撮った詩仙堂ですが、3階部分にある物見櫓のような小楼「嘯月楼」からは洛中一帯を見下ろせるようになっているそうです(一般には開放されていません)。曲者本多正信の甥である丈山もスパイ活動が得意だったのかもしれないと想像が膨らみます。

 

 「くれなゐ荘」を営む忌部朝次郎は今は隠居していますが、元は蠱師です。丈山のように邪霊の怪しげな動きを監視するため、この地に下宿屋を建てたのかもしれませんね。