どこに向かう「多文化共生」
外国人が大量に流入して文化がモザイク化しており、日本で暮らしている外国人及び日本人が、多文化共生出来るようにイロイロと活動してる団体がいます。
日本で暮らす外国人と日本人、また外国人同士、日本人同士の問題の改善や解決を図ることで、多文化共生社会の実現しようとしていますが、特定の外国人側に立っているような団体も少なからずいる様で。
ISE-Loco SUPPORTERSからの情報によりますと「多文化共生リソースセンター東海」のフェースブックでは衝撃の映画をリンクしている事実を確認する事が出来ました。
テロリスト賞賛!これで良いのか多文化共生
文化や歴史観は各国間で相違あるものですが、我々としては受け入れ難い文化や歴史観があります。
特に日本に対するテロを英雄視するならば、スターリンも日本赤軍も英雄となり、アルカイダやイスラム国だって見方を変えれば英雄です。しかし、それらを賛美する事は私人であっても日本では許されない事が多いと思いますが、公人で有ったり、行政から補助をもらっている場合は、さらに許されないのではないかと思いましたが、「多文化共生リソースセンター東海」がフェイスブック上で恐るべき映画のリンクを貼っている事実が明らかになりました。それは「金子文子と朴烈」と言う映画でした
朴烈事件(ぼくれつじけん)のテロリスト賛美映画
「多文化共生リソースセンター東海」が告知
「多文化共生リソースセンター東海」がリンクしている映画は中央日報も取り上げている問題作の「金子文子と朴烈」。
http://www.fumiko-yeol.com/story.html
映画のストーリーは・・・
1923年、東京。社会主義者たちが集う有楽町のおでん屋で働く金子文子は、「犬ころ」という詩に心を奪われる。この詩を書いたのは朝鮮人アナキストの朴烈。出会ってすぐに朴烈の強靭な意志とその孤独さに共鳴した文子は、唯一無二の同志、そして恋人として共に生きる事を決めた。ふたりの発案により日本人や在日朝鮮人による「不逞社」が結成された。しかし同年9月1日、日本列島を襲った関東大震災により、ふたりの運命は大きなうねりに巻き込まれていく。 内務大臣・水野錬太郎を筆頭に、日本政府は、関東大震災の人々の不安を鎮めるため、朝鮮人や社会主義者らを無差別に総検束。朴烈、文子たちも検束された。社会のどん底で生きてきたふたりは、社会を変える為、そして自分たちの誇りの為に、獄中で闘う事を決意。ふたりの闘いは韓国にも広まり、多くの支持者を得ると同時に、日本の内閣を混乱に陥れていた。そして国家を根底から揺るがす歴史的な裁判に身を投じていく事になるふたりには、過酷な運命が待ち受けていた…。
日本上映は韓国の歴史に非常に鼓舞的な出来事だ。日本の侵略によって苦痛を受けた大韓民国の痛恨の歴史を知らせるだけではなく、帝国主義日本の弾圧に反旗を翻して共に闘争した日本人が存在したという事実を日本の大衆に知らせる良い機会でもある。
中央日報も絶賛
映画『金子文子と朴烈』の意味のある日本公開、女優チェ・ヒソが現地インタビューに意欲
https://japanese.joins.com/article/304/249304.html?sectcode=&servcode=
実際、イ・ジュンイク監督の徹底した考証を経た同作のすべての登場人物は、実在人物の実名を使った。その中で、布施辰治と金子文子は日本人であるにもかかわらず、大韓民国の独立のために共に闘争した業績を認められて大韓民国建国勲章を授与を受けた。
朴烈
本名は朴準植(パク・ジュンシク、박준식)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E7%83%88
界隈では有名な活動家であり、日本側から見ればテロリスト。
爆弾を入手して昭和天皇を暗殺しようした(具体的な計画は無かったとされている)テロリストで処刑判決の後、終戦後恩赦などをへて無期懲役となり、獄中で無政府主義から反共主義へと転向し出所後は。在日本大韓民国民団の基礎となる在日本朝鮮居留民団を結成し初代団長となったのです。しかし、思想の大転換によって不信を買っており再選去れなかった為に韓国に帰り、李承晩の勧めで国務委員(大臣に相当)に任命されたが、朝鮮戦争中にソウルを占領した北朝鮮軍に捕えられ、北朝鮮へ連行され対南工作団体の「在北平和統一促進協議会」会長に就任し、またまた方向転換し反共から容共になったようです。これだけコロコロ変わると使えないと見切りを付けたのか北朝鮮でスパイ容疑で処刑されたようです。
金子文子
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E6%96%87%E5%AD%90
朴烈の愛人で内縁関係、爆弾を入手して具体的計画は無かったが昭和天皇陛下(当時は皇太子殿下)を暗殺しようとした為に大逆罪となり死刑判決、これによって天皇を中心とした国家権力を打倒したいとの意思は、さらに堅固となったと言われています。後に御社で無期懲役となり自死によって亡くなっています。
朴烈事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E7%83%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6
1923年に逮捕された朝鮮人無政府主義者朴烈とその愛人(内縁の妻)である日本人の思想家の金子文子が皇室暗殺を計画したという大逆事件。
特定文化に連帯する「多文化共生リソースセンター東海」告知
「多文化共生リソースセンター東海」は特定外国の極端な主張(表現)をリンクしている事に驚かされ、その一部として以下の通りになっています。
門出の一人芝居「チマチョゴリ」
https://www.asahi.com/articles/ASLDP3HSLLDPUSPT001.html
実話をもとにしたとされる、大阪朝鮮高級学校に通うKさんさん(18)には、ふたつの「制服」がある。校内で着用する民族服のチマ・チョゴリと登下校時に着替えるブレザーだそうで、「チョゴリは朝鮮学校生のあかし。そのままで通学したいですが、怖さも感じます」。Kさんが語っています。
1990年代、北朝鮮の核開発疑惑などが浮上するたび、無関係の朝鮮学校生が各地で登下校中に暴行されたり、制服を刃物で切り裂かれたりした。99年ごろから通学用の「第二制服」が導入されて約20年。社会の排他的な空気はよどみ、朝鮮学校生が感じる「怖さ」が増しました。
Kさんは幼い頃から、母が主宰する在日コリアン劇団の公演で日韓の舞台に立った。韓国で難関の国立芸術系大学に合格し、春ソウルでの生活が始まるという事で、心置きなくチョゴリを着る事が出来る人生を歩んでいるようです。
チョゴリ切り裂き事件は、証拠を警察に提出せず迷宮入りになったように思います、日本人としても「日本人なら誰でもよかった」として刺される事件がありましたから、互いに恐怖を感じながら暮らすのは何が問題なのかもう一度考えた方が良いと思います。30年も40年も前は朝鮮学校は無敵を誇っており、当時は朝鮮学校生にボコボコにされた人も多いと思います。
朝鮮学校無償化にも連帯!
さらに、朝鮮学校無償化についても注視しているようで、このようなリンクも行っていますが世界でもが外国学校に対して無償化なんてありえませんし、補助金を貰えている外国人学校は非常に稀でありこういった学校を認め、そこで学んだ外国人は日本人が学んだ歴史観や文化感と異なり、互いの文化は融合することなく永遠にモザイク化をしてしまうと思います。
こどもにえがおを! 朝鮮高校無償化行動・あいち
1月11日第2金曜日、こどもにえがおを 朝鮮高校無償化行動あいち の28回目の街頭ライブです。
3日遅れの報告です。印象に残っているのは朝鮮の若い女性が「故郷の春」を独唱したことです。以前に朝鮮の年配の女性が「アリラン」を歌いました。栄の街角の路上ライブでマイクを持って朝鮮の歌を歌う、そのことが心に残っています。飛び入りのような形で歌う、それができる、この路上ライブのいいとこです。朝鮮の歌を、通りがかりの、性能のいいスピーカーにのせて街角に届ける、それが朝鮮半島の歌であるのがいい。
昨年の4月に27日の南北首脳会談・板門店宣言、6月12日の米朝首脳会談、9月18日からの3回目の南北首脳会談で軍事分野での合意ができ、朝鮮半島の平和への歩みは確実なものとなっている、もう朝鮮半島で戦争はない。この半島での動きが、若い女性をして「故郷の春」を歌わしめているのでしょう、まさに故郷の春です。
特定の国が行い権利の主張を取り上げ
ここまで来ると、どのような関係なのかを気になるトコロですが「多文化共生リソースセンター東海」と「朝鮮総連」との友好関係を現わしてる投稿があり、全体公開されていました。
「NPO法人コリアンネットあいち」と蜜月?
以下が「多文化共生リソースセンター東海」の投稿です。
NPO法人コリアンネットあいちさんより、機関紙の最新号をいただきました。コマッスンニダ!🤗
そして、デイサービスセンターいこいのマダン、開設15周年おめでとうございます🎊㊗️🎉
今後のご発展を心よりお祈り申し上げます🌟
http://www.kn-aichi.or.jp/
監視団体、総連であっても支持か
「多文化共生リソースセンター東海」によると「NPO法人コリアンネットあいち」の運動に対して応援してると明言していました。しかも、「NPO法人コリアンネットあいち」の住所と「在日本朝鮮人総聯合会愛知県本部」の住所が同一であり、表裏一体であることは認識した上の話です。
「NPO法人コリアンネットあいち」
愛知県名古屋市北区大曽根4-6-60
「在日本朝鮮人総聯合会愛知県本部」
名東支部 愛知県名古屋市北区大曽根4-6-60
受け入れないと差別なのか?
グローバル化が急激に進み、多文化を受け入れない人は「差別主義」であったり「排外主義」と言われ、悪人であるように非難されますが、多文化共生と言う綺麗で優しく聞こえる言葉の裏では、「共生しろ」と言わんばかりに土足で踏み込んで、私たちや私たちのお爺さんやお婆さんに対して行われている非難を受け入れなければならないのでしょうか?
多文化共生については我々は迎合するべきなのか慎重に考える必要があると思います。





