北朝鮮クオリテー
簡単に目に見える北朝鮮被害に付いて表すと
1,600万円だそうです
日本の素晴らしい医療で
胃潰瘍を治してから
北朝鮮に飛行機で送り届ける
親切さ
さらには、朝鮮学校への補助金を出している自治体も有り、どんだけ脳天気なんだろうって思っちゃいます。
そもそも
難破した先で泥棒する北朝鮮の漁師って
もし、そこに人がいたら
鉢合わせしたらどうなったんだろう
恐ろしい事が起きそうな感じ
もちろん北朝鮮漁師は独裁体制の犠牲者だと思うが、北朝鮮クオリティーの教育を受けているので、何をしだすかワカラン。
朝鮮学校も北朝鮮クオリティーの素晴らしい教育を受けているから同じで、 2016年5月には「大学内で米日帝国主義を壊滅できる力をより一層徹底的に整える」と明記した手紙を金正恩氏に送り、その後に張炳泰(チャン・ビョンテ)学長が朝鮮総連の許宗萬(ホ・ジョンマン)議長からの要請を受け米国圧殺運動の展開を在校生に指示していたと言うから、ションベンちびってしまいそうに怖いっす。
それでも、朝鮮学校で子供たちの教育する権利を守れ
こんな事を通用させてはいけません。独裁政権から朝鮮国民を解放させるのは、朝鮮学校解体から行わないと行けんのじゃないでしょうか。
https://mobile.twitter.com/aoki_tomoko_jcp/status/940909521274208256?p=v
在特会ヘイトに抗議
在特会の宣伝参加者は十数人。「日本人は在日朝鮮人を絶対に許しませんよ。首を洗って待っていてください」「支那、中国は核兵器が無ければただの野蛮な土人国家」など差別的訴えを繰り返しました。
抗議した市民らは「安心して歩ける街に!ヘイトスピーチはいらない」「人権と尊厳を全ての人に」などのプラカードを掲げ・・・朝鮮学校教員の女性(35)は「ヘイトスピーチを子どもたちの目に触れさせたくない。ちゃんと反対している人もいるんだってことが届いてほしい」。在日コリアンの大学3年生(21)は・・・・。日本共産党の青木ともこ名古屋市議も参加しました。
新聞で煽りと在日外国人と共謀する共産党
赤旗で報道されている内容、公開されている動画から見ると「非常に盛った内容」であり、赤旗新聞購読者を反差別と言う錦の御旗の元に集結させ、在特会攻撃を足掛かりに、自民党を打倒する事が目的のように感じます。以前、安倍首相の街頭アピールを妨害した、ANTIFAと言うTシャツを着た集団がいましたが、青木ともこ名古屋市議もANTIFAと書かれたTシャツを着て、在日朝鮮や韓国人と共謀しイロイロな保守系団体の活動を妨害している目撃情報も寄せられています。
日本共産党と在日朝鮮人と言えば名古屋市民なら思い出すのは
Wikiにリンクあり
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大須事件
大須事件(おおすじけん)とは、1952年(昭和27年)7月に愛知県名古屋市中区大須で発生した公安事件。
(デモ側が子供を動員していたことがわかる)帆足・宮越両代議士を歓迎するデモ隊 )

事件の発端
中華人民共和国の北京で、日中貿易協定の調印式に臨んだ日本社会党の帆足計と改進党の宮越喜助の両代議士が帰国し、1952年7月6日(日曜日)に名古屋駅に到着した。
両代議士の歓迎のために約1000人の群集が駅前に集合、
無届デモを敢行したが、名古屋市警察によって解散させられた。
その際に12人が検挙されたが、その中の1人が所持していた文書から、翌日の歓迎集会に火炎瓶を多数持ち込んで、アメリカ軍施設や中警察署を襲撃する計画が発覚した。
帆足・宮越両代議士を歓迎するデモ隊

事件の概要
1952年7月7日(月曜日)当日、名古屋市警察は警備体制を強化し、全警察官を待機させた。
午後2時頃から、会場の大須球場(名古屋スポーツセンターの敷地にかつて存在した球場)に
日本共産党員や在日朝鮮人を主体とする群衆が集まり始め、午後6時40分頃に歓迎集会が挙行された。
午後9時50分に集会が終わると、名古屋大学の学生がアジ演説を始め、その煽動によって約1000人がスクラムを組みながら球場正門を出て無届デモを始めた。
警察の放送車が解散するよう何度も警告すると、デモ隊は放送車に向かって火炎瓶を投げ込み炎上させた。警察は暴徒を鎮圧すべく直ちに現場に直行したが、デモ隊は四方に分散して波状的に火炎瓶攻撃を行うなど大須地区は大混乱に陥った。
また、大須のデモ隊とは別に、アメリカ軍の駐車場に停めてあった乗用車を燃やしたり、
中税務署に火炎瓶を投下する別働隊の事件も発生している。
この事件で、警察官70人、消防士2人、一般人4人が負傷し、デモ隊側は1人が死亡、19人が負傷した。
名古屋市警察は捜査を開始、最終的に269人(その内、半数以上が在日朝鮮人)を検挙した。
捜査の結果、この事件は共産党名古屋市委員会が計画し、朝鮮人の組織である祖国防衛隊とも連携しながら実行に移されたことが判明した。
裁判
名古屋地方検察庁は騒乱罪等を適用し、152人を起訴した。裁判は当初の予想よりも長期化したが、1978年9月4日、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却し、有罪が確定した。
コワイコワイ

