三冠馬その2 | 悠飛@FGOブログ

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色んなことを題材に上げていこうと思ってます

朝に述べた通り三冠馬を語っていこうと思います


今回最初は『ターフの演出家』で『天馬』トウショウボーイの産駒である『破天荒な三冠馬』ミスターシービーについてです。

上記の通り父は競馬ブームの火付け役たるTTG世代(『天馬』トウショウボーイ・『流星の貴公子』テンポイント・『第三の男』グリーングラスの略)の『天馬』トウショウボーイと母シービークインの子で1983年クラシックで三冠を達成しました。

特に語り継がれるのが菊花賞で当時タブーとされていた3コーナーの登りから追込を初めてそのまま先頭に立ち、三冠を達成しました。

ただ、この馬の不運な所は翌年に無敗で三冠を達成した『皇帝』に敗けたことで存在感が薄くなってしまったところだろう・・・

生涯成績15戦8勝(うちGⅠ4勝)

2000年に20歳でこの世を去った血は現在クワイトファインに受け継がれている。




そしてその『皇帝』こそ新堀牧場が産み出した七冠馬であるシンボリルドルフである。

なんと言っても1984年菊花賞まで無敗でジャパンカップでひとつ上のカツラギエースに敗けるまでの8戦8勝という今でも不滅の記録が打ち立てられた。

なんとこの皇帝、ダービーで鞍上の岡部氏がゴーサインを出しても動かず、自分で戦局を見極めて勝利したという伝説も残っている。そして岡部氏唯一のダービー勝利となった。

その後主戦騎手やファンからは生涯たった3度の敗北を語りたいと言われている。

生涯成績16戦13勝(うちGⅠ7勝)

種牡馬としては初年度に親子で無敗の二冠馬となった『帝王』ことトウカイテイオーが有名だろう。彼もまた運命に翻弄され、奇跡の有馬記念制覇を成し遂げたGⅠ4勝馬。そして98年の『最強世代』の『遅れてきた大器』と言われた重賞馬ツルマルツヨシが主な産駒である。

史実では好物がリンゴ(ふじ)で岡部氏曰く「俺より贅沢だな」と言われたそうな。

そしてその『皇帝』然とした振る舞いから「ライオン」とも呼ばれるとか・・・

晩年は寒さに弱かったこともあり千葉県の牧場で繋養されておりましたが2011年10月4日、30歳で旅立ちました。

余談だが、幼名はその額の三日月型の流星からルナ(ローマ語で月の女神の意)と呼ばれていたそうな・・・(後にライオンと呼ばれるほどの気性になろうとは・・・)


そして1986年

史上初の三冠牝馬を達成して一躍有名となったのが『魔性の青鹿毛』の異名を持つ馬こそメジロの至宝メジロラモーヌである。

その戦績はティアラ路線のクラシックレースの全てのトライアルレースも勝ちを収め、『完全三冠』を達成した。

ただし1995年までのティアラ路線のレースは桜花賞・オークスは一緒だが、秋華賞は1996年からGⅠに設定されたので当時は現在古馬路線のエリザベス女王杯が牝馬三冠の最終レースとされていた。

引退後はその華々しい戦績とは裏腹に産駒が活躍せず、シンボリルドルフとの10冠ベイビーとさわがれたりしたがその血は繋がらなかった。

2005年9月22日、老衰のためこの世を去った・・・



今回はこの辺りで締めようと思います。


次回からは平成の三冠馬たちを語ろうと思います。


それではその3で