第3020段 家康公を救ひたる満光寺の鶏
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、令和6年9月12日の
立春知立短歌会の毎月開催の
月例歌会に次の歌
家康の 危機救ひたる 庭つ鳥
われにも鳴きて 何を知らせる
を事前に提出し臨みけり。
※庭つ鳥とは鶏の古き呼称なり。
この寺院は正式には青龍山満光寺と云ひ
貞観2年(860)僧の円仁により創建されたる禅寺。
小堀遠州流の庭園は見事なり。
歌の心は若き日の徳川家康公、甲州の武田方との合戦に敗れ
命からがらこの満光寺へと逃れ一夜を過ごしけり。
その折に家康公は住職に一番鶏が鳴きたれば我等を起こせ
とぞ頼みけり。而して、その翌朝 いつもより早くに鳴きはじめたるを
不審に思へども家康一行を起こし岡崎へと帰りけり。
その直後に武田方の追手が寺に着きしかば難を逃れけり。
この故事によりて徳川家より三石を給はればその地を三石といふなり。
而して、歌会での評価は参加者の半数からの支持をいただきければ
是にてこの作は一件落着なり。