第1677段 コスモスの花美しけれども
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、令和2年10月下旬の或る日
知立市八ッ田を通り
見事なるコスモス畑を眺め
歌を
コスモスの 花美しと 見やれども
耕作放置の 農を愁ひぬ
と詠み しばしの時の間を眺め続けけり。
而してその後 通りすがりの媼が近寄り
挨拶の後 この畑のコスモスの事
問はず語りに近況を語り始めけり。
適当に相槌を打ちしかば
更に生い立ちの事まで語りけり。
その男、本来なれば稲作のための田を
如何なる理由にてコスモス畑になりたるかを
問へど知らぬ様にて諦めけり。
そもそも地名の「八ッ田」とは
昔、昔は貧しき村にて村には田が八枚しか
なかったところから付きたる地名なり。
時代は下り高齢に因る耕作断念地かは
しらねども田や畑は農作物を作るべき土地にて
農業のこんにちの問題とぞ嘆きけり。