第八百九十二段 花祭りの里
昔、男ありけり。今も男あり。
その男の母親、生れは豊川なれど、寅歳の生まれを
祖父母は嫌ひ幼女に出され、北設楽郡東栄町に幼少の頃を
過しけり。その後、更に縁ありて豊川市小坂井町の実子の無き
近藤家の幼女となりけり。東栄町は国の無形文化財指定の
「花祭り」の里なり。
そこを訪ねて、歌を
奥三河 花祭りの里に 幼な日の
母過ししを 偲び来にけり
花祭り 賑はふ声に 混じりつつ
幼き母の 声聴かむかな
と、詠み 亡き母親も聞きたる「テーホエ テーホエ」の
掛け声を聞くにつけても、涕流れけり。