第七百十段 珍しき来客の歌(後半)
而して其の蜂 日本の蜂なれば歌ごころありて
歌を返しぬ
偶に 迷ひ入りたる この家ぞ
長居は無用 窓開けたまへ
更に其の男も歌を
かかる歌 聞こへ来ぬと 思はれて
ベランダの窓 大きく開けぬ
しばし後 そのまれびとの 蜂一匹
礼も申さず 飛び去りにけり
刺されずに 済みたるをよしと 思ひつつ
また訪ひ来よと 去りし方見遣る
しばしの後、其の男の尊敬の歌人である
吉井勇の歌の
「寂しければ 鳥獣虫魚 みな寄り来
かのありがたき 涅槃図のごと」
等の「寂しければ」にて始まる
歌集『人間経』の一連の作品を
想ひ浮かべけり。