新編・伊勢物語 第六百七十四段 迦陵頻伽の声の句 星原二郎 | isemonogatari2のブログ

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第六百七十四段 迦陵頻伽の声の句

 

昔、男ありけり。今も男あり。

その男、平成二十九年十月

刈谷市文化協会の第三回文芸祭の

俳句募集に応じ

 

うぐひすや 迦陵頻伽(かりょうびんが)の 声かとも

 

にて応募し入賞を狙ひけり。

因みに【迦陵頻伽】を聡明なる読者子なれば

ご存知の事と思へど、敢へて説明させていただくと

仏教語にて雪山(せつざん)または極楽にゐるいふ想像上の鳥。

別名を歌羅頻伽(からびんが)()(ちょう)頻伽(びんが)(ちょう)ともいひ

仏法の真理を美妙なる鳴き声にて歌ひあげ

聞けども聞けども、決して飽きる事が無いといふ。

人頭にて鳥身の姿なりとぞいふ。

して文芸祭の結果はといへば

選者の村松五灰子先生の琴線に触れず

入選を逃しけり。