第二百四十段 黄泉比良坂
昔、男ありけり。 今も男ありけり。
その男、古事記の神話に心惹かれ、その舞台のひとつ
黄泉比良坂へと行きけり。黄泉比良坂はこれの世と黄泉の
境の意味にて、出雲の国の伊賦夜坂がその伝承地なり。
念願叶ひ、その地にたちて歌を
国道を わづかにそれて 百日紅の
白き花見ゆ 黄泉比良坂
桃の木は いづちにあらむと 見やりつつ
坂のぼりゆく 黄泉比良坂
行く道の 隠沼の中 動くもの
かすかにありて 夏寂かなり
と 詠みて、感慨にひとり ひたりけり。