第九段 熊蝉の飛翔
むかし、男ありけり。 今も男ありけり。
その男、「虫愛づる姫君」ならぬ虫愛づる男なりけり。
或る書物に熊蝉の体重と羽根の関係の航空力学的視点からの論文を読みけり。
その書に曰く「物理的にあの体重にてあの小さき羽根にて飛翔は不可能」とあり。
されど現実には熊蝉は飛んでゐるのである。
なぜ飛翔出来るのであろうか?
疑問に思へば歌を
熊蝉は かの体重に 飛び行くは
不可能なりと いへど飛びゐる
と詠みしかど、謎は深まるばかりなり。
されば、かの論文を書きたる学者先生に質問状を
送らむと思ひしかど果たさず日を過しけり。