第二段 海千山千
むかし、男ありけり。今も男ありけり。
その男、ある日の夕刻
市道を自動車にて通り信号に停まりけり。
傍らを見やればひとりの農婦
鍬を振るひ農作業に勤(いそ)しみてをり。
よく見遣れば腰曲がりて股の間より顔見えけり。
齢八十過ぎと思はれけり。
その働く姿に神々しさを感じ
まさに顕形と思はれ歌を
蛇は龍に 海千山千にて なるといふ
人は八十ふり 神さびぬらし
と詠み、合掌礼拝せり。
因みに海千山千とは「海に千年、山に千年棲みて
蛇は龍になる」との中国の故事なり。
蛇足ながら
【顕形(げぎやう)とは神仏が姿・形を現すことなり】
(広辞苑より)