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千手成庵の雑記雑感

日々、のんびりと・・・・

自動車事故死者数は5000人弱が何年も続いています。交通事故死者数とは事故後24時間以内に死亡した人の数です。殆んど即死と考えて間違いありません。

事故後、2日後に死んでも交通事故死者数にはカウントされません。多臓器不全による死亡などと他の死因になります。数年前から事故後30日以内に死亡した人の数も公表されています。やはり5000人強です。おおよそ毎年1万人が死んでいます。

これを事故と呼んでいいのでしょうか。偶発的なモノなのでしょうか。そうであれば昨年は3万人、一昨年は2000人、その前は5万人とか言う風にバラツキがあってしかるべきでしょう。

ほぼ毎年同じように1万人死んでいます。

私はこれは「法則」と呼びます。偶発的な要素は低いと考えます。

現在の車の性能、交通システム、道路事情、人間の運動能力・反射神経では毎年、必ず1万人は交通事故によって死ぬという法則です。

車という利便性の高いモノを日本で享受するには毎年1万人の命がいけにえとして必要だということです。

1960年代後半から死者数は大きな変化はありません。車は事故を起こすものであるという前提を理解しているので、事故が起きても例えばエアーバッグ、自動車保険などの仕組みが社会的に認知されて存在します。

法則といわずに事故と呼ぶのは本当のところから目をそらしたい利害関係者たちの恣意的なパワーの成果でしょう。

飛行機も然りで経験則的に落ちるのが分かっているから、落ちた時のいことを想定して救命胴衣の使い方をスチュワーデスさんは説明します。空港には保険の自動販売機があります。落ちることもあることを前提のものです。

原発は絶対に壊れない、したがって壊れた場合を想定していません。壊れることを想定することは許されていないので対策も準備していません。そんなことをすれば壊れるリスクがあるものを作っていると非難されるからです。その結果が今回です。行き当たりばったりの右往左往です。

壊れることはあってはならない、もし万が一にでもその可能性を言えば世論・マスコミは原発開発設置を許さなかったでしょう。広島長崎のナショナル・トラウマもあります。ひとり東電のみが責められるべきでしょうか。

設計思想に壊れる場合があるという想定が許されなかったのです。絶対安全という錦の御旗以外は許さなかったのは正論を言い続けたマスコミ・国民の声です。

実情を無視した正義・正論が大きな災いをもたらす場合があるのはアメリカの禁酒法をみれば分かります。

石原都知事の天罰という発言は、そのことを言っているのではないかと、ふと感じました。
孫は5ヶ月で東京在住です。表情も笑顔も日々、可愛くなっています。

今週、日本を離れアメリカへ避難します。

放射能汚染が拡散しないメドが立てば日本へ戻る予定ですが予断は許しません。
孫を避難させると言った娘は過剰反応ではないかと当初は思いましたが、フクシマ
の状況を見ていると、早く日本脱出するのが最善と確信しました。

政府、東電の大本営発表にはさすがのNHKもヤバイと考えたのでしょう。
当初、安全派の学者・評論家のコメントを流していましたが、この頃は危険派
の意見を取り入れています。

放射能汚染は簡単には収まらず、生命・健康へのリスクは高まると判断しています。

国難でしょう。乗り切れるかどうかわかりません。

立場上、あとで取り消しましたが石原東京都知事が「天罰だ。」といった言葉は深く
重いと考えます。平和ボケ日本を意識した上での発言だったと考えます。

案の定、シナ、韓国、ロシアはさぐりバリを入れていました。すぐに引っ込めたのは
アメリカのトモダチ作戦のスピードと規模の大きさを知ったからでしょう。

「忘れられない日」というのがあります。私の父の世代にとっては昭和20年8月15日
がそうでしょう。その日、どこで何をしていたか記憶に焼きつけられ忘れない日のこと
です。

アメリカ人にとってはケネディ暗殺、アポロの月面着陸、9.11テロの日がそうでしょう。

多くの日本人にとって平成7年1月17日の阪神淡路大震災もそうでしょう。
平成23年3月11日もそうなると感じますが、文字通り「東日本大震災」で終わる
のでしょうか。

後世、「フクシマ原発災害」と呼称を変更せざるを得ないような、これ以上の放射能
被害の拡大がないよう、ただ祈るばかりです。


千手成庵の雑記雑感


「ローマの休日」のグレゴリー・ペック主演の核戦争の恐怖を描いた映画です。
1959年の製作ですから、もう52年前ですね。当時の米ソ核兵器競争を背景にしています。

物語は核戦争によって放射能に汚染され北半球は人類が滅亡し、残ったオーストラリア大陸
が舞台です。

ここも放射能汚染が迫っていますが、司令部を失ったアメリカ潜水艦の艦長と乗組員、その家族
が繰り広げるドラマが重いテーマの中で展開されます。

ガソリンの供給もなくなり移動手段は自転車や馬車です。生まれたばかりの赤ちゃんをもつ
若夫婦は一歳の誕生日をむかえることのない運命のわが子の笑顔にいたたまれない思いです。

家族を失った艦長に新たな恋が生まれますが、それも間もなく死とともに終わります。
見終わって重苦しい気分になります。


今回の東日本大震災のあと、放射能汚染が現実となったので、なんとなく「渚にて」を思い出し
久しぶりに見たわけです。

地震・津波は大変な被害で残された被災者にとっては、生活の危機との闘いが待っています。
しかし放射能汚染は拡がりようによっては生存の危機との闘いになりそうです。

福島原発の被害状況の政府・東電・委員会の発表は、「大丈夫です。安心して下さい。
安全ですよ。」の繰り返しです。状況は日々悪化としか思えないのに唖然とします。

大東亜戦争時の大本営発表とそれを流し続けてた新聞・ラジオを思い出させます。

今回の事態を危惧し予言していた作家の広瀬隆さんと神戸大学教授・石橋克彦さんの
意見記述には驚きました。ゾッとするほど正鵠を得ています。

事態の悪化はこの程度で終わらないとの今後の予測が外れることを祈らずにはおれません。

千手成庵の雑記雑感



昨年2月から読み始めた松岡正剛さんのWEB版書評集の「千夜千冊」をやっと読了しました。
毎朝30分ほど読み続け179時間かかりました。
達成感、安堵、満足、充実を覚えます

「千夜千冊」はとてつもない書評集で、対象分野は歴史、宗教、文学、小説、詩、評論、芸術、経済、物理、建築、音楽、演劇、古典、芸能、天文、書、哲学、写真、生物、経済などで森羅万象に及びます。
「聖書」もあれば「AKIRA]もあります。

「千夜千冊」は著者の自伝的読書記録、雑誌編集者としての仕事を通じての読書などを網羅しています。
書評対象の本は発行年代が90年代3割、80年代2割で半数を占めています。
著者の幼年時代から初老期にかけて出版された本が対象です。

2000年からスタートし、毎日違う著者の代表的な一冊を書評するスタイルで2004年に1000夜になりました。
この時点でWEBサイトの「千夜千冊」は、編集しなおされ書籍で7巻の「千夜千冊」になりました。
各巻1,300㌻で、価格も7冊で99,750円です。欲しのですが、ちょっと手の出ない値段です。
今まで2~3,000冊くらい売れたのでしょうか。

「千夜千冊」に出てくる本を集めて作ったのが丸の内・丸善4Fの「丸松本舗」です。
今までにない書店のレイアウト、提供方法、分類方法で不思議で魅力的な空間を創りました。

著者は、元来、編集者であり著作者・大学教授、編集学校の運営などキャリアは多彩です。
最近はテレビ、マスコミへの登場も多く、昨年の奈良遷都1300年記念行事では、プロデューサーとして腕をふるわれました。
著者のいうところの編集力が発揮された好例でしょう。

「千夜千冊」はその後もペースダウンしたものの続いており、いま1407夜です。
最近は経済、中近東、災害などアップ・トゥ・デイトな書物が取り上げられる傾向があります。
WEBで無料公開がありがたいです。

「千夜千冊」は読んでいて感嘆・驚異・衝撃が多く、触発されて買った本は100冊を下らないでしょう。
今後も、いい読書案内として眺めたいと思います。

なぜWEB版なのでしょう。

私は、編集者としての松岡正剛さんの、ネット社会における本と読書のあり方への大胆な実験・挑戦とみています。
定年退職後、2年近く経ちます。サラリーマンとして大手流通業に勤め、転勤人生で今回の被災地の仙台・石巻・盛岡に住んだことがあります。

仕事で気仙沼・陸前高田・大槌・多賀城・大船渡・宮古・山田・八戸は何度も訪れた場所です。三陸は風光明媚で素朴な漁村が多く心がなごむ海岸風景が続きます。

フーテンの寅さんのロケ地にも選ばれたのは昭和の時代にあっても古く良き時代を彷彿される風情があるからでしょう。

昨日今日とテレビを見ていると被害の甚大な光景に気が滅入りました。石巻で私が店長をしていたホームセンターの屋上で避難をしている人が200人いるとのことです。北上川からの運河が近くにあり水位が低いとは知っていましたが、まさか1階まで水浸しとは想像に絶します。

かっての同僚・部下となんとか携帯電話が通じたのは今日ですが、三陸各地の店が津波に飲み込まれて崩壊し、従業員がかなり行方不明です。残された者も家族の安否が第一で、泥水に埋まった店の復旧どころではない状態です。


停電・断水程度の被害のここ栃木県佐野市ですが、朝からガソリン・灯油・水・コメなど生活必需品を求めてスーパー、ホームセンターはごった返していました。

マスコミにあおられて慌てて血相を変えて買いだめに走ってプチ・パニックです。昭和48年のオイルショックと似ています。モノがないのではなく、普段の何倍も買うから店の在庫がなくなるだけです。

危機をあおるマスコミとそれに乗せられて慌てふためく国民という図は相変わらずですね。