新年あけましておめでとうございます。

 

アマビエのテーマもあと少しで終了なのですが、なかなか筆が進まないので今回は新年の挨拶にかえさせていただきました。

 

なかなか終息しない新型コロナウイルスですが、疫病退散のご利益がある寺社として思い浮かぶのは、浅草寺にならび都内最古のお寺である調布の深大寺です。

 

疫病神を鬼の姿(角大師)になって追い払ったという“元三大師(がんざんだいし)”がお祀りされています。

 

感染拡大の収束を願って、その秘仏である約2mの巨大なご尊像の出開帳が、今年の秋に上野の国立博物館で205年ぶりに行われます。

 

それまでにはコロナを終息させて、安心して拝観したいものです。

 

今年もよろしくお願いします。

実際には疫病除けのご利益がなかったかもしれない人魚の瓦版ですが、流行するにはそれなりの理由があったはずなので、それをみていきたいと思います。

 

瓦版の人魚にはどれも魚の身体と人間の顔がついていて、魚と人間の中間的な存在になってます。

 

人魚は大海原の自然界に生息していますが、同時に人間界に何らかの働きかけをしています。

 

 

1の巨大人魚は、人間に対して攻撃的で荒々しい大自然の脅威を表現していますが、上手に利用すれば海の幸などの限りない自然の恵みをもたらしてくれます。

 

2の神社姫は、自然界の住人ですが、龍宮からの使者として疫病流行の予言をし、さらに除災方法も伝えます。

 

神社姫のように、異界の住人が人間界に現れ人々を救うというテーマはアニメやテレビ番組でよく使われていて、幽霊族でありながら人間たちを助けて妖怪と戦う初期のゲゲゲの鬼太郎や、宇宙人でありながら侵略する異星人から地球を守るウルトラセブンとかにもあらわれています。

 

 

江戸時代は人と自然界の生物とが最も激しくぶつかりあった時代でした。

 

江戸の都市開発によって人口が増え、森林を伐採し河川の流路を変え、町が拡大していきます。

 

宅地造成は自然破壊の原因となり、そうしたところに住んでいた狸や狐は人里に降りてきて人間たちをたぶらかします。

 

森や林に住む木霊や鹿やイノシシ、河川に住む水霊や魚たちも住処を奪われ、妖怪変化となって人々を驚かせます。

 

こういう自然界と人間界との葛藤が、人魚のような魚と人との合体を生みだした要因だったのかもしれません。

人魚の瓦版のほかにも江戸時代の人々は様々な疫病除けのまじないを行っていました。

 

 

『江戸の流行り病』(鈴木則子著 吉川弘文館)によると

 

麻疹の場合は、馬の飼い葉桶をかぶる、多羅葉にまじない歌を書き川に流す、西河柳で体をなでるなどがあり、子供たちには病を軽くするまじないのくくり猿や小さな杵が売られていました。

 

疱瘡の場合は、「さゝら三八」「若狭小浜の紺屋六郎左衛門」などの呪符の文句を板や紙に書いて門口に貼ったり、張り子のみみずくや起き上がりこぼし、でんでん太鼓が病児のおもちゃとして与えられました。

 

また『武江年表』によると、コレラよけには天狗の羽団扇にみたてた八つ手の葉を軒先につるしたといいます。

 

 

疱瘡などの厄除けに“赤い色”も用いられました。

 

子供向けの絵本「赤本」から赤い幣帛、小豆飯などの赤い食品やだるま人形などの赤い玩具があり、福島県会津地方の「赤べこ」もその黒い斑点は人に代わって疱瘡に罹った痕で、この郷土玩具を持っていた子供は感染しなかったといわれています。

 

 

病原体がウイルスだと知らなかった当時の人々は、疫病は目に見えない霊的な存在が引きおこすと信じていました。

 

そのため、霊的防御のための数々のまじないが生みだされたのです。

 

現代、アマビエが流行する根底にも、疫病の発生源には何らかの霊的な存在がかかわっていて、それに対抗するには同じく霊的な存在が必要だという考え方が流れているのかもしれません。