人魚の瓦版のほかにも江戸時代の人々は様々な疫病除けのまじないを行っていました。

 

 

『江戸の流行り病』(鈴木則子著 吉川弘文館)によると

 

麻疹の場合は、馬の飼い葉桶をかぶる、多羅葉にまじない歌を書き川に流す、西河柳で体をなでるなどがあり、子供たちには病を軽くするまじないのくくり猿や小さな杵が売られていました。

 

疱瘡の場合は、「さゝら三八」「若狭小浜の紺屋六郎左衛門」などの呪符の文句を板や紙に書いて門口に貼ったり、張り子のみみずくや起き上がりこぼし、でんでん太鼓が病児のおもちゃとして与えられました。

 

また『武江年表』によると、コレラよけには天狗の羽団扇にみたてた八つ手の葉を軒先につるしたといいます。

 

 

疱瘡などの厄除けに“赤い色”も用いられました。

 

子供向けの絵本「赤本」から赤い幣帛、小豆飯などの赤い食品やだるま人形などの赤い玩具があり、福島県会津地方の「赤べこ」もその黒い斑点は人に代わって疱瘡に罹った痕で、この郷土玩具を持っていた子供は感染しなかったといわれています。

 

 

病原体がウイルスだと知らなかった当時の人々は、疫病は目に見えない霊的な存在が引きおこすと信じていました。

 

そのため、霊的防御のための数々のまじないが生みだされたのです。

 

現代、アマビエが流行する根底にも、疫病の発生源には何らかの霊的な存在がかかわっていて、それに対抗するには同じく霊的な存在が必要だという考え方が流れているのかもしれません。