人間あるときふっと糸が切れる時があるじゃないですか。
自分の限界を知った、とか、ここから上に行ける術がないとか、なんか疲れた、とか、全てが虚しくなるとか何とか。
そうなると何だか世間での名声とか地位とか名誉とか実にどうでも良くなります。
また人に疲れたので家族とか友人とかそこから先の関係とかも実にどうでもよくなります。
家族とか命をかけてまで自力で守るべき関係、でもないと特に無理をする必要もない。
結婚とかもしていないから、自分が働いて配偶者と子供を何とか支えていく、という認識もない。
色々あった流れで心療内科に行ってうつ病とか自閉症スペクトラムとか言われると、
人間という存在自体が疲れを催すものになっていってしまうのです。
そして一人で出家とまでは行かないけれど、世間とぼんやり、うっすらしか繋がっていない状況で、
死なない程度の収入(年金と作業所の工賃)を得て人に関わらない所で好き勝手にやって風流(自称)に生きたくなるのです。
誰かを巻き込んだら生きていけなくなる人が他人を巻き込んで生きてはいけません。
そしてそんな事を考えてる人間が労働契約とかに過度に縛られて生きていけるはずがありません。
土とか耕して適当な作物を植え、自然を眺めては詩歌を詠んだり、人のいないところで今までに買いためていた様々なものを消化しつつ、
限りなくスローに、限りなく人間辞めるような勢いで、自然の中にひっそりと埋まりたい、
都会とかのスピードと丁寧な人間関係を求められる場所では毎日やすりかサンダーをかけられる勢いで精神がすり減っていくので、
人里離れたような場所の端っこの方でなんか生きてなんか死んだ…とか言われるような生活をしなければ私として生きている気がしません。
生きるためには隠れなければならないのです。
誠に遺憾である。