私の障害の都合上、人と関わる事をメインにすればまず精神がやられるか人の精神をやるか、なので、
言葉でコミュニケーションのいらない自然と付き合い、自然に振り回され、
自然と全部ではないけれども生死を共にするような生活を送りたい。
人との応対に追われてあくせくとして、落ち着きがなくなるような生活を生活と言えるのか。
十代から出家したい山奥に籠もりたいとうわ言のように口にしていたが、
障害を負って更にいろいろあってようやくその境地の入り口に辿り着けたかな、という気がする。
口頭で人付き合いが苦手とか言うのと、言わなくても病名診断名がつくレベルの人付き合いが苦手なのはもう住んでる世界が違うと思う。
少し前に障害者雇用の特定子会社で、本業とは関係ない所に畑を借りて、そこで農業をして野菜を植えていたのが問題になったが、
そういう仕事なら是非自分にくださいと言っていた事だろう。というかここで言った。
農業の人手が足りないなら福祉に頼ればいいのではないか、と思うわけである。
人と付き合わないで野菜と向き合い、語りかけ、実りを豊かなものにする、当然勉強は必要だけれども人に紛れるよりは個人的に楽だと思う。
農福連携、とは言うけれども、実際人口がいないとかもネックではあるから、
自分のように世を儚み、なんか田舎に行きたいとか一回人付き合いをリセットしたいとか、
付き合う人の量を減らしたいとか、人間に疲れたから植物と話したいとか、そういう人を呼び込んで、
自然に溶け込む、埋没するライフスタイルもあっていいと思うのです。
問題は農園に出たいのに汗疹と日光湿疹持ちなことなんですが。食品加工をやろうとするとアトピーで全身から皮膚が落ちる事なんですが。
誠に遺憾である。