自分は過度の宗教勧誘を受けてから、おおよそ宗教というものが信じられなくなった。
宗教のみならず精神的概念、スピリチュアルとか霊魂とか、そういう単語も信じられなくなった。
自室の本棚の一番重要なところには『神は妄想である』が置いてある。
他の自閉症スペクトラムの研究書と共に。
今自分が書いているこのブログの「メンタルヘルス」と言う概念にも、
当然のようにスピリチュアルな事柄があちこちに書かれているが、
精神医学とスピリチュアルは違うものであると私は思っている。
精神医学というのも精神という名の曖昧なものではなく、明確であるべきものだと思っている。
たとえ今明確でなくとも、いずれ明確にされるべきものだと思っている。
そうでなければ精神病や精神障碍という概念も存在しないからである。
私の目には現実しか見えないし、空想や理想などと言うものは目標であり存在するものではない。
あればいいに越したことはないが、その実証は誰が保証するのだろう。
実際の所『神は妄想である』の横には道元や親鸞の著作も置いてあるし、
宗教的なものに関心が無いわけでは無い。むしろ強い方である。
カバンの中には大体聖書も常備してある。
それでも心から神を信じる気にならなければ、その人は無宗教者である。
まあ厳密に言うと神と仏は違うものなのですが。
教養や文化として読むことには興味があるし、儒教や仏教や神道の理解がなければ、
日本文化というものを理解する事は不可能だと言えよう。
ただそれは、自分が「宗教として」読むことが不可能になっただけである。
とりあえず無宗教者は人間性がないという誤った概念だけはどうにかしなければならない。
もし人間性というものがあったとしても、それは宗教とは別個に存在するものである。
宗教やスピリチュアルによらない教養的な人間性がなければならない。
そして私は宗教者が言う祈りやオーラや伝承の代わりに、自分の言葉を伝えるだけである。
自分の頭の中に浮かんだ言葉を伝えるだけである。
逆に言えばそれしか出来ないのである。