もう随分とこどもの日からは離れておりますが、
ゴールデンウィーク中に近所の家で家族が集まって子供がはしゃいでいる声を聞くたびに、
あれこれ過去を思い出すことはあるけれども、
自分に子供がいないことを特に何とも思わない。
自分で管理出来ない「精神」を産み出して一体何になる、などと意味不明の供述をくり返しながら、
日々は温和しく過ぎていくのであります。
家庭とか家族とか大分聞き慣れない言葉になってきました。
そもそもあれだ、人間として産まれた以上死なねばならぬのに、
その禍根に巻き込まれる人間をこれ以上増やしてどうするのか、とか、
本当に余計なことしか考えないのであります。
嗚呼、この他愛ないはしゃぎ声を上げる子供も、いずれ死なねばならぬのだ。
自らと同じように。
と、年がら年中思うような人間が子供を残したいと思うものだろうか。
むしろどうしてそんな禍根ばかり敢えて増やしたがるのか、と思うばかりである。
兎角人間というものは理不尽なものである。
どうして人間は苦労を積み重ねた挙げ句に死なねばならないのに、人間を増やそうと思うのだろうか、
全くもって理解に苦しむ。
この言葉に対して理解出来ないと嘆かれるのであれば、それはもう互いの感性が合わない、
立っている場所が違うのだ、と断定してもあながち間違いではないように思う。
生きることが苦しくはないのか。それに巻き込まれるのは一人でも少ない方がいいのではないだろうか。
何故新たに人を輪廻の渦に巻き込む。