ああ、白い形をしたインスピレーション、レーションの群れの中に在し、明日をまっすぐに見つめる。その視線は市電に括られていた。青い雨が降って時間がかき乱され、何を言っているのかが解らなくなる。向こう岸に見えるのは明日という名にふさわしい虚飾であったと。
すごい!すごいADクリック!俺はアフィを踏まない。という断言をした正方形、苦し紛れの発言に身悶える三角形。果てしない青い雨の中を、揺れながら図形は迫っていく。階段に仕掛けられた転落という罠に軋みながら。落ちるときは真っ逆さまに墜ちていくものなのです。その行方を自分は知らない。
名のない図形にかける言葉はない。ふざけた鉛だこと。口調に若干細いものを口にくわえたような感触という名前には程遠かった。食いかけのアイスが形をなさないままで、その崩壊を方々に訴える。口癖のように、朝から具合の悪い毛虫でも見つめていたかのように。
釈迦は何を身に宿したか、私は知らない。ただ構成された図形の塊を揺るぎないものとして、己を灯明とせよ。たまにこういう宗教的な断片が降りてくるから困る。意識的に書かれたものの内に意味を見出せないものが混じってくるのは、中々に難行だと思うし苦行でもある。修行というのは身を隠しつつばっさりと行うべきもので、自慢をするべきものでもなければ、己のためでもない。ただ証すためにやる。
という断片をこねくり回して、明日のために言葉を編み出そうとする。それがこのザマだよ!後悔はしていない、と言えば嘘になる。この立方体め!勝手に頭の中で言葉を角にぶつけやがる。お陰様で顔が青ざめる羽目になったよ。どうしてくれるんだ。白い四角形は私に何を伝えようとしたのか、原因も因果も私には解らない、ただ言葉という名前の言葉と、言葉にし難いという名前の言葉が同時に存在しているだけである。