雲水・ISA(九龍)のブログ -17ページ目

雲水・ISA(九龍)のブログ

日本は神の国
仁術師

調布にある神代植物公園。首都圏のお気に入りスポットの一つ。地元の横須賀からは都心に行くのとあまり変わらない距離。渋滞が無いのでむしろ快適です。

今回のお目当ては今の季節が見頃な薔薇。広大な敷地を薔薇園に向かいます。

薔薇エリアの入り口にも素敵な薔薇のアーチ。その中は品評会に出展している薔薇の新種だそうです。

私がイメージしている豪華な薔薇はこんな感じです。棘があるのは嫌だけれど、とても良い香りです。

オルレアンローズ(フランス)

ベビーバッカラ(フランス)。ベルサイユの薔薇とか言うように、フランス人は薔薇が好きみたいです。フランス人が作った品種が多く感じました。

エリドゥーバビロン(オランダ)

名前を記憶していませんが、ブーケみたいにまとまって咲くタイプ。ブーケみたいで可愛いと言う人もいましたが、自分は窮屈そうで可哀想に感じました。

緑光と大温室。完全な偏見でしょうが、漢字名「緑光」だと薔薇っぽくない気がしました。その反対に桜をチェリーと言われると、お菓子や飲み物を想像してしまいますので、言葉の持つ影響力を実感します。

そう言えば園内には桜の巨木&古木が多数ありました。花見の季節に来た事はありませんが、凄い迫力である事が想像出来ます。是非桜の季節に来ようと思います。

紅孔雀。昔、こういう名前のレディース(女性だけの暴走族)がいたなあ。

ジーナロロブリジダ(フランス)。大好きなイタリア人女優さんの名前。

グロリア・ムンディ(オランダ)

斜面に咲き誇るアルバ・メイディランド(フランス)。その斜面の上が薔薇園を見渡せる休憩場になっています。左右対称の構造。後ろは広葉樹林の森。

薔薇園テラスの向かい側には噴水があり、その向こうの平べったい建物は大温室。まだツツジが咲いていました。

しかし、噴水内はなぜか立ち入り禁止。ピーカンの夏日に子供なら水遊びがしたいでしょうに、ケチな規制だなあ。最近か保護的な規制な多すぎる。「怪我や事故は、当方の設備に不備が認められない限り、自己責任でお願い致します。お子様の場合は同伴する大人の監督責任で自由に遊ばせてあげてください」のような掲示を出しておけば良いのです。リスクというものは子供も大人も自分で学ぶべき。なんでも責任転嫁する体質は無責任な社会を作ってしまいます。こんな当たり前のことすら考えられずに、何でも訴訟にするバカ大国の悪い習慣を真似する必要はありませんよ。

花ではないけれど、この斜面の美しいカットが好き。理容師の刈り上げのテクニックにも似た感動を覚えます。

オルレアンローズ(フランス)

モーツアルト(ドイツ)

ミラベラ(アメリカ)

よろこび(日本)

小さな薔薇のアーチ。個人的には薔薇園の中で一番好きな展示でした。イチゴとホワイトチョコのお菓子にこんな形状のがあった気がします。その隣はこれまで入賞した新種コーナー。この薔薇園は美しい庭園を造ると言うコンセプトではなくて、薔薇の品種を展示して楽しむという意図で公開されている気がしました。そこが花好きを狙った薔薇園と植物園の違いなのかもしれません。

しかし、私のような素人は違う品種が隣り合わせに並んでいるよりも、全体的な色や雰囲気で植えられている方が美しく感じます。例えるならば、同じような色彩の石造りの家々が立ち並んでいるヨーロッパの古い町並みには統一感と風景としての素晴らしさがあります。それに対して、自己主張をするあまり、色とりどりで、ごちゃごちゃと密集した日本の新しい街並みは美しく感じないんですよね。

薔薇を鑑賞中に綺麗な鐘の音が聴こえていたのですが、その正体はこれ。一時間ごとに鐘を鳴らすモニュメントはピカピカに磨かれていました。この背後が大温室になっています。

お昼がまだなので、食べに行こうとしましたが、お店の方向が真逆で距離もかなりあります。また戻って来るのは時間のロスになるので、我慢して温室に入場。とっとと見たら、美味しいお蕎麦でも食べに行こうと思っていましたが、入口からいきなり変てこな植物が登場して、気をとられ、空腹を忘れてしまいました。

レモンフラミンゴというそうです。ハイビスカスの一種です。

その下には沖縄にもあるクルクマ・ルベスケンス。東南アジア原産の生姜、ウコンの兄弟だそうです。アラビア語でウコンのことをクルクマというそうでした。

これはブラジル原産のメディニラ(火の鳥)。美しいとは言い難い色と形。子供の頃からその辺の草木を片っ端から味見していた私ですが、こいつに遭遇したらちょっとためらいますね。まずは、身を潰してその辺の蟻んこにかけてみて、死なないことを確認してから味見をすると思います。

入口を入ると眼の間に広がる広大なガラスの空間。ジブリアニメ「ハウルの動く城」の宮殿にあった大温室を思い出しました。大好きなビオトープもあるではありませんか!これを見て完全に空腹は忘れました。

その先にはまたもや奇怪な植物。先ほどの赤いのと同種です。メディニラ・マグネフィカ。どちらもアマゾン原産だそうですが、あの辺の動植物は日本人の概念を越えていますね。やはり地球の真裏とは大違いだなあ。民族や文化の違いは自然や気候の違いから生まれるものでもあると思います。凄いカルチャーショックです。

傘のように広がった巨大な木の下には実らしきものが生っています。

パパイヤでした。食べるばかりで生っている姿は初めて見ました。ここのパパイヤはスタッフたちで食べるのだろうか?こういう木の実を採る時に、登れない場合は、下から物を投げて落とします。

タマリンド。ガラスの天井から降り注ぐ陽射しで透き通る熱帯植物の葉が美しい。

ヘゴの樹。シダが樹になった種類。恐竜の時代を彷彿とさせる植物だと思います。重なり合った葉は自然の作り出すステンドグラスです。下にも貴重な植物がたくさんあるのに、上ばかり見てしまいました。

下にも黄色い木の実を発見しましたが、これはカカオマスの樹。チョコレートの原材料です。こんなに美味しいものが樹の上に豊富にあれば、人間はずっと猿のままだったかもしれませんね。樹から降りてくる必要がありません。

最近の研究では気候変動により、樹から降りて食べ物を探さなければならなくなり、二足歩行を覚えたとされていますが、納得です。

大温室の出口には嘘みたいな色をした奇怪な植物。一見すると形が特殊な藤の花にも見えましたが、渋谷辺りにいるヤンキーがスプレーで落書きをしたと言うか、ジーンズと一緒に洗濯して染まってしまったと言うか、ちょっと不自然な色に感じました。ヒスイカズラというそうです。フィリピン原産で、大コウモリによる受粉で繁殖するそうでした。しかし、片仮名表記でしたが、漢字にすれば翡翠色をした蔓(カズラ・つる草のこと)ですから、もろ日本語です。これはダメでしょ!迫力に欠けますよ。先ほど見たアマゾンのピンク色のやつはメディニラという見た目相応の名前だったのですから、こちらももう少し迫力のある名前にして欲しいなあ。

その先は蘭コーナー。蘭マニアは多いそうですが、飲食店やイベントの会場などでよく見るので、余り関心が無い。と言ったら失礼かもしれませんけどね。

実際に蘭の種類と形状は多岐にわたり、それがマニアになる理由だとも言われています。しかし、自然派の私の感性では、鑑賞用に作られた蘭は葉の面積と茎の太さに対して花がデカ過ぎてアンバランスなイメージがあるのです。細腕の可愛い女の人が両手に大量の荷物を持って立っているみたいに感じます。。

 

その次はベコニアコーナー。これは蘭よりもさらに関心が無い植物。なぜならその形状がやはり気に入らない。

よく絵が下手くそな人や子供が花を描くと、ド派手な色の花を上部に描いてから、その下にとんでもなく太くてアンバランスな茎と小さすぎたり大きすぎる葉っぱを描きます。茎だって曲がっていることもあるわけですが、細かく観察せずに、大体は垂直に描きます。葉っぱの葉脈だって、魚の背骨みたいに適当に筋を入れて終わりです。そんな単純で恰好の悪い姿をしているはずがないのだから、もっとバランスを考えて、よく見て描け!と言いたくなります。

 

ところが、その下手くそな絵をそのまま実物にしたみたいなのがベコニアなのです。ベコニアのファンの方には失礼ですが、大変にふざけた造形だと思います(笑)

粘土細工や陶芸で花を造形する場合もこうなる。それは材料が軟らかいので、中に割り箸などの芯でも入れない限り強度不足で、本物の草花の様に茎を細くすることができないのです。

と考えて気付いたのは、ベコニアの繊維はきっと他の植物に比べて軟らかいのではないかと思いました。軟らかいくせに大きな花や葉っぱをつけたがるので、無理をした造形になっているのではないでしょうかね。

次は大好きな睡蓮コーナー。しかし、見頃はまだ先でした。しかも植え替えたばかりなので、花は小ぶり。ちょっと残念。葉っぱの上にカエルでもいてくれたら最高なのですが、そう言えば、温室に動物や魚類は見たことが無いです。ビオトープにもイモリやカエル、亀などがいたらもっと楽しいのになあ。

その脇には「星の王子様」に出て来るバオバブの樹に雰囲気が似ている巨大な柱のような植物。

バオバブの樹はイタリア人植物学者の命名。数千年生きると言われ、「星の王子様」では地球を滅ぼす樹だとして登場します。幹が太く、上の方に小さな枝が密集します。温室のものは形状は似ていますが、大コンニャクだそうです。何人分のコンニャクを作れるのでしょうか?

 

その先は乾燥地帯に生える植物コーナー。

コップを洗うブラシみたいなサボテンがありました。メロカクタス・オレアス。和名は「青乱雲」という名前だそうでした。しかし、漢字のイメージが結びつきません。植物名もそうですが、映画の原題と日本語の邦題がズレていることもよくあると思います。つい先日も「空海」という邦題に惹かれて観に行ったら、内容は化け猫退治のフィクション。原題は「化け猫物語」でした。あれは腹が立ちましたね。

マラミリア。水の中にあればイソギンチャクやサンゴにも見えます。

こては乾燥地なのに海にいるはずのアザラシという名前でした。

 

温室の出口付近には虫を捕獲して食べるウツボカズラがありました。先程ヒスイカズラは迫力がない名前だと言いましたが、このウツボカズラは似合っていると思います。と言うのは、ウツボカズラと言う響きは妖怪っぽいので、食虫植物にはぴったりだと感じるのです。日本の伝統的なお化けの名前は音が5文字から7文字くらいが多いと思います。ゲゲゲの鬼太郎に登場する妖怪たちを思い浮かべると、海坊主、ろくろ首、傘お化け、一反木綿、ネコ娘、ぬらりひょん、こなきジジイ、ねずみ男・・・など。

試しに中を覗いてみたら本当に虫が食べられていました。まだ消化の途中です。美味しそうな匂いを出す液が下の部分にあり、それにつられて虫が中に入ります。内壁には下に向かって細かい繊毛が生えているので、中に入ると上れない構造になっています。誰がこういうことを教えたのでしょうかね?万物の創造主は本当に面白い。

温室を出たら急激にお腹が減って来たので食事のできる場所を探します。この植物園は江戸時代からお蕎麦が有名な深大寺の寺領の一部でしたので、周辺には深大寺蕎麦を提供するお店が多数あるのです。

 

実は、ここに来た目的は薔薇の鑑賞以外にお蕎麦でもあったのです。ですから、入場する前に、蕎麦を食べて再入場することも可能な事を窓口でしっかり確認しておきました。

お蕎麦屋さんに行くためには深大寺門から出る必要があります。そこまでの小路は素晴らしい広葉樹の森でした。それなりの距離はありますが、歩くことが全く苦にならないほど気持ちがいいのです。

 

外に出ると、涼しげな木陰に雰囲気のあるお蕎麦屋さんを発見。ここは深大寺側から見ると境内の裏手に当たります。何度も前は通っていましたが店に入った事はありませんでした。いつもは境内の下を流れる渓流沿いのお蕎麦屋さんばかりに行っていたのですが、あらためて見ると、こちらの方が佇まいは素敵でした。

二店舗が隣接していますが、どちらもその場で手打ちです。昔は深大寺でも蕎麦を栽培していましたが、今はほとんどが北海道などの外地からのそば粉を使用しているそうです。

今回は露天の店舗の方に入りました。席の頭上には新緑の木々が見えて、とても綺麗でした。空腹を我慢して参観していたために、すでにおやつの時間も過ぎていましたから、食事をする人はほとんど無し。

人が少なかったので、忙しい時には作れないと言う、豪華なお蕎麦をいただくことができました。お蕎麦のほかにおでんなどもあります。

せっかくなので深大寺にもご挨拶。いつもとは逆コースになるので、斜面を下ります。こちらの開基は奈良時代ですから、とても古いお寺です。

本尊の阿弥陀三尊像は国宝に指定されています。現在は天台宗の寺院ですが、元々は西遊記で三蔵法師を孫悟空と共に守った沙悟浄(深沙大王)に由来して深大寺となったそうです。深沙大王は水の神様でもあります。

それほど、水に恵まれている地であることは、周囲の自然を見れば良くわかります。

澄んだ湧水が豊富にあります。水は命の源ですから、この辺には古代より人々が暮らしていた遺跡も多数点在しています。多摩川を見下ろす城郭もありました。

透き通った池を水鳥が泳いでいる様子を見ていると、都心からほど近い場所だとは思えません。

また、こちらの隠れた名所はゲゲゲの鬼太郎茶屋。作者の故水木しげるさんも晩年は市内にお住まいだったのです。

茶屋の脇にある鬼太郎一家の住むツリーハウスも美しい緑に囲まれていました。

そう言えば、私は台湾で水木氏の個展をお手伝いするはずでしたが、実現できなくなってしまったことを思い出しました。本当に残念です。

この周辺には植木屋さんも数店あり、荷物が積める車の時には毎回何か買っています。前回は苔玉を二つ。今回は気になっていたウツボカズラを買ってしまいました。その他のお土産にはあまり関心が無いので、植物園に戻ります。

 

自然林の先には芝生広場があり、その横の丘を越えると正門に戻ることができます。

ヘメロクルスの群生。

その途中にもさまざまな草花が目を楽しませてくれます。木陰には休めるベンチも設置されていましたが、やぶ蚊が多そうなので遠慮しました。これからの季節は増えると思います。

上を見るとヤマボウシが満開でした。下から見上げると葉が重なっているようにしか見えませんが、上には真っ白な花が隙間なく折り重なっているのです。秋には実が生り、甘いので果実酒にも適しているそうです。

園内には至る所に古そうな広葉樹が点在しています。自然のままでは、下草も繁茂するので歩くことはできないはずですが、適度に草刈りがなされているので、とても快適に原生林の雰囲気を味合うことができます。

広葉樹がうっそうと茂る足元にピンク色の花が群生していました。カタバミです。葉を噛むと酸っぱいのが特徴。どこにでも生える生命力の強い雑草ですが、これだけ群生して花を咲かせると見事。大体が三つ葉ですが、時々四つ葉のものもあります。これを「四つ葉のクローバー」と混同する人が多いのですが(私もそうでした)、違う植物です。

私の愛車にも使用される四つ葉のクローバー(クアドリフォリオ)は幸運と厄除けの意味が有ります。これを最初にレースカーにつけて優勝したレーサー(1923年ウーゴ・シヴォッチ)が、奇なることにその後でマークをつけなかった車でレースに出場して落命したことから、同メーカーではさらに信仰が深まりました。この時代に同社のテストドライバーとして入社したのが後の自動車メーカーであるフェラーリを創業したエンツォ・フェラーリです。元々はレーサー志望でしたが、自分の才能に見切りをつけて、販売代理店を経て自社ブランドを作ったのです。

日本では欧州から輸入されたガラス製品の破損防止のために詰め物としてクローバーが使用されていたので「詰め草」と呼ばれるようになりました。カタバミほどハート形のえぐれ部分がありません。クローバーに於いては、遺伝的に四つ葉はとても珍しい変異であるために、その希少性から珍重されるようになったのです。

しかし、北欧ではカタバミもクローバーも同じ仲間として呼ぶことが多いそうです。日本では葉の形状が車輪のようなので同様にシャジクソウ(車軸草)とも呼びますし、アイルランドではシャムロックと呼ばれ、国花です。しかし、共通するのは三枚葉であること。それはキリスト教の三位一体(父なる神、子なる神、聖霊なる神)の象徴でもあるからです。そして、四つ葉のカタバミは四つ葉のクローバーに比べてそれほど珍しくないそうなのです。ですから、幸運やお守りとしての意味では「四つ葉のクローバー」にこだわるのです。

丘を越えていると小川らしきものがあるのでそちらへ向かうと、やぶ蚊の襲撃を受けそうな気配がしたので、迂回して避けました。すると大きな池を発見。睡蓮が一面を覆っていました。

睡蓮や蓮は澄み切った水だけでは生育できず、栄養のある泥を必要としますから、この池は黒く濁っていました。水面下を泳ぐ鯉も黒っぽい物ばかりです。

陽が延びているので、閉園時間でもまだ十分な明るさがありました。園内ではツツジの盆栽展も開催されていました。

自然のままの原生林も素晴らしいですが、小宇宙を創りだす盆栽の世界も違う趣がありますね。日本では年寄りの趣味などと過小評価されていますが、それは知識不足。世界的に日本の盆栽文化は認められているのです。西洋の王族の大庭園と比較すれば、その物理的な差は大きいのですが、精神世界の奥深さは引けを取らないのですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先月は連休もあったせいで、色々なイベントが重なり大忙しでした。この時期は動植物も人間も活発になるようです。その為アメブロは更新がストップしてしまい、申し訳ありませんでした。なので、そのまとめ。

 

できたての都心のニュースポット「東京ミッドタウン日比谷」に行く機会がありました。大体、渋滞や混雑は大嫌いなので自分からわざわざ行こうとは思いませんが、お世話になっている演劇人&アルゼンチンタンゴダンサーが舞台に出演すると言うので、拝見させていただきました。地下鉄で行ってみたら、連絡通路もお洒落でびっくり。

建物の中に入って吹き抜けから階下を見下ろすと、凄い行列。何と入口からエスカレーターまでグニャグニャと誘導されるのです。こんなのに並ばされたら大変だなあと他人事のように思っていました。ところが、このまま舞台のあるホールまで上がれば良かったものを、観劇前に飲み物を買いに下へ降りたのが大失敗でした。降りたらまた上らなければならないことに気付かなかったのです。

内部は大部分がお洒落なブランドショップですが、ある一角だけ町の路地裏のような雰囲気でした。ここだけを見たら、新しいビルの中だとは思えません。昭和風の店頭には「理容」と書いてありますが、何かのパロディーショップなのかと思い、窓から中を覗いてみると、本物の床屋さんでした。向かい側は居酒屋のフードコートになっていました。植木屋さんもありましたが、私の地元の三倍から五倍の値段で売っていますので、ボッタクリとしか思えません。それに比べれば床屋さんの値段は似た様なもの。

外に出るとイベント広場があり、巨大な少女のモニュメントが展示されていました。幅の広い階段は広場を見下ろせるので、各種イベントがある時には観客席に早変わりするようです。この時は演出家の宮本亜門さんも参画している観劇フェスティバルが開催されていました。日比谷は古くから演劇や映画館の栄えた街であることをアピールするのが目的だそうです。

私の友人が参加するのもこれらのイベントの一つで「未来の記憶」という題名の舞台でした。ダンスを通して今を生きている人間たちの過去と未来が表現されていました。主催者は演劇人であれば誰でも知っている故蜷川さんのダンス振付も手掛けた女性舞踏家広崎ウランさん。陽気でパワフルな方です。あの怖い事で有名な蜷川さんもお気に入りの振付師です。

イベントにはスコッチウィスキーの名門ジョニーウォーカーが協賛しており、トレードマークの創業者「ジョニーおじさん」のモニュメントが置かれています。まだ洋酒がそれほど多くなかった昭和ではスコッチウィスキーの代名詞でもありました。普及版の赤ラベルと、熟成した黒ラベルがありましたが、今はその上の青ラベルというのも出ています。

 

背景は日比谷公園です。舞台まで時間があるので、暇つぶしに周辺の散策。

向かい側の日比谷シャンテ前には巨大なゴジラがいました。私としては、新しいショッピングモールよりもこちらの方に断然関心があります。古いゴジラは頭部が大きいのですが、これは小さくなった新しいゴジラです。ゴジラはクジラとゴリラを合わせた造語です。東宝の製作した怪獣シリーズの代表とも言える存在です。ミッドタウンの中に東宝シネマズが入っています。

 

その隣は香港料理の店で、長蛇の列。行列を見ただけで興味を無くして素通りしました。立て直されたのはこのビルだけで、その他の日比谷の様子は大差ありませんでした。線路下の飲み屋街も健在です。

 

周辺の散策を終え、飲み物を買って舞台のある6階に上がろうとしたら、さあ大変でした。エレベーターは下の階で満員になってしまうために、途中から乗ることができないのです。一階のエスカレーター前は長蛇の列ですし、全然前に進みません。どう考えても間に合わないので、エスカレーターで地下まで下りて、エレベーターに並びました。それでギリギリ到着でした。同様に遅刻した観客が多かったために、開演時間も遅らせていたようです。

色々なジャンルのアーティスト&ダンサーが参加しており、私の友人(チヅコ&エセキエルさん)もその内の一人。しかし、友人と言うのも恐れ多いことに、彼女はアルゼンチンタンゴの世界チャンピオンです。そのパートナーも世界中のTANGOの舞台に立つ実力派のアルゼンチン人ダンサーです。日本の演劇は畑違いであったかも知れませんが、見事なものでした。

この舞台の少し前にはタンゴ界の重鎮である名ダンサー(ホルヘ・トーレス氏)も参加されていました。同氏にはまだ基礎もおぼつかない頃から懇切丁寧にご教授いただきました。当時の私にとってあまりにレベルの高い内容は正しく「猫に小判、豚に真珠」状態。最近になり、ようやくその素晴らしさのいくらかを感じ取れるようになって来てはいますが、毎回、本当にお世話になっております。日本通で合気道も上級者です。

この日は都合がつかず、日比谷ではお会いすることができませんでしたが、別の機会にお会いすることはできました。一緒に写っている老紳士も世界的に著名なダンサーたちを育てたロベルト先生です。皆さん、ご高名にもかかわらず、サービス精神旺盛でフレンドリーです。

舞台の進行を務めたのはフランス語を話すピエロでした。ピエロ役の俳優さんは、実際にシルクドソレイユでピエロを担当していた可愛らしい男性でした。メイクを落として、普段着に戻っても、いかにもピエロらしい雰囲気が出ています。私の場合は人生がピエロです。

会場には顔見知りのダンス仲間も多数いましたので、そこに居合わせた友人と銀座で食事をするとにしました。外に出ると群青色の夜空を背景にミッドタウン日比谷が浮かび上がっていました。派手ではなく、落ち着いた大人の建築だと感じます。

飲む場所を探して美味しそうな焼き鳥、海鮮料理店などのある裏通りをあちこち歩き回り、直感で入ったのが肉料理のバーレストランでした。友人は調理のプロでもあるので、厨房の衛生状態やシェフの雰囲気で判断したそうです。

確かに料理はおいしく、店員さんたちのサービスもてきぱきとしていて気持ちが良かったです。面白かったのは、肉の解体ショーとオークション。解体した肉の部位ごとにオークションが行われ、店内の客が競り落として食べるのです。上手くいけば、標準価格の半分くらいで食べることも可能です。しかし、オークションが始まった時には、すでに我々のお腹が落ち着いてしまっていたので、お隣のテーブルの客たちと共同で参加し、半値で競り落とすことに成功しました。これはなかなか楽しかったです。

 

その翌日は上野の不忍の池近くでアルゼンチンタンゴを踊っていましたが、携帯電話に友人から何度も着信が入っていたようなのでメールで用件を聞いたところ、子供が母親の携帯電話を使って私を呼んでいたようでした。都会の子供たちが私の地元の海に来る時にはいつも自然を教える教師役を引き受けていますので、その催促です。

というわけで、都内から葉山の知人宅へ向かいました。到着は23時。子供たちはもう寝ているかと思いきや、親たちは寝ているのに、起きて待っていました。写真は起きていた子供と湧水を汲みに来たところ。地元には美味しい湧水がありますので、それを汲んで水割りで飲むと美味しいのです。ダンス用のジャケットを着ているので山の中では違和感があります。

山に湧水を汲みに行こうと言ったら、餃子を100個も平気で食べる中学生のお兄さんは怖がって来ず、代わりに小学3年生の妹だけがついて来ました。しかし、山の動植物の気配を感じて「何かいる!」と怖がり、片時も傍を離れません。都会ではこういう気配がほとんどなく、車やエアコンの室外機の音ばかりです。最近は野良猫や野良犬も少なくなりました。

せっかくなのであちこち寄り道をして、夜の楽しさを教えてあげました。わざとライトを消したままで暗い山道を走るのもスリル満点です。

夜は子供たちが一緒に寝たがって私の部屋に集まるので、真夜中の3時まで色々と話してしまいました。私が子供の頃には午前零時を過ぎたら、どんなに頑張っても瞼が勝手に閉じてしまったものです。恐らく遅い時間帯までゲームやスマホを弄っているせいですね。

翌朝は見事な五月晴れ。休日の朝なので少し寝坊をするつもりが、朝っぱらから太鼓の音で起こされました。どこの馬鹿が朝から太鼓なんぞを叩いているのかと思ったら、地元に合宿所のある私大のヨットクラブの学生たちでした。体育会と言うと、何となく礼節を重んじる気がしますが、彼らの礼節は内輪だけで、周囲のことには無頓着のようでした。これは最近のアメフト事件にもつながる感じがします。

子供たちは朝から元気です。毎回、磯遊びの時には私が海のことを教えながら生物観察などをしています。コンクリートとアスファルトの環境で育った子供たちにも生の自然に触れ合ってもらいたいのです。この時期は夏ほど暑くないので磯遊びには快適です。

午前中に新しい家族が合流したので一緒に海に行くことに。子供によっては海を怖がり、砂や水を嫌う子もいるのですが、今回の女の子は大胆で積極的でした。海の知識も経験もほとんどないのに、怖がりませんでした。

天真爛漫で好奇心旺盛な子供たちは未来を作る宝物です。最近は考えられないような幼児虐待が起きていますが、そういう事をしてしまう大人たちはきっと悲惨な環境で育ったのかもしれません。昔は近所や公的な眼がありましたが、今は行き過ぎた人権や個人主義のために、それらの社会を守る伝統的なシステムが機能しなくなっているのです。現実から逸脱した綺麗ごと好きの人たちが皮肉なことに反対の結果を招いているのだと思います。

私は社会における犯罪者(通常の思考能力を持ち、冤罪ではないことが確実な対象)に人権は必要ないと考えます。罪の重大さを知っていてするわけですから、それなりの覚悟があるべきでしょう。幼児の殺害の場合、少なくとも懲役の年数を平均寿命から殺害時の年を引いたものにするべきだと思いますね。例えば平均寿命が75歳だとすれば、5歳児を殺害した場合、懲役は70年以上。要するに、その子の将来を奪ったわけですから、その代償は身をもって知るべき。

ペットボトルにくっついている亀の手を発見。「亀の手」とは貝の一種で、生きている時には緑色で、形状が亀の手みたいなのです。中身は小さくて硬く、パサパサしているのでスープの出汁として使うことが多いです。それがプラスチックに繁殖するのですから、自然の生命力を学ぶための良い教材だと思いました。

連日強風が吹いていたせいか、波打ち際には天草やワカメ類が大量に流れ着いていました。毎回、それらの中から食べられるものを持ち帰ってみんなで食べています。原始時代から人間が行って来た採食の経験を学ばせる良い機会だと思っています。

しかし、今年は電気クラゲが異常に多かったので、海に入るのは止めました。赤い天草の下に見える縞々の物体がそうです。毒針に刺されるとビリビリするので我々は「電気クラゲ」と呼んでいます。これより怖いのは青いビニール袋に似たカツオノエボシという毒クラゲです。コイツの触手は数メートルの長さがあるので、近寄るだけでも危険です。

昨晩、子供たちと一緒に見ていた番組で可愛い海女さんの特集がありました。ワカメの季節だから、いつもワカメ汁を食べるのが習慣だと言いながら、美味しそうに食べていました。子供たちはそれを見ていたので、「ワカメ汁を作って!」と言うのでした。

番組でやっていたワカメ汁は新鮮なワカメを細かく切ってご飯に載せ、それに出し汁をかけて食べるだけのシンプルなものでした。友人宅の冷蔵庫を見ると鰹ダシはありませんでしたが、麺つゆがあったのでそれを代用。熱を加えると美しい緑色に変わります。これがまた眼にも美味しいのです。

大人たちは潮の風味を楽しむことができますが、子供は違います。乾燥ワカメに慣れている口では、新鮮なワカメが思ったより美味しくないとのことでした。そういう自分も子供時代には大人の味がわかりませんでした。

それはともかく、ワカメ汁はとても美味しく、蕎麦やうどんを入れて食べたくなってしまいました。

海辺にある友人宅に来ると大体昼間から飲み始めています。ビール、ウィスキー、焼酎などのチャンポンで飲んでいます。酔ったら、手入れが行き届いた芝生で昼寝をするのもとても快適です。花ショウブもすでに咲き始めていました。気温は暖かなので、蚊も出始めているようです。

夜はBBQが定番なので、日が暮れる前に食材を買い出しに行き、日が沈むまでは夕日鑑賞会です。友人の別荘は富士山と江ノ島が正面に見える絶好のポイントなのです。

ちょうど飲んでいた赤ワイングラスに夕日を入れてみました。

富士山や夕焼けが綺麗に見えるのはこの時期まで。これから後は夏霞という水蒸気がたち込めてしまうために見通しが効かなくなってしまうのです。

夕焼けはオレンジ色ですが、日が水平線に消える寸前になると濃い青色に変わることがあります。当日はこのパターンでした。私はこの一瞬がとても好きです。この現象は海辺からだと時々見ることができますが、陸地ではほとんど見たことがありません。

大体いつも焼き係ですが、今回の子供たちはお手伝いが好きなタイプ。普通の子供は遊ぶことと自分が食べることばかりに夢中になり、手伝う子供は非常に少ない。ここでは大勢の子供たちと接して来ましたが、親と子供の質はやはり比例するものだと思います。その逆もまたしかり。

BBQの後は花火をして、ようやく子供たちは満足です。

 

連休の半ばには銀座で「TANGOミラクル」というショーがありました。2010年に始まり、日本の著名なアルゼンチンタンゴダンサーたちが出演して来た名物のショーでしたが、今回でラストとなりました。前半は生徒さんたちの発表で、後半はプロたちの競演。これが素晴らしかった。あいにくの大雨でしたが、行って正解でした。

ダンサー人も素晴らしかったですが、伴奏も凄かった。日本バンドネオン界の第一人者である小松亮太さんを始めとする豪華メンバーでした。小松さんはタンゴ以外にも様々なアーティストと共演をされていますが、最近はジブリアニメのコラボ作品もあります。以前のタンゴパーティーでお会いした時に早速購入し、スマホにダウンロードして拝聴しています。

バンドネオンとはアコーディオンに似た形状ですが、左右のボタン配置は不規則で複雑で、操作はとても難しいと言われる楽器です。大きな息継ぎをするかのような吸気音と独特の音色がほかの楽器では真似ができません。
夜には大雨でしたが、天気予報では翌日は昼前から晴れるかもしれないとのことでした。それなら、富士山の芝桜が終わってしまうから観に行こうということになりました。例年ではもう少し後のはずが、今年は早めに終わってしまいそうなのです。みんなの都合の良い日が翌日しかないということで、携帯電話で連絡を取り合って行くことに決定。首都圏組は私の車、名古屋にいるプロダンサーのご夫婦は東京に戻る前に現地で合流。
都心から高速道路で西へ向かう頃には青空が見えてきましたが、現地についたら本当に見事な青空です。名古屋組とも大した時差もなく合流できました。普通は昼過ぎから雲が出るために富士山は見えないことが多いのですが、この日はずっと見えていました。前日の大雨のせいで気温や湿度が通常とは違うせいだと思います。
残念ながら芝桜は見頃を過ぎているので、まばらにしか見えません。本来はピンクの絨毯の様に敷き詰められているのです。会場内にある小富士山にはいくらか残っていました。
しかし、サクラソウやヤマツヅジ、ムスカリ、ポピーなども残っていましたので、それなりに楽しめました。綺麗な時の状態を知らない人が来れば、気にならないかもしれません。知っている人が見るから、その差がわかるだけのことです。
昔、天災を村人に警告した龍が棲むと言われる竜神池の周囲を整備して公園にしたものですが、年々整備が進み、砂埃がひどかった駐車場も舗装された道路ができていました。今では外国人観光客を乗せた大型観光バスが訪れる名所となっています。
芝桜には白、紫、ピンク、赤、などの色の違いがありますが、それを利用して地表がデザインされているはずでした。しかし、見頃を過ぎているので、花は散って緑色が目立ちます。それでも、この新緑の風景は十分に美しかったです。
一番奥の白い建物群がフードコートやイベント広場です。大道芸のイベントもあり、飲食のメニューも充実していました。初期の頃はお祭りの屋台のような安っぽくて不味い物がほとんどでしたが、かなりのクオリティだったので、時間が無い時にはフードコートでも十分だと思いました。
アルゼンチンでは「青木ヶ原樹海」が神秘で怖い森として有名だそうです。どこが青木ヶ原樹海だと言うので、その辺が全部だと言うと驚いていました。せっかくなので、樹海の下にある氷穴を探検することにしました。
昔はヘルメットなどはありませんでしたが、今は入口で被ることになっています。でも、これは正解です。ちょっとよそ見をしたり、気を取られると、すぐに頭をぶつけるのです。自分では、そんなにぶつけないつもりでも、5回くらいは思い切りぶつかっていました。
下へ降りると零度近くになるので、上着を羽織って来ました。着ていなければ、すぐに逃げ出したくなるほどの寒さです。地上との温度差が20度以上あるのです。
地下水で濡れた岩肌の洞窟をさらに進むのですが、場所によっては這わないと通り抜けることができないほどの狭さです。如何にも地底探険と言う雰囲気でとても楽しい。初体験の仲間たちは大喜びでした。
GW中には大勢の観光客が訪れたようで、氷の壁がかなり溶けていました。人間の体温はかなりの発熱量になるはずです。
こちらは天然の氷柱が並んでいるコーナーですが、下半分は大量の氷になっています。いつもですと、氷柱の形が綺麗に見えますが、全体的に溶けて角が丸くなっている気がしました。
ここは夏に来ると更に快適に感じます。出たくなくなります。
 
仲間は私以外は都心方向ですので、ここで、車を乗り換えます。季節も新緑でしたが、我々の車も保護色の様に緑系で笑ってしまいました。アルゼンチンの友人の新車は綺麗な黄緑色、私の愛車は修理中なので代車ですが、ヌヴォラブルーという緑がかったシルバーなのです。都会に行くと珍しい色なので逆に目立ちます。
高速道路に乗る前に、道の駅でアイスクリーム。この道の駅は色々な楽しみがあり、かなりお気に入りの場所です。
この日は天気にも恵まれましたが、渋滞が一度もなかったことも非常に珍しかったです。東京に戻るプロダンサーたちは夜のレッスンがありましたが、あの時間では何かあったら無理だろうと心配していたのです。ところが、私の帰宅と同じくらいに着いていましたので驚きました。
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

自宅の藤棚はあっと言う間に満開となり、蜂がブンブン飛び回っていた。遠くからでもわかる芳香。

これだと、ツツジも見頃だろうと思って、鉄馬に乗って駆けつけると、案の定ほとんど満開。

ここの階段はかなり長いので、お年寄りにはキツイ。我々の体力の衰え具合を知ることができるバロメーターでもある。この時期、昨年は埼玉から小型のバイクで一般道を延々と走って来たダンス仲間がいたけれど、同じことを言っていた。しかし、スポーツやダンスをやっている奴等は見た目も精神も若い。

ピンクが大部分なので、白を見ると新鮮に感じる。大部分は満開に近いけれど、まだ半分程度の樹も所々にある。おそらく地下の温度や水分のせいなのか知らないけれど、自然の不思議。

階段の上を何かが横切ったので見ると、金色に光るトカゲ。綺麗だけれど、目立ちすぎて保護色の役目になっていない気がする。気温が高いので元気だ。

花の下に逃げ込んだので、後を追ってみる。トカゲの目線で見ると植え込みはこんな感じ。下にはハルシオンが咲いている。通称「貧乏草」。要するに手入れをしない無精者の庭に多いかららしい。花にとっては迷惑な命名だと思う。

鑑賞用の大きなツツジに混じって原始的な山ツツジも咲きかけていた。薔薇もそうだけれど、原種は質素な姿形をしている。豪華絢爛、百花繚乱も良いけれど、そういう質素な部分にも趣を感じるところが日本人だと思う。そういう人が最近は減っている気がするけどね。

丘の頂上につくと、休憩中の人がかなりいた。花の背丈がかなりあるので、近付くまで見えないのだ。お弁当を食べている人も多いが、上空からトンビが狙っていた。

きらびやかな花も良いけれど、青空にすくすく伸びた樹木も美しい。

夏日のような強い日差しも木陰に入るとホッとする。

花壇には花ショウブも咲いていた。いつもより早い。

こちらは名前を忘れた黄色い花。この辺は休憩用のベンチもあるので人と、それを狙うトンビが多い場所。

遥彼方は太平洋。高層ビルが無いので地形がよくわかる。自分は高い所が好きではないこともあり、高層ビルの良さがほとんど分からない。景色を見るなら山に上ればよい。人口の展望台は要らないな。その代わり、山や海というものは公共の財産であって、権力者やお金持ちが独占するべきではないと思う。戦乱の世の中では周囲の監視や防御の為に山城もあるけれど、平和な時代には必要ないだろう。

ここでは霧島ツツジも少ないので濃い赤色が目立つ。この色を見ると、急に「和風」という感じがしてくるから不思議だ。

その足元にはピンク色の絨毯のような花が咲き並んでいた。名前はわからなかったけれど、かわいらしい。

帰り道に後ろを振り返ると、あらためて見事な風景だなあと実感する。手入れもさぞかし大変だろうなあ、この費用は我々の税金なんだろうなあ、と色々考え出すと興醒めするので、さっさと降りる。

そのまま帰るのはもったいないので、海沿いから富士山を観に行く。海も波風の無い晴天。春を過ぎると、昼の太陽光が強すぎて富士山は白くかすんでしまう。

鎌倉八幡宮の参道にもツツジが植えられていたことを思い出して、立ち寄る。数年前に整備された参道の桜もツツジも若い樹に植え替えられていた。

昔は通れた太鼓橋は柵で通行止めで見るだけ。鎌倉幕府創設の頃からあったと言われているが、関東大震災で崩壊したので、再建されたもの。勾配は30度なので、滑る靴だと上れない。それが面白くて、上るのが楽しみだったけれど、通行止めとは残念。強度的に問題が無ければ開放して欲しいものだ。

左右にある源平池には赤い欄干の橋が架かっているけれど、昔は太鼓橋も赤かったらしい。

執権である北条家は得宗家を頂点として、名越、赤橋、常葉、塩田、金沢、大仏などの諸家に分かれたが、その内の「赤橋」はこの太鼓橋の近くに屋敷があった由縁である。その他も全て地名と関係がある。鎌倉も京都と同じく古都であるので、そこらじゅうが歴史的遺産と物語の宝庫。それさえ知っていれば、歩いているだけで楽しい。お土産などは特に要らない。でも、鳩サブレーは美味しい。

これからの季節は修学旅行、観光、テレビ番組の撮影などが増えるけれど、この日はタイミングが良くて、それほどの渋滞が無かった。その空いている時間帯を利用して、人力車夫の新人研修が行われていた。

先輩の教官を二人乗せて新人が引っ張る。教官は車上から色々な指示を出していた。発車する時の安全確認と合図の仕方、停車する時の要領など。「走る姿だけではなくて、停まる時も格好良く停まらなければならない」そうだ。いいねえ。そういうこだわりが風格になるのだ。

帰りに富士山の夕日を見るには少し時間が早すぎるので、海岸のカフェレストランに立ち寄る。

ここは建築中から見ていたけれど、寄るのは何と初めて。何しろ駐車場はないし、潮風が強いので、わざわざ寄る気にならないのだ。台風の後には道の上に砂が降り積もるので有名な所なのだ。それに他にも良い場所はたくさん知っているからね。こういう場所の経営は難しいと思う。

知人もダンスのイベントをやったことがあるけれど、その時には都合が合わなかったので、建物の中に入るのが楽しみ。これだけ大きな建物ではあるが、行った時に営業していた飲食店は二店舗だけ。それ以外はイベントスペースやヨーガやダンスのレンタルスペースになっているみたい。

景色が良い所なので、せっかくだから屋外のテラス席にした。外は強風の砂嵐状態だったので、テーブルの上は砂だらけだったけれど、バイクに乗る格好のままなので問題無し。メニューを見るとカレーの元であるターメリックに牛乳を入れたターメリックラテというのがあったので試してみた。出て来たのは黄色くてホコリっぽい味。そのせいで、幸か不幸か飛んでくる砂が全く気にならなかった。恐らく普通に飲食をしたら砂も一緒に食べているはず。

そろそろ日が沈む時間になったので、お気に入りの海岸に移動。駐車場にもすぐに入れたし、良い感じ。先月は富士山の頂上に日が沈むダイヤモンド富士のはずが、曇で見られなかったらしい。現在は落日の位置が少しずつ東(右方向)に移動している。

空気中に潮の飛沫や砂があるために霧がかかっているような効果を生む。舞台のスモークと同じで、光の線が浮かび上がるのだ。

風によって空中のチリの状態が変わると光線や色も変化するのが面白い。一期一会のタイミング。

一番光り輝くのは沈む瞬間。実際の光量は減るはずだが、目に映る印象はとても眩しく輝いて見える。

自然が作り出す色彩のグラディエーション。毎回同じことはないし、何度見ても飽きない、素晴らしい自然のショー。

 

 

横浜市は春になるとあちこちで花の祭典をする。見頃かどうかはそのHPの開花情報で知ることができるのでありがたい。自分の場合は、花壇のチューリップが咲き始めた頃を目安としている。

もっともお気に入りの場所は郊外にあるので、バイパスを使って向かう。ランチは検索にひっかかったインド料理店。評価は4つ星。確かに、美味しいのに割安であった。元々カレーは大量に作る事が出来る合理的な食事であるから、粗利は相当あるようだ。

駐車場近くに小さな神社があったのでご挨拶に行くと、この辺りで盛んだった「蚕」を祀った神社であった。幼虫であるカイコを日本人は敬愛の念を込めて「お蚕様」とか「「白姫」「お白様」と呼んだ。境内は小さいが氏子がその伝統や祭礼を守り続けているらしい。

 

いつも感動するのが、日本人は万物に感謝する気持ちを持っている事。反自然的な発展を遂げた先進諸国の中では自分たちが殺生した生物を供養したり、崇める風習はあまり見かけない。欧米の宗教には犠牲祭や謝肉祭なども見られるが、それらは彼らの神に対す感謝であり、直接の犠牲となった生き物や自然に対してではないので、違和感を覚える。誰かの行為に対して、当人にお礼を言わずに「神様どうもありがとう」とお礼を言っているような感じなのだ。一方で、インディアンや遊牧民など自然と密接な関係にある国や人たちには同様の思想がある。起源は自然を崇拝した原始信仰。それを忘れて、自分たちの「神」の名の元に散々殺戮や破壊をしておいて、今更「地球環境保護」などと強調するのだから、実に勝手な人達がいるものだ。

この周辺は養蚕や農業が盛んだったので、いくらか自然の森林が残っている。それらの森を利用して人工的な花畑として一般開放しているのだ。入り口付近の花の様子で、中の開花状態も想像できる。道路わきの花壇の花々もすでに百花繚乱であった。

森の入り口にも色とりどりの花たちが咲き乱れている。中はさぞかし見事であるはず。

湿地の脇には菜の花がびっしりと咲いていた。タイミングが良いと、後ろには山桜が見えるはずだが、すでに葉桜と化していた。

しかし、ところどころには八重の桜の姿も見える。八重桜はピンクがかった色が多いが、白は珍しい。

シダが生える杉木立。恐竜が出て来そうな雰囲気。派手な色の花はないけれど生命力に溢れている。この奥にはドングリの林もあり、子供たちは大喜びする。外国人の子供たちが「Acorn(エイコーン)だ!」と騒いでいた。

森を抜けるとメインの花畑が広がる。手前の芝生の斜面は寝転がることができるので、シートを敷いて寛いでいる家族連れが多い。子供たちはゴロゴロ転がるのが大好き。

桜も数本咲いていたが、すでに盛りは過ぎ、アンズや桃が満開となっていた。

下を見れば各種チューリップの競演。

花の種類が多くて覚えられない。

大きな布袋を持った係り員たちが萎れた花を小まめに取り除いていたけれど、そういう人たちの手が入っているからこそ実現した夢のような花畑なのだ。野生では有り得ない世界。

大きな桜の下は休むのにちょうど良い木陰となっていた。

ちょっと歩くだけで咲いている花が変化するのでいつまで見ていても飽きない。

天気が良かったので、背景の青空もとても美しい。

反対側には竹藪もあり、中は遊歩道となっていて、森の外に出られる。

極彩色の花々ばかりを見ていると、青竹のすらっとした姿がとても新鮮に感じる。

様々な経験や知識のある人たちは古来より松竹梅や四君子(蘭、竹、菊、梅)を愛でたけれど、そのどちらにもあるのが「竹」である。「梅」も同様。花が無い時にも鑑賞に堪える格があるのだ。こういう人間になったら格好いいだろうなあと思う。

 

陽が延びたので別の花祭り会場もハシゴしてみることにした。

普段は舗装された路面に一時的に作られた花壇なので、先ほどの花の森とは全く違った雰囲気。背景にある海や建物との組み合わせを楽しむのが良い。

たまたま近くの波止場には海洋実習船の海王丸が停泊していた。

豪華な客船は巨大なビルみたいな迫力があるけれど、こちらは自然の力を動力として設計された機能美がある。これで世界中の大海原を行き来するのだから凄い事だ。

車だったので、町外れのアメリカンカフェに移動。町外れと言っても、お洒落な不良の文化は町外れが中心だった。

戦後は米軍基地の敷地内であったが、昭和になって返還された場所である。特に産業の無い街にとっては米軍基地は商売相手でもあったし、世界の最先端の文化に接することができる窓口でもあった。

このお店はアメリカ風の改造車やその部品類を扱うお店で、カフェレストランが併設してある。今は閑散とした街並みであるが、バブル期のお洒落な雰囲気を今でも継承している貴重な店。カフェの店長は無愛想だけれど、店員の女子たちは愛想が良い。

自分とは改造のセンスや好みが違うので買い物をしようとは思わないけれど、見るだけで楽しくなる。男にとってはオモチャなのだ。

すぐ近くにある老舗のプールバーにも顔を出してみた。往時は都心から遊び人たちがスーパーカーで遊びに来ていたものだった。

建物が使えなくなり、移転したが、お店は健在。経営を引き継いだ女性店主はとても愛想が良く、聡明な人なので、いつ行っても居心地が良い。これからは鉄馬(バイク)の季節なので、ちょくちょく寄らせてもらうつもり。

 

ちょうど夜景が美しい時間帯だったようで、黄昏時と夜景のどちらも見ることができた。帰りに夜景を見ると別世界になっていた。

フェリーターミナル側にも照明が灯っていた。ここはダンスの練習にも良い場所。対岸にはみなとみらい地区の夜景が見渡せる。

これからは夜の時間帯も気持ちが良い季節になって来た。楽しみ。

 

毎年春に訪れるスポットがいくつかあるけれど、今年の開花時期は予想とずれているので、タイミングがとても大変。しかし、上手くずれると、複数の開花時期が異なる花々を同時に見ることができる。これは行ってみるまで分からない。ということで、先ずは、工場団地の中を流れる用水路に行くことにする。ここはタイミングが良いと桜とチューリップが同時に見られるはず。

 

普段のルートと異なる道路を走っていると、幹線道路に面した住宅地の脇にある斜面に桜が鈴なりになっている場所を発見。何となく良い雰囲気の丘なので、急いで車をUターンさせて、丘に上れる場所を探すと、神社の裏山になっているらしい。

幸いに駐車場が空いていたので行ってみると、とても風格があり、由緒のありそうな門構え。その理由は後でわかる。私の場合、本能や直感が最優先の為に、一度反応して動き始めると、心身がワクワクしてしまい、人間が作った建造物や看板などの文字類は目に入らなくなるのだ。

裏山への道を探していると、廟の後ろに山道があり、注連縄が張られていた。これは聖なる地であることの証しでもあるので、気が引き締まる。やはりただの丘ではなさそうだ。

丘の頂上からは周辺の住宅地が見渡せるが、特に何も無く、桜もまばらに咲いている。どうやら道から見えた桜の場所はこちらではなく反対側で、お花見に来た人たちはそちら側の中腹にいるみたいである。

幹線道路と駅側が南なので、そちらに行くと桜が満開になっていた。ポカポカ陽気で、お弁当を食べている人たちもいる。

住宅地の中にこのような美しい自然が残っているのはとても感動的。もっとよく知りたくなり、丘の反対側にも行こうと思った。すると、待つだけがまばらに生えている空き地があり、石碑があった。

何だろうと思って、説明書きを読んだらびっくり。この神社がとても由緒のありそうな理由がわかった。学問の神様と言われる菅原道真公には5人の子供がいたが、権力者の藤原氏に疎まれて大宰府に左遷させられた際に、子供たちも流刑となった。その際に末子の淳茂も播磨(兵庫県)に流刑となり、その後で関東に流れて来たのである。その淳茂が住んでいたのがこの里であった。大宰府に左遷された道長は、子供らの為に自分の形見として58歳の時に自分を鏡に映しながら、一寸8分(6センチくらい)の自分の木像を三体作った(日本三躰天神と称する)。道真公はその翌年に59歳でお亡くなりになっている。

 

御自作の三体の一つは大宰府、二つ目が菩提寺の河内道明寺、三つ目が淳茂が所有していたもので、朝夕父親の像を拝んでいた。それが、この地に継承されて祀られているのである。そして、一見荒涼としている丘には淳茂の使用した筆が埋められていると伝えられ、ここを「淳茂の筆塚」と称するのであった。ここにはている松の老木を伐採したところ不吉な事が続いたために、そのままの状態が保たれているというのも、面白い逸話だ。

この山に在った大杉は横浜市で最初に指定された銘木らしい。度重なる落雷で樹は姿を消してしまったが、この古い樫の木は樹齢350年だそうである。

山を下りるついでに、道真公自作のご尊像のある廟にご挨拶。決して、派手ではなく、質素な佇まいである。とても居心地の良い場所であった。車に乗る前に周辺も探検してみると、近くの住宅地には可愛らしいビオトープが作られていた。元々境内には池があり、その水を用いて粥を作ると乳の出が良くなるという伝説もあったらしい。

丘の地形を見た感じでは、湧水があるはず。その気になれば埋められてしまった池を再興することもできそうである。ビオトープには桜の花筏の下を錦鯉が悠々と泳いでいた。

お花見のつもりが、それ以上のご縁があり、すでに満腹状態。でも、せっかく来たので、当初の目的地にも行くことに。

桜はちょうど満開。両側からの枝が桜のトンネルを作ってくれる。川幅が広すぎるとトンネルにはならない。

チューリップもほとんど見頃。女の子が「満開!桜、チューリップ!」と叫びながら歩いているのがとても可愛かった。文法的には反対なのだが、語感の音を考えると、最初に「満開」と言った方が語呂が良いのだ。それを本能的に使うところが、先入観の無い子供の素晴らしいところだと感動した。

でも、母親が写真を撮りたがって「そんなことばっかり言っていないで、真面目にポーズをとりなさい!」と怒っていた。アンタの器は小さそうだから、子供が心配だ。

周囲は工業団地と住宅だから、この様な場所がある事は想像できない。路地裏の隠れた名所なのだ。

自然の河川ではなく、用水路らしいが、水質は予想以上に綺麗。ザリガニやドジョウもいるらしい。

私のカメラは防水なので流れてくる桜の花筏を水中から撮影してみた。緑の水草が元気に繁茂している様子がわかる。

帰宅の途中で運河の桜も見たけれど、こちらは提灯が連なり、屋台も出ていて大賑わい。それにしても、日本人は桜が好きだよなあ。