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雲水・ISA(九龍)のブログ

日本は神の国
仁術師

つい先日、かなり遅い時間帯に車で帰宅しようとしたところ、異常な大渋滞に遭遇しました。我が家の周辺にある海岸線は夏になると昼間から夜まで交通量が多くなりがちですが、まるで休日の昼間のような大渋滞だったのです。おそらく、工事か事故だろうと予想はしていましたが、工事の案内表示も無いので不思議に思っていたのです。

 

それで、帰宅して調べたところ、三浦半島を縦断する高速道路を10キロ以上も逆走した馬鹿者がいたそうです。途中で何台もの車に接触して、タイヤも外れたにもかかわらず、火花を散らしながら逆走を続けたと言うのですから、大迷惑も甚だしい。死者は幸いにいなかったものの殺人行為です。その為、高速道路が通行止めとなり、迂回した車が周辺道路へ流れ込んだ結果、大渋滞となっていたのでした。

産経新聞の報道は以下の通り。

25日午後5時半ごろ、神奈川県横須賀市の自動車専用道路「横浜横須賀道路」下り線で、乗用車が約10キロにわたって逆走し計7台と衝突、6人が重軽傷を負った。県警高速隊は自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、逆走した車の同市池田町、無職、五十嵐章介容疑者(70)を現行犯逮捕した。

 高速隊によると、逆走した車は次々と衝突事故を起こし、最後は乗用車に正面衝突して停止。60代男性が骨折するなど、20~60代の男性計6人がけがをした。

 五十嵐容疑者は「自宅に帰る途中で逆走してしまった」と話しており、高速隊が逆走の原因や事故の状況を調べている。

逆走に気付いた時点で止まるべきなのに、複数にぶつかりながら走り続けたところが異常です。その後の調べで、認知症の通院経験があるとのことでしたが、それにもかかわらず車を運転できてしまう現状が恐ろしいではありませんか。今回は乗用車同士の事故で済みましたが、もしも私もよく乗るバイクだったら軽傷では済まないでしょう。高速道路では落下物でさえ命を落としかねませんから、考えただけでも鳥肌が立ちます。認知症などの診断結果が出た時点で免許は取り消しにするべきでしょう。運転免許以外の資格についても同様に検討するべきです。

それにしても、10キロもの距離を逆走できてしまうものか?と疑問に思いますが、田舎などで交通力が少ない場所だと気付かない可能性があります。対向車が来て初めて気付くことがあるのです。表示があっても、何か突発的な出来事が起きると、そちらに注意がいってしまい、表示を見逃す可能性があります。その偶然が重なると、知らないうちに逆走してしまうのです。大体がわかりにくかったり、誤解をしやすい構造や風景になっている場所で頻発します。

今回の逆走の発端となった浦賀ICもその一つ。高速道路からの出口の様子かこれです。

出口から出て来る車がなぜか三角形の分離帯で分かれて出て来ます。入口は一番左端の一車線だけなのですが、ここには分離帯もポールなどの遮へい物は何もありませんし、路上に矢印などの表記も無い。そして中央の車線の停止線だけはトンネルの出口にあるのです。奥まっているので、交差点からは見難い位置にあります。これを普通に判断すると、左の二車線が同じ方向で、右端の一車線だけが出口から出て来る車の車線だと思っても不思議はありません。しかもここは交差点ですから、あまり馴染がない余所者が曲がって侵入した場合、戸惑う可能性は大です。この画像でも中央の黒い車が無ければ、進行方向がよくわかりません。その誤解を避けるためにグーグルマップでは写真の上に白く「横須賀横浜道路」と書き足しているわけです。

そこで、試しに出口の車を画像上で消してみます。するとこうなります。

中央車線にいた黒い車を消すと、左の二車線が同じ方向で、右端だけが対向車線のように見えます。また、初めて来た人から見ると、左端の車線は脇道にそれてしまうようにも受け取れます。白緑の表示があるので、ああこっちが高速道路なのかと気付くかもしれませんが、他のことに気をとられたり、交差点を曲がる時に余裕がなく、そのまま中央車線に入ってしまうと、すぐ目の前にある景色から判断して、中央車線が入口だと思ってしまう可能性があると感じます。また、トンネルの側壁があるために、短い距離内(たったの車3台分くらいの長さ)で左端に進路変更するのは難しいです。そしてよくあるのが、間違える人を馬鹿にしたかのように意地悪をして車線変更をさせずに、自分だけ得意気に側道へ走って行く車両がある可能性です。間違えそうになっていたら注意を促してあげればいいものを、邪魔だと言うように我が物顔で後ろから煽るのです。私も見知らぬ土地では同様の経験が何度もあります。

高速道路は隣接して他の道がある事が多く、脇道に入ると高速道路に入る事が出来ずに住宅地や反対方向に連れて行かれてしまうことが時々あります。航空写真で見るとこういう感じですが、河川敷や土手のある場所の脇道の構造とよく似ていると思います。そうするとトンネルの先にICがあると誤解する可能性が出て来るのです。しかも、進行方向がわかり難い出口でしたので、トンネルに入ってしまえば、逆走方向です。対向車が来るまで気付かないでしょう。

事前に地図で構造を把握していればわかりますが、現場の視覚情報によって判断する場合、逆走の危険は大きいと感じます。今回の事件は認知症も一因でしょうが、誤解を招くような構造や表示にも問題があると思いました。

その誤解の元は出口にある三角の分離帯。なぜあんなものをわざわざ作ったのか?見る限り無用の長物。そればかりか、誤解と事故の元凶だと思います。

 

 

屋外のイベントで一番の問題が天気。これは人間には今の所どうしようもありません。それを実感したのが先日の鎌倉花火大会。これは学生時代よりよく観に行っていた花火大会です。

同級生の家が近くにもあるし、湘南エリアでは江ノ島と並んで最も人が集まる花火大会です。元々は鳩サブレーを製造している豊島屋さんがスポンサーだったので「鳩」の語呂合わせで8月10日に開催されるものでしたが、現在はスポンサーを辞退しているので7月になっています。


最近は混雑と渋滞が大嫌いなので、わざわざ行く気にもならず、すっかり忘れていました。ところが、山方面から帰る時に、花火大会だと知らずにうっかりよく使う海沿いの道に出てしまったのです。鎌倉は観光地なので夏休みが始まると海岸線は夜まで渋滞しますので、多少の渋滞は予想していました。

車列に並んでいたら、前方の空が光り、ドーンという爆裂音が響いて来ました。それで初めて花火大会である事を知ったのでした。運が良いのか悪いのか、ちょうど渋滞の正面方向が海岸です。狭い道なので、バイクもすり抜けは難しいので、渋滞に並ぶしかありません。車だとこうしてカメラを操作できるのが便利です。バイクだとちょっと難しい。

周囲の道路は浴衣姿の人や家族連れで大賑わい。警備員も多数派遣されています。沿道のお店は花火客目当てのファーストフードなども提供していました。

しかし、花火の音はよく聞こえるものの、肝心な花火の色がおかしいのです。よく見ると、低い雲と火薬の煙が上空にたち込めているために光がさえぎられて見えないのでした。花火が打ちあがる高さに雲と煙があるので、その高さで爆裂した花火は霧の中で光っているようにしか見えません。

ようやく海岸通りまでたどり着きましたが、会場周辺は火薬の煙に覆われていました。低い位置の花火や海上花火もほとんどがスモッグの中です。

時々、見えるものもありますが、無風状態で煙は動いてくれそうもありません。この時点で花火大会の時間は終了間近でした。

花火師たちも残念だったと思います。打ち上げる角度が調整できるのかわかりませんが、煙の無い部分で爆裂させたかったことでしょう。

ガッカリした観衆はかなり早くから帰り始めていたようです。まだ終わっていないのに、逆行して来る人がとても多かったです。

まるで舞台でスモークをたいた特殊効果のようでした。こういうのもそれなりに美しいとは思います。

しかし、残念なのは白色の巨大な柳の様に上空を覆う、大玉連発のスターマインがほとんど雲煙の中でした。

これはスターマインとフィナーレの場面ですが、手前の警察官のLEDベストの方が目立っています。

 

渋滞に30分以上も並んでいたために、花火大会は最初から最後まで車窓から見ることができましたが、天気の難しさを痛感しました。天候はイマイチでしたが、集客効果はそれなりにあったと思います。花火に不満足だった人たちが地元の飲食店で消費してくれれば、経済効果も上がります。

 

しかし、最近は花火大会に出資する大手のスポンサーが減っているようです。ほとんどが地元の企業と自治体が負担するそうです。花火はCMとしては役不足なのかもしれません。観客は花火は見ますが、どこの企業がスポンサーであるかということなどを知らない人が大部分です。昔はCM入りの団扇を配ったり、会場で放送がありましたが、今はあまり見ません。花火に企業名などが浮き上がる仕掛けがあれば良いと思います。

 

 

 

 

鎌倉周辺のアジサイ鑑賞の為に訪れる観光客が多く、周辺部は大渋滞が続いていた。所用で移動する地元民たちにとっては非常に迷惑な話でもあるけれど、観光地に住むメリットと裏返しのリスクだとも言える。その話をしていたところ、箱根のアジサイも有名だと言う話になった。

 

しかし、頻繁に箱根周辺の山道を走っている自分にはアジサイがそれほど多いと言われる実感がほとんどない。何でだろうと考えてみると、走りながら見る景色は一瞬であるのと、道路に面したところにアジサイが植えられているとは限らないことに気付いた。

 

というわけで、その真偽を確かめるために、車を降りて鉄道&徒歩で散策をしてみることに。

自分がいつもお世話になる駐車場から川を渡ると登山鉄道の駅がある。この周辺は蛍鑑賞もできることで知られている。休日は最も渋滞するエリアだ。

駅に向かう途中の路上にキラリと輝く物体を発見。なんとタマムシ。昔は自宅にも来ていたけれど、最近は見ない。久しぶりの再会に感動。しかし、ずっと動かないので違和感を覚え、よく見ると足を無数のアリたちに噛まれて動けない様子。これは死を迎えて弱っている末期と、羽化したばかりの身体が柔らかい時に見られる。観察すると身体の輝きは美しく、新しいので、羽化直後に襲われていると判断。アリたちを追い払って、樹の葉の上に逃がした。

アリと比べれば巨大な身体をしているのだから逃げられそうなものなのに、集団に襲われるとかなわないのだ。ガリバー旅行記の中で、ガリバーが小人たちに地面に縛り付けられている場面が思い浮かんだ。

 

登山鉄道に乗る前に老舗のそば屋に行ったら大混雑。店外に30名近い行列を見て、食べる気を無くす。他の店で食事を済ませて液に向かう途中に可愛い鳴き声を聞く。巣立ち間近なツバメたち。

改札を入ると電車が出たばかりなので、最前列に並ぶことになる。これが幸いなことに、電車の最前列に坐ることができた。こういう席に坐るのは学生時代の電車通学以来。メカ好きなので、景色よりも車掌の操縦方法や計器類が気になってしまう。

乗車したのは最新型の車両。窓も大きくて景色が見易く作られている。対面から来たのは一番古い旧型。姿形が可愛らしい。江ノ電もそうだけれど、旧式の車両はみんな可愛い。

すぐに感じたことは、いつも来ている箱根とは全く別の景色。車窓からの風景と車やバイクで道路を走るのとでは全然違うのだ。いつもなら、一瞬で潜り抜けてしまう鉄製の架橋部分の、造形美と渡る時に響き渡る電車の音と振動などの全てが新鮮に感じる。

電車は鉄製の車輪で鉄製の軌道の上を走るため、傾斜がきついと車輪が滑って上ることができない。しかし、ゆるい傾斜の軌道を作るためにはとても長い距離が必要。しかし、実際には地形や方角の制限もあるので、スイッチバックという方法が考え出された。これは前後にジグザグに動きながら徐々に上って行く方式。

画像の突き当りまで行ったら、今度はバックして右側にある線路を上るのだ。操縦士はそのたびに前後の操縦席を行ったり来たりする。ゴムのタイヤを履いた車やバイクに比べると、とても面倒くさいけれど、鉄製の巨大な電車なのだから仕方がない。

スイッチバックの構造を航空写真で見るとジグザグになっていることがよくわかる。単線なので、スイッチバック地点の複線を利用して、上下線の入れ替えも行う。そこにもアジサイが見ごろになっていた。

スイッチバックを行う駅の周辺が一番の名所らしく、踏切には鉄道ファンと紫陽花を撮影に来たアマチュアカメラマンたちが並んでいた。観衆整理と安全監視の係員まで配備されている。車掌さんもこの場所はわざとゆっくり通過するようにしているらしい。

終点は強羅駅。手前のカーブにはいつもカメラマンがいる。そのカーブの向かい側には変わり種餃子の名店があったけれど、工事中のようだった。せっかくなので、食事をしようと思って電話をしてみてビックリ。隣にあったクリーニング屋からのもらい火で全焼してしまったそうなのだ。店舗が無いので、裏の仮店舗で持ち帰り用の餃子を販売したり、小規模な食事を提供しているそうだった。応援するので、是非頑張って欲しい。鉄馬乗りは是非食べに行きましょう。

江戸時代に火事は街を焼き払うほどの大災害であり、過失者は死罪となるほどだったけれど、やはり火事は怖い。

登山鉄道の周遊券は当日なら何度でも乗り降りすることができる。しかも、強羅の先のケーブルカーもセット。せっかくなので、強羅公園を散策。

この公園は歴史も古いので、施設も老朽化が目立っているが、毎回季節ごとに何かのイベントを開催している。当日はアジサイの展示と販売だった。公園の敷地は斜面に沿って縦長にあるので、ケーブルカーの駅も公園上と公園下の2駅ある。それほど遠くない距離であるが、斜度がきつく、ギアの無い自転車なら上ることはできないほど。

色々な植物園を見て感じることは、施設よりもスタッフの思想や感性が重要だということ。小さくても、創意工夫が感じられて、可愛らしい花壇もあれば、施設が大きなだけで、適当に植えられている所もある。それが、単なる施設のスタッフと好きでその道に入ったプロの庭師との違いだと思う。庭師には植物の知識プラス、芸術的なセンスも必要なのではないだろうか。

最近はガーデニングも普及して、様々な植物を目にすることが多くなったので、ガーデニングショップと同様の展示をしても新鮮味は感じられないのだ。むしろ、お洒落なガーデニングショップの装飾デザインとアイディアはお店のスケールを超えたものもあるから有名な庭園もおちおちしてはいられない。

その点、この公園にあるお茶室は素晴らしい。お茶の結界内部は創意を凝らした小宇宙であるから、単なる公園や植物or建築の展示場とは違う。

人間の存在を自己主張し過ぎない、ほどほどの自然さが素晴らしいと思う。自然や景色を活かしつつ、最小限に手を加えて、共存する思想。財力と力にモノを言わせて自然に服従を強いる文明とは異なる概念。日本の宝物だと思う。最近の建築工学などでその点を教えているのかは疑問。欧米のセメントとコンクリートを使う建築のせいで日本古来の美しい風景が台無しになりつつあることを認識するべき。

公園の中心にある噴水。冬は青色だが、水草類の影響で薄緑色に見える。私の場合、生き物がいない人工的な水たまりにはあまり関心が無い。滝やせせらぎは電気が無くても水が流れるけれど、噴水はモーターが止まったらただの水たまり。

脇の小路には小さな紫陽花らしい花。花弁も小さくて、アジサイには見えないけれど、遠くから気になっていた。

額アジサイに似た造形であるが、全体的に小ぶりであるし、葉の形が細くて普通の樹木のように見える。私はこれ見よがしでド派手なものは人も生き物も好きではないが、この花はとても好み。名前を探すと「紫紅梅」というらしい。

その近くにも色が違うタイプを発見。どちらも山アジサイの一種であるそうだ。花も葉も大型のアジサイより、こちらの方が好きだなあ。

標高が高く、涼しいせいか、まだ薔薇が残っていた。庭園は和洋折衷。

これは一見すると南国の観葉植物に見えるが、実は日本の山に入ると時々目にするギボウシ。熊笹などと一緒に集団で生えていることが多いけれど、こうして単独で植えると存在感がある。

この公園のシンボル的な存在のヒマラヤスギ。遠方から遥々ようこそ。この公園内では存在感は圧倒的だけれど、周囲の原生林には先輩たちがたくさんいる。

この公園でいつも感動するのがゴミを捨てる箱の命名。最近はとかく外来語を安易にそのまま片仮名表記する傾向が強い中、とても趣がある。発音と意味がとてもうまく融合している。

日照時間が延びているために明るいけれど、すぐに閉園の時間になっていた。下山して帰ろうと思い、切符売り場でもらった時刻表を見ていると「アジサイ電車」の文字に気付いた。来る時も沿線のアジサイは目にしていたから、その事であろうと思っていたけれど、よく読むと違っていた。アジサイ鑑賞専用の全席指定の特別列車があるらしかった。沿線のアジサイは日が暮れると照明が点灯するようになっており、その中を鑑賞しながら走ると言う企画らしい。係員に訊いてみると、ネットで指定席の予約ができ、当日の分はすでに完売していると言う。しかし、同じ時間帯には一般車両も走っているのだから、車窓からアジサイを見ることは可能なはず。せっかく来たので、日暮れまで時間潰しをすることにした。

 

ケーブルカーは強羅公園に寄るために途中下車しているので、終点の最高地点まで行くことにする。

ケーブルカーの仕組みはとても面白い。スイスの車両を導入したもので、1921年12月に開業。日本では二番目に古い。関東では最古。単線の上を太いワイヤーロープで牽引するのだ。その強力なモーターは最高地点の駅内にあり、それが6駅、高低差214m、1,2キロの距離を引っ張る。ケーブルカーが動く時には線路の間にある誘導輪の上に敷かれたワイヤーケーブルが上下に動く。誘導輪は二つ並んでいて、上下線がそれぞれ決まった方の溝を使う。この時に車輪がゴロゴロと一斉に回転を始めるので、その音と振動は独特。他の乗り物には無い雰囲気である。しかし、こんな細いケーブルで二両編成で250名を超える乗客を運ぶのだから凄い。

それ以外にも面白い特徴がある。ケーブルで引くということは、全線がつながっていることになるから、踏切は無し。なので降りるホームを間違えると、向かい側に渡る事が出来ず、次の車両が来るまで待たなければならない。

 

単線なので擦れ違い部分もあるけれど、その仕組みも通常の軌道とは異なる。ケーブルカーは車体とケーブルがセットで動くので長いケーブルを引っ張ったままですれ違わなければならない。ところが車輪は左右にあるために、線路を切り替える場所ではケーブルを踏まなければならないのだ。その為に、線路はケーブルが動くための間隔を空けて切られている。そして、ケーブルを踏む内側の車輪には、踏んで壊さないように溝の無い扁平な鉄製車輪を使っているのだ。

その仕組みを知らなくても、擦れ違い部分の線路の造形は美しく感じていたけれど、その構造を理解すると、必然性から生み出された機能美だと言える。。

少し目線をずらすと硫黄ガスの混ざった噴煙を上げている早雲地獄と呼ばれる箱根最大の爆裂火口が見える。この後ろに見えるのが箱根山の中で最高峰の神山(標高1438m)。神山の裏側には観光地で有名な大涌谷がある。最近は活動が活発になって来ていて、硫黄ガスの量が多いと通行規制となる。いつも気にしないで遊びに来ているけれど、れっきとした活火山なのだ。火山の噴火警戒レベルで言うと、ほとんど活動を止めているように見える富士山は1、噴煙を上げている桜島は3。箱根はその間の2と1を繰り返す状態なのである。つまり油断はできないということだ。

終点の早雲山駅は標高750m。ここから先はロープウェイになっていて、噴火口の早雲地獄まで行くことができる。そう言えば、今年の初めに草津の白根山が噴火したニュースが流れた。事前の予報は全く無かったということは、火山&地震研究に於いて日本は世界でもトップレベルであるにもかかわらず、現時点でも予測はほとんど不可能であることの証明だとも言える。

後ろを振り返ると相模湾が見える。箱根は外輪山に囲まれたカルデラ(スペイン語で鍋のこと)地形になっていることがわかる。

すでに早雲山からのロープウェイとバスは最終時刻になっていたので、戻ることにする。戻る方向には大文字焼で知られる明星ガ岳が見える。線路にあるはずのケーブルが見えないということは、上下線の車両が両方とも私より後ろ(上)にあるということである。そのケーブルの一本は私の乗っている車両のお尻につながっているわけだ。

一番下にある強羅駅から上方向を振り返ると沿線のアジサイと霧が出始めた早雲山を見ることができる。左にある茅葺の旧家は旧満州鉄道から分かれた海運会社の保養施設らしい。

アジサイの照明が点灯するまでまだ時間があるので、付近を散策してみた。駅周辺で会うのは外国人の方が多い。

昔ながらの旅館もあるけれど、外国人向けの施設も増えている。英語以外に、最近は中国語の表記が目立つ。この辺りも少子高齢化が進んで、現地人よりも観光客の人口の方が圧倒的に多いから、ある意味自然な変化なのだろうが、箱根らしさと時代への対応のバランスが難しいと思う。

風魔(風間)は小田原の北条氏に使えた忍者集団の事。こんな山奥ではなく海に近い風祭エリアに住んでいたと言われているけれど、無理やり箱根につなげたのだろう。メニューは箱根らしいものは少なく、ほとんどがファーストフード類。店の外観自体が箱根では浮いている気がする。昔を知っている私などは入る気もしないが、昔を知らない世代や外国人にとっては余り気にならないのかもしれない。

この周辺は元々が別荘や保養所で栄えた土地なので、今でもその名残はある。路地を歩くと老舗旅館や風格のある別荘が立ち並んでいる。観光以外の産業や住居はないので、戦時中にはあまり必要性の無い路線だとして、ケーブルカーは廃線となり、車両と線路を金属資源として供出した歴史もある。

 

登山鉄道に乗ると日が暮れて良い雰囲気になっていた。アジサイの照明は全線ではなく、所々にあるようだった。

車窓から外を見ると、一番の見どころであるアジサイ踏切周辺にはライトアップされるアジサイを撮影するためにカメラマンが集まっていた。電車内から外を見ると車内の明かりがガラスに反射してしまい見づらい。窓を開けるか、外に出た方が良さそうだ。

そのまま下山してしまうのももったいないので、一度下車して外を歩いてみることにした。駅を出るとすぐにアジサイが群生しており、その中の狭い通路を抜けると踏切に出る。

先程車窓から眺めていた踏切であるが、予想通り、外から見た方が全然美しい。昼間ほど人はいないので監視員もいない。この踏切の場所はスイッチバックをする駅の近くなので、電車が前後を入れ替えて往復する。

ちょうどアジサイ列車が来た。毎日一本だけの全席指定の特別列車で、鑑賞するために車内の明かりが消されている。使用される車両はガラス窓の面積が一番大きな最新型。アジサイの近くに来ると撮影と鑑賞のために一時停止していた。

我々とはアジサイを挟んで向かい合う形になっていたので、花の向こう側にお互いの顔が見えてしまう。せっかくアジサイを撮りに来たのに、人間が邪魔だと思っていたはず(笑)

スイッチバックして戻って来たアジサイ電車を踏切にしゃがんで見ていた。こんなに近くで電車の車輪を見るのも久し振り。

終点の強羅方面に消えていく様子。個人的には指定席をわざわざ買って乗るよりも、外に出て見る方が良いのではないかと思った。

駅に戻ると、ホームで待っていたのは一番古い旧型車両。見た目は一番愛嬌があり、雰囲気がある。本当はこいつがアジサイの中を走っている様子が撮りたかったけれど、そこまで電車&写真マニアではないので、帰ることにした。

旧型の操縦席には緊急ブレーキらしい巨大なハンドルがある。金属部分はほとんどが鉄製でステンレスやアルミは少ない。リニューアルするたびにペンキを適当に上塗りするために表面が凸凹するのが、当時の古い車両の特徴。これは鉄製の機械類全般に言える特徴で、船舶や車にも見られる。それらが独特の質感を醸し出すのだ。

普通の車両からでもアジサイはよく見えた。車内の明かりを消せばもっとよく見えるのかもしれないけれど、これでも十分楽しめる。

箱根湯本駅に戻ると、すでに観光客の姿は皆無で、商店街も閉まっていた。小田急線との連絡ホームにも人の姿はまばら。

いつもは車やバイクであっと言う間に走り抜けてしまうので、箱根を歩いて散策したのは久し振り。とても新鮮な一日だった。

 

登山鉄道のHPに素敵な動画があった。映像も音楽も素晴らしく、アジサイや旧型車両の雰囲気など、見どころを抑えている動画だと思う。実際にアジサイ電車に乗っている気分になれる。

天気が不安定な時、バイクでの遠出は少し注意が必要。しかし、灯台下暗しと言うように、地元にも素敵な所は色々ある。

初夏から梅雨にかけてはアジサイと花ショウブの季節。この公園は藤の花でも有名であるが、すでに終わっている。ここの屋外エリアには知り合いのアーティストなども多数出展する。

試しに行ってみたら、これが大正解で見頃。紫は「春の海」。黄色は「金冠」。

アジサイも日当たりのいい場所と日影で差があるけれど、なかなかいい感じ。

個人的には豪華なものより、質素で大人しいものに惹かれる。

なので、鞠のようなアジサイより額アジサイが好み。

アジサイと菖蒲が両方見える場所はないものかと探していたら、木陰に発見。適度な混み具合が良い。

花ショウブは北海道などでは自然の原種が川沿いに群生しているらしいが、都会ではほとんどが鑑賞用に改良されたもの。

江戸時代には観賞用として人気を博し、カキツバタと共に日本画の題材としてもよく登場する。

尾形光琳の有名な「燕子花図屏風」。中国起源の漢名は漢方薬などの学術用語(菖蒲、杜若)以外に見た目を形容した俗名が多い。このようにヒラヒラした花弁はツバメ、蝶々、鳶の尾などと言われて、混同している人も多い。

菖蒲もアジサイも花は派手だけれど、香はそれほどでもない。モンシロチョウはちゃんとそれを知っているので、人間は目にも留めない様な小さな花の蜜を吸っていた。

赤白で源平カラーなので「源平シモツケ」。

この公園から小一時間ほどの所にある名園につく頃には閉園間近だったので、入園は中止。陽が延びているのに、夏時間の設定が無いのは残念。

改修中の中国庭園の池にはまだ眠っていない睡蓮がいくつかあった。夕方になると花弁は閉じるのが普通。

駐車場に戻ると、野ざらしの名機関車を発見。D51型。通称デゴイチ。老朽化の為に立ち入り禁止になっているのが残念。ここは市営公園だけれど、こういうアナログの文化遺産の価値がわからない人が増えているのだ。残念。

中華街も近いが、一人で食事をする気にはならないので、散策するのみ。

最近は昔の中華街からは想像できないようなお店が増えている。庶民的、低年齢化したので、以前のような風格はない。

それになぜか占いのお店が多い。「犬も歩けば棒に当たる」と言う格言があるが、中華街を歩けば占い師にぶつかる、と言えそうである。週末は主に女性客や若年の客たちで大賑わいだが、平日は暇を持て余して店頭で居眠りをしている。

食事はいつも気になっていた戦後からある昭和の古い食堂に寄ることにした。ここは国道に面していており、付近に駐車場が無いのだ。バイクならば店の前に停められると思って、中央分離帯を跨いだら、ハプニング発生。

自分のバイクは車高が低いために、腹を分離帯の突起に擦ったらしく、その時にサイドスタンドのスプリングが外れてしまった。スタンドがブラブラと垂れ下がった状態なので動けば路面にカチャカチャぶつかって走ることができない。幸いに店の前にはガードレールがあったので、そこに寄りかからせて修理をすることにした。400キロもあるので、倒れて来たら大事だ。通りすがりの人達はデカいバイクの下に坐り込んで作業をしている私に好奇心と気遣いで声をかけてくれるけれど、相手をしている暇がない。近くにあるベンチに坐って見物する人まで現われた(笑)。

外れたスプリングは路上に転がっていたから、元の位置に取り付ければ良いのだが、バネの力が強いので工具で引っ張ってもハメることができない。写真の芋虫みたいな太いバネをスタンドの中ほどにある穴にはめ込めばいいだけなのに、これが困難。結局スタンドを根元から取り外して、スプリングをハメてから取り付けて修理は成功。近くにガードレールが無ければ無理な作業だったので、ラッキー。

お店は学生時代から知っていたけれど、入ったのは今回が初めて。ご主人は80を超えていると思われる。お店は終戦後から続いているらしい。和洋中の何でもありの昭和食堂スタイル。最近は小洒落たファミレスが主流になり、こういう食堂に来る客は減っているから、次々と昭和の食堂は閉店している。最近の若者はボロい食堂よりも便利で衛生的なお店を好む傾向があるらしい。そして、後継ぎがいない&継ぎたがらないという事情も多い。この店もそうかもしれない。後継ぎらしい人はおらず、老夫婦が精を出していた。

8時過ぎなのに学生やら職人たちが入って来るところを見ると、常連がかなりいるようだ。彼らが注文するのは常連だからこそわかるようなセットメニュー。Aセット、Bセット、和風、中華風、洋風などと呼ばれており、組み合わせるオカズが違っている。

自分は無難で基本の味や腕がわかる、シンプルなチャーハン&ラーメンセット。使用する具材、盛り付けの方法が正に昭和の伝統そのもの。

昭和の雰囲気の必要条件としては、店員さんも全員日本人である事。時々、外国人のバイトさんがいることがあるが、あれだと昭和の雰囲気が出ないから、がっかりすることがある。自分の場合は雰囲気も味の内なのだ。

 

帰る前に食堂の前で記念撮影をしていたら、奥様が私の様子を見に出て来た。店に入る前にバイクを修理した話をしたので、それを心配したのだろう。様子を見るついでに、店の周囲をほうきで掃き掃除していた。こういうところも昭和だな。昭和の良さはそれ以前の伝統的な日本の思想と教育による遺産。しかし、その一方で、戦後は覇権主義の他国に抵抗した日本がなぜか自虐史観を持つように、教えられ、尊重するべき伝統的思想を軽視&否定する教育が行われている。このままだと日本は滅びると思う。

 

春から夏にかけては草花が活気づいているので、まさしく百花繚乱。こちらも休日は大混雑の為に、平日を狙って来ます。しかし、いつもお気に入りのランチセットは売り切れ。なので、鯛茶漬けセット。和食は器や色も楽しみの一つ。しかし、海育ちの自分としては、美味しい刺身にお茶をかけて食べるのはピンと来ませんでした。せっかくの生の良さが台無しになるし、お湯をかけると生臭さが強くなると思います。

鉄馬乗り(ライダー)は基本的に外が好き。しかし、ここはやぶ蚊も多いので、屋外の席はその日の状況次第。まだ大丈夫だと言うので、外にしました。以前はこの辺に池があったのですが、それを埋めてからはだいぶ減ったそうでした。

お洒落な水盤。こういうアレンジにセンスが出ます。中には和メダカがいました。しかし、土の部分が少ないので水を小まめにする必要がありそうです。

ランチの時間を大分過ぎた後の半端な時間帯なので、観光バスはいなくなり、人も減りました。つかの間の静けさ。こういう時がシャッターチャンス。

所々に展示品を監視するスタッフもいらっしゃいますが、イタズラや損壊の恐れが無いとわかると親切に対応してくださいます。来るたびに毎回している記念撮影。

私の知る限りでは、野外彫刻や造形作品は観客との触れ合いも想定して作られているものも多いです。子供のような純真な精神を持ち続ける芸術家たちは、子供たちに実際に触れて感じて欲しいと思っている人も多い。

しかし、最近は非常識な人間も増えているので、展示作品には触れられずに、立ち入り禁止となっている場所も少なくありません。その点、この美術館は寛容です。そういう自由でゆとりを感じさせる雰囲気も私がリピートする理由。

とは言うものの、何事も程度問題。これは「カモメと男」ですが、繊細な作品はむしろ触る方が非常識。しかし好奇心旺盛な子供にはそれがわかりませんから、同行する親や大人がそのケジメを教えるべきです。最近はそれができない大人や親が増えているので、不愉快な規制もせざるを得ないのです。

そうやって育まれるのが芸術を鑑賞して愛でる文化。欧米にはこれが早くから庶民の間にも根付いているのが日本との違い。今の日本は特権階級や伝統芸能などの限られた世界でしか、教育されていないのが残念です。芸術は本来はそんなにお高い概念ではなく、日常生活の中に普通に取り込まれる内容だと思います。欧米の食卓では可愛いテーブルウェアか壁紙などの部屋のインテリアにもこだわりがあり、一般大衆もそれぞれこだわりがあります。お客様をもてなす時の視点も考える。だからデザイナーや芸術家も切磋琢磨するようになります。

これは物質的な豊かさが背景にはあるのかもしれません。そういうことにこだわるだけの経済的なゆとりと、芸術に対する造詣の深い歴史が伴って培われた文化なのでしょう。

あちらの地下鉄通路や道端では大道芸が日常的に見られますが、大人も子供も鑑賞する楽しさとマナーを知っている。例えば、鑑賞後には、楽しませてもらったお礼と当人への労いの意味、将来の期待を込めて投げ銭をします。よほどレベルの低い内容を除いて、基本的にはほとんどの場合、かなりの人が投げ銭をしています。ところが、日本では終わると、タダで得をしたというような顔をするだけで、そのまま立ち去る人が圧倒的多数です。

これは物質的な文化だけではなく、精神的なゆとりとか哲学的な違いが関係していると思います。

元来物質的に貧しい日本ですが、歴史的には独自の精神世界を持っているはずでした。大道芸等の芸能もありましたし、それを娯楽や教養として認めてもいました。今の投げ銭に相当するオヒネリの習慣もありました。正月の獅子舞や大道芸人たちが家々を訪問すると、それらに対して心付けをするのが習慣でした。それがいつから他人の芸術に対する敬意や感謝の気持ちを失ってしまったのでしょうか?なんだか、物は豊かになっても、心が貧しくなっている気がします。

この作家は金属や木も使いますが、特に石の色や模様を活かすのがとても上手。違った色合いの石を組み合わせて花模様のドレスを着た女性を表現しています。

巨大な彫刻から小さくて可愛い作品もあります。

波打ち際の白波と砂地の波紋が表現されています。硬いはずの石が柔らかく有機的に感じます。

これらの人物は10センチに満たないサイズです。作品全体のサイズもそれほど大きくはないのですが、表現しているスケールが大きく感じるところが素晴らしいと思います。

テーマも多様。聖書に関する伝統的なものから、独自の発想の作品などがあります。この白い大理石の像は「祈るヨブ」。聖書の登場人物です。

こちらは「回転する男」という題名の作品。不気味だと言う人もいますが、私は石なのに肉感的な肌の表現に感動します。

室内の展示で一番のお気に入りは女性の姿をした「説教台」。頭の部分は濃い灰緑色をした石で、胴体はアイボリーの石を用いています。話が下手な人が説教をしても上手に聞こえてしまいそうです。

説教台から会場を見渡すとこういう感じに見えます。何という贅沢な空間なのでしょうか。部屋にベッドを置いただけで居場所がなくなってしまうようなウサギ小屋に住んでいる日本人にはとても羨ましく感じます。

この美術館は庭園が美しい事でも有名です。専門の庭師によるガーデニングや草花のセミナーも開かれています。特にクレマチスと薔薇は有名で、「クレマチスの丘」とも呼ばれます。

植物園と違うのは、単に植物を分類して展示しているだけではなく、展示作品として芸術性が考えられているところです。この点は、先ほど言った欧米の街並みとアジアのそれとの違いと同じです。先日行った神代植物園は一部を除いて、基本的に薔薇を種類ごとに並べて植えているだけです。なので、雑然としていて統一感が欠けていました。

上のクレマチスと、下草の調和を考えて植えられています。草花の表示も丁寧にされていましたので、とてもこだわりと自負心を感じます。同じ商品を並べてもデパートと個人がこだわっているブティックでは違いますからね。

 

深紅のはマダム・ジュリア・コレポン。大人の赤です。

紫色の可憐なプリンセス・ダイアナ。

同系列の色でプリンセス・チャールズもありました。

クレマチスは十字型や時計の針のような形をしているものが大半ですが、ベルみたいな形状のものもあり、「籠口」というそうです。カゴを逆さまにした形容です。

上ばかりではなく、下草も素晴らしいです。見たこともない珍しい品種がたくさんあります。表面に細かい繊毛が生えている手触りが名前の通り「子羊の耳」なので、いつも触ってしまいます。

この凄い形状をしたものはフルブレッセンスというそうでした。葉は青みがかっていて、ベル状の紫の花がぶら下がっているのです。

この赤い花は名前を忘れました。小さいけれど、近寄るとデザインがとても可愛いのです。質感も造花のようです。

この目にまぶしいほどの青緑色の花はデルフィニウムバガンパープル。初めて見ましたが、とにかく目立ちます。

周縁部はクレマチスのフェンスで囲まれていますが、植えるクレマチスの色と下草の花々の形状や色も考慮されています。こういう組み合わせは見事です。さすがはプロの仕事だと感じます。単に植物に詳しいのと、それを使って造園するのとではセンスが違うのです。

これも名前を忘れましたが、青と赤系の多いク庭園の中ではとても目立っていました。

庭園の真ん中には巨大な彫刻があり、下は通路になっています。

かなりの時間をかけて鑑賞していたのでデジタルカメラの電池が切れました。陽が延びているので明るいものの、時間は夕方に近くなっていました。なので、噴水の睡蓮はすでに閉じています。

西洋式庭園にしては珍しく、池には数多くのオタマジャクシがいました。しかし、私は清潔で生き物がいない噴水より、こういった自然の池の方が好きです。

こちらは薔薇のエリアです。スペイン語で「踊ろう」という意味のバイランド。束ねられたブーケのような薔薇です。

白いのはフラウ・ホレ。他の白いバラはすでに見頃を過ぎていましたが、これはちょうど良い感じでした。

薄いピンクが上品なジョンハクスタブル。花弁も透明感があって女性的な美しさです。

これも色は似ていますが、名前通りに少し豪華。ジュビレ・デュ・プリンセス・デ・モナコ。薔薇と言うと深紅のイメージが強かったのですが、色々見て来ると先入観が変わります。

ラルサ・バビロン。このエリアの花はGWの頃が見頃で、ほとんどが終わりです。例年より開花も早かったそうです。

今回は開花のタイミングには遅れたものの、なぜか見るものが多くて疲れました。見頃は過ぎているので花々の数は少ないはずなのに、観光客が少なかったせいで、細かいところまでじっくり鑑賞できたのだと思います。当日も天気予報では曇&雨の予報でしたが、ずっと晴れており、非常にラッキーでした。

疲れたので、薔薇園の中にある喫茶店で小休止。普段はそれほど疲れませんし、短時間で鑑賞してしまうので、ここに入るのは久し振りでした。お客さんの食べている様子を見て、美味しそうだったスコーンセットを注文。席もクレマチスと薔薇に囲まれています。

ここの注文カウンターには毎回小さなガラスの花瓶に庭園で採れる花々が生けられています。

今回購入したのはこの一輪挿しタイプ。水の容量に限りがありますが、面白いデザインが気に入りました。

陽が大分傾いて来たので、明るいうちに残りを鑑賞。この彫刻の後ろは薔薇の壁とも言われるほどの有名スポット。

これでも十分だと感じますが、見頃の時にはこれよりもさらにぎっしりと薔薇で埋まっています。

その並びにあるのがブラシの花。コップを洗うブラシにも見えますが、私にはいつも巨大な毛虫に見えます。

黄色いカスタードファンブル。美味しそう。名前からシュークリームを想像してしまいました。クレマチスはほとんど匂いませんが、薔薇は香りも濃厚。私は名前すら覚えられませんが、香りで種類がわかる人もいるのかもしれませんね。

帰り道にひときわ緑が鮮やかな樹を発見。周囲の緑とは全く違った存在感があります。名前を見るとニセアカシア。北米原産のマメ科植物だそうです。花は食用、お酒にも使えるそうです。

透明感のある緑で、左右対称の小さな葉並びがとても綺麗なのです。下から見ると、重なり合った造形が面白い。

庭園から出口に向かう小路にはシンプルな色彩のクレマチス。ずっと色とりどりの花を見てきた眼には新鮮に映ります。

女性に一番人気のビエネッタが大きな壺に山盛りになっていました。この美術館は外に売店があり、苗木も扱っているのですが、この品種はすぐに売り切れるそうです。当日も売り切れでした。

庭園は終わりですが、実はこの先の出口までのせせらぎのある小路が素敵なのです。ビオトープになっており、ハーブ類が植えられています。この小さな黄色い花もローズマリーに香りが似たハーブです。売店で名前を聞いたのに忘れてしまいました。

出口までクレマチスの壁です。壁の向こう側はレストランです。

駐車場に戻った時には陽がすっかり傾いていました。お土産コーナーや売店は人も少ないので店仕舞いを始めていました。帰りにクレマチスの苗木を買うつもりでしたが、午前中に大型観光バスで来た観光客が大量に買って行ったために、人気の品種は売り切れでした。

行きには気付きませんでしたが、駐車場の入り口には可愛いペイントが施してありました。これはよいアイディア。味気ないアスファルト舗装が楽しくなります。

そのまま帰るのも面白くないので、ウナギでも食べて帰ろうと思い、いつものお馴染みのお店に向かっていると、気になる建物を発見。一瞬だったのですが、ガラス窓の向こうに富士山が見えたような気がしました。

ここは市街地に下る坂の途中で、西側には富士山があるのです。好奇心に従い、Uターンして戻ってみました。すると、大正解。大きなガラスの向こう側に富士山がありました。建物自体も昭和の匂いがプンプンして来る雰囲気です。床下は駐車スペースのつもりかもしれませんが、子供の背丈ほどしかないので、入る気にはなりません。

しかも、ちょうど日没の時間帯だったので、夕食をしながら日没が楽しめそうです。というわけでワクワクしながら入店すると、内装も昭和です。アメリカナイズされたものが多かった当時としてはヨーロッパ調のお洒落なドライブインです。

窓の下には栗の花が満開でした。地理を知りたくて、スマホで地図を見たところ、先ほどまでいた美術館は富士山の手前にある山の麓に位置していました。住宅地の向こうは様々な工場が連なっているようです。

注文したのはお店オリジナルの味噌漬けポークソテー。盛り付けも昭和の洋食っぽい。美味しかった。私は牛よりも豚が圧倒的に好きです。お昼の鯛茶漬けが不満足でしたので、少し気分が晴れました。

タイミングよく食事をしながら日没を楽しむことができましたが、知らなかった発見がありました。私の地元の三浦半島から見ると、季節によって太陽が沈む位置が富士山を跨いで移動するのです。なので、夕日が富士山頂に沈む時にはダイヤモンド富士と言ってカメラマンたちが集まるのです。ところが、この場所では夕日が富士山を越えることは一年を通して有り得ないそうでした。ですから、夕日はこの写真の様に手前の山の背後に沈みますので、美しい影富士は見ることができません。影富士は背後にある夕日が間接照明となって浮かび上がる現象だからです。

ちなみにこれは葉山の日没ですが、5月の時点ですでに富士山と江ノ島を越えた右側に沈んでいます。知らなかったなあ。

そう言えば、このレストランに入る時に「夕日が沈む様子が綺麗に見えそうだからお邪魔しました」と挨拶をしたところ、店主の反応が薄かったのはこのせいだと後から気付きました。