鎌倉周辺のアジサイ鑑賞の為に訪れる観光客が多く、周辺部は大渋滞が続いていた。所用で移動する地元民たちにとっては非常に迷惑な話でもあるけれど、観光地に住むメリットと裏返しのリスクだとも言える。その話をしていたところ、箱根のアジサイも有名だと言う話になった。
しかし、頻繁に箱根周辺の山道を走っている自分にはアジサイがそれほど多いと言われる実感がほとんどない。何でだろうと考えてみると、走りながら見る景色は一瞬であるのと、道路に面したところにアジサイが植えられているとは限らないことに気付いた。
というわけで、その真偽を確かめるために、車を降りて鉄道&徒歩で散策をしてみることに。

自分がいつもお世話になる駐車場から川を渡ると登山鉄道の駅がある。この周辺は蛍鑑賞もできることで知られている。休日は最も渋滞するエリアだ。

駅に向かう途中の路上にキラリと輝く物体を発見。なんとタマムシ。昔は自宅にも来ていたけれど、最近は見ない。久しぶりの再会に感動。しかし、ずっと動かないので違和感を覚え、よく見ると足を無数のアリたちに噛まれて動けない様子。これは死を迎えて弱っている末期と、羽化したばかりの身体が柔らかい時に見られる。観察すると身体の輝きは美しく、新しいので、羽化直後に襲われていると判断。アリたちを追い払って、樹の葉の上に逃がした。

アリと比べれば巨大な身体をしているのだから逃げられそうなものなのに、集団に襲われるとかなわないのだ。ガリバー旅行記の中で、ガリバーが小人たちに地面に縛り付けられている場面が思い浮かんだ。
登山鉄道に乗る前に老舗のそば屋に行ったら大混雑。店外に30名近い行列を見て、食べる気を無くす。他の店で食事を済ませて液に向かう途中に可愛い鳴き声を聞く。巣立ち間近なツバメたち。

改札を入ると電車が出たばかりなので、最前列に並ぶことになる。これが幸いなことに、電車の最前列に坐ることができた。こういう席に坐るのは学生時代の電車通学以来。メカ好きなので、景色よりも車掌の操縦方法や計器類が気になってしまう。

乗車したのは最新型の車両。窓も大きくて景色が見易く作られている。対面から来たのは一番古い旧型。姿形が可愛らしい。江ノ電もそうだけれど、旧式の車両はみんな可愛い。

すぐに感じたことは、いつも来ている箱根とは全く別の景色。車窓からの風景と車やバイクで道路を走るのとでは全然違うのだ。いつもなら、一瞬で潜り抜けてしまう鉄製の架橋部分の、造形美と渡る時に響き渡る電車の音と振動などの全てが新鮮に感じる。

電車は鉄製の車輪で鉄製の軌道の上を走るため、傾斜がきついと車輪が滑って上ることができない。しかし、ゆるい傾斜の軌道を作るためにはとても長い距離が必要。しかし、実際には地形や方角の制限もあるので、スイッチバックという方法が考え出された。これは前後にジグザグに動きながら徐々に上って行く方式。

画像の突き当りまで行ったら、今度はバックして右側にある線路を上るのだ。操縦士はそのたびに前後の操縦席を行ったり来たりする。ゴムのタイヤを履いた車やバイクに比べると、とても面倒くさいけれど、鉄製の巨大な電車なのだから仕方がない。

スイッチバックの構造を航空写真で見るとジグザグになっていることがよくわかる。単線なので、スイッチバック地点の複線を利用して、上下線の入れ替えも行う。そこにもアジサイが見ごろになっていた。

スイッチバックを行う駅の周辺が一番の名所らしく、踏切には鉄道ファンと紫陽花を撮影に来たアマチュアカメラマンたちが並んでいた。観衆整理と安全監視の係員まで配備されている。車掌さんもこの場所はわざとゆっくり通過するようにしているらしい。

終点は強羅駅。手前のカーブにはいつもカメラマンがいる。そのカーブの向かい側には変わり種餃子の名店があったけれど、工事中のようだった。せっかくなので、食事をしようと思って電話をしてみてビックリ。隣にあったクリーニング屋からのもらい火で全焼してしまったそうなのだ。店舗が無いので、裏の仮店舗で持ち帰り用の餃子を販売したり、小規模な食事を提供しているそうだった。応援するので、是非頑張って欲しい。鉄馬乗りは是非食べに行きましょう。
江戸時代に火事は街を焼き払うほどの大災害であり、過失者は死罪となるほどだったけれど、やはり火事は怖い。

登山鉄道の周遊券は当日なら何度でも乗り降りすることができる。しかも、強羅の先のケーブルカーもセット。せっかくなので、強羅公園を散策。

この公園は歴史も古いので、施設も老朽化が目立っているが、毎回季節ごとに何かのイベントを開催している。当日はアジサイの展示と販売だった。公園の敷地は斜面に沿って縦長にあるので、ケーブルカーの駅も公園上と公園下の2駅ある。それほど遠くない距離であるが、斜度がきつく、ギアの無い自転車なら上ることはできないほど。

色々な植物園を見て感じることは、施設よりもスタッフの思想や感性が重要だということ。小さくても、創意工夫が感じられて、可愛らしい花壇もあれば、施設が大きなだけで、適当に植えられている所もある。それが、単なる施設のスタッフと好きでその道に入ったプロの庭師との違いだと思う。庭師には植物の知識プラス、芸術的なセンスも必要なのではないだろうか。

最近はガーデニングも普及して、様々な植物を目にすることが多くなったので、ガーデニングショップと同様の展示をしても新鮮味は感じられないのだ。むしろ、お洒落なガーデニングショップの装飾デザインとアイディアはお店のスケールを超えたものもあるから有名な庭園もおちおちしてはいられない。

その点、この公園にあるお茶室は素晴らしい。お茶の結界内部は創意を凝らした小宇宙であるから、単なる公園や植物or建築の展示場とは違う。

人間の存在を自己主張し過ぎない、ほどほどの自然さが素晴らしいと思う。自然や景色を活かしつつ、最小限に手を加えて、共存する思想。財力と力にモノを言わせて自然に服従を強いる文明とは異なる概念。日本の宝物だと思う。最近の建築工学などでその点を教えているのかは疑問。欧米のセメントとコンクリートを使う建築のせいで日本古来の美しい風景が台無しになりつつあることを認識するべき。

公園の中心にある噴水。冬は青色だが、水草類の影響で薄緑色に見える。私の場合、生き物がいない人工的な水たまりにはあまり関心が無い。滝やせせらぎは電気が無くても水が流れるけれど、噴水はモーターが止まったらただの水たまり。

脇の小路には小さな紫陽花らしい花。花弁も小さくて、アジサイには見えないけれど、遠くから気になっていた。

額アジサイに似た造形であるが、全体的に小ぶりであるし、葉の形が細くて普通の樹木のように見える。私はこれ見よがしでド派手なものは人も生き物も好きではないが、この花はとても好み。名前を探すと「紫紅梅」というらしい。

その近くにも色が違うタイプを発見。どちらも山アジサイの一種であるそうだ。花も葉も大型のアジサイより、こちらの方が好きだなあ。

標高が高く、涼しいせいか、まだ薔薇が残っていた。庭園は和洋折衷。

これは一見すると南国の観葉植物に見えるが、実は日本の山に入ると時々目にするギボウシ。熊笹などと一緒に集団で生えていることが多いけれど、こうして単独で植えると存在感がある。

この公園のシンボル的な存在のヒマラヤスギ。遠方から遥々ようこそ。この公園内では存在感は圧倒的だけれど、周囲の原生林には先輩たちがたくさんいる。

この公園でいつも感動するのがゴミを捨てる箱の命名。最近はとかく外来語を安易にそのまま片仮名表記する傾向が強い中、とても趣がある。発音と意味がとてもうまく融合している。

日照時間が延びているために明るいけれど、すぐに閉園の時間になっていた。下山して帰ろうと思い、切符売り場でもらった時刻表を見ていると「アジサイ電車」の文字に気付いた。来る時も沿線のアジサイは目にしていたから、その事であろうと思っていたけれど、よく読むと違っていた。アジサイ鑑賞専用の全席指定の特別列車があるらしかった。沿線のアジサイは日が暮れると照明が点灯するようになっており、その中を鑑賞しながら走ると言う企画らしい。係員に訊いてみると、ネットで指定席の予約ができ、当日の分はすでに完売していると言う。しかし、同じ時間帯には一般車両も走っているのだから、車窓からアジサイを見ることは可能なはず。せっかく来たので、日暮れまで時間潰しをすることにした。
ケーブルカーは強羅公園に寄るために途中下車しているので、終点の最高地点まで行くことにする。

ケーブルカーの仕組みはとても面白い。スイスの車両を導入したもので、1921年12月に開業。日本では二番目に古い。関東では最古。単線の上を太いワイヤーロープで牽引するのだ。その強力なモーターは最高地点の駅内にあり、それが6駅、高低差214m、1,2キロの距離を引っ張る。ケーブルカーが動く時には線路の間にある誘導輪の上に敷かれたワイヤーケーブルが上下に動く。誘導輪は二つ並んでいて、上下線がそれぞれ決まった方の溝を使う。この時に車輪がゴロゴロと一斉に回転を始めるので、その音と振動は独特。他の乗り物には無い雰囲気である。しかし、こんな細いケーブルで二両編成で250名を超える乗客を運ぶのだから凄い。

それ以外にも面白い特徴がある。ケーブルで引くということは、全線がつながっていることになるから、踏切は無し。なので降りるホームを間違えると、向かい側に渡る事が出来ず、次の車両が来るまで待たなければならない。
単線なので擦れ違い部分もあるけれど、その仕組みも通常の軌道とは異なる。ケーブルカーは車体とケーブルがセットで動くので長いケーブルを引っ張ったままですれ違わなければならない。ところが車輪は左右にあるために、線路を切り替える場所ではケーブルを踏まなければならないのだ。その為に、線路はケーブルが動くための間隔を空けて切られている。そして、ケーブルを踏む内側の車輪には、踏んで壊さないように溝の無い扁平な鉄製車輪を使っているのだ。
その仕組みを知らなくても、擦れ違い部分の線路の造形は美しく感じていたけれど、その構造を理解すると、必然性から生み出された機能美だと言える。。

少し目線をずらすと硫黄ガスの混ざった噴煙を上げている早雲地獄と呼ばれる箱根最大の爆裂火口が見える。この後ろに見えるのが箱根山の中で最高峰の神山(標高1438m)。神山の裏側には観光地で有名な大涌谷がある。最近は活動が活発になって来ていて、硫黄ガスの量が多いと通行規制となる。いつも気にしないで遊びに来ているけれど、れっきとした活火山なのだ。火山の噴火警戒レベルで言うと、ほとんど活動を止めているように見える富士山は1、噴煙を上げている桜島は3。箱根はその間の2と1を繰り返す状態なのである。つまり油断はできないということだ。

終点の早雲山駅は標高750m。ここから先はロープウェイになっていて、噴火口の早雲地獄まで行くことができる。そう言えば、今年の初めに草津の白根山が噴火したニュースが流れた。事前の予報は全く無かったということは、火山&地震研究に於いて日本は世界でもトップレベルであるにもかかわらず、現時点でも予測はほとんど不可能であることの証明だとも言える。
後ろを振り返ると相模湾が見える。箱根は外輪山に囲まれたカルデラ(スペイン語で鍋のこと)地形になっていることがわかる。

すでに早雲山からのロープウェイとバスは最終時刻になっていたので、戻ることにする。戻る方向には大文字焼で知られる明星ガ岳が見える。線路にあるはずのケーブルが見えないということは、上下線の車両が両方とも私より後ろ(上)にあるということである。そのケーブルの一本は私の乗っている車両のお尻につながっているわけだ。

一番下にある強羅駅から上方向を振り返ると沿線のアジサイと霧が出始めた早雲山を見ることができる。左にある茅葺の旧家は旧満州鉄道から分かれた海運会社の保養施設らしい。

アジサイの照明が点灯するまでまだ時間があるので、付近を散策してみた。駅周辺で会うのは外国人の方が多い。

昔ながらの旅館もあるけれど、外国人向けの施設も増えている。英語以外に、最近は中国語の表記が目立つ。この辺りも少子高齢化が進んで、現地人よりも観光客の人口の方が圧倒的に多いから、ある意味自然な変化なのだろうが、箱根らしさと時代への対応のバランスが難しいと思う。

風魔(風間)は小田原の北条氏に使えた忍者集団の事。こんな山奥ではなく海に近い風祭エリアに住んでいたと言われているけれど、無理やり箱根につなげたのだろう。メニューは箱根らしいものは少なく、ほとんどがファーストフード類。店の外観自体が箱根では浮いている気がする。昔を知っている私などは入る気もしないが、昔を知らない世代や外国人にとっては余り気にならないのかもしれない。

この周辺は元々が別荘や保養所で栄えた土地なので、今でもその名残はある。路地を歩くと老舗旅館や風格のある別荘が立ち並んでいる。観光以外の産業や住居はないので、戦時中にはあまり必要性の無い路線だとして、ケーブルカーは廃線となり、車両と線路を金属資源として供出した歴史もある。
登山鉄道に乗ると日が暮れて良い雰囲気になっていた。アジサイの照明は全線ではなく、所々にあるようだった。

車窓から外を見ると、一番の見どころであるアジサイ踏切周辺にはライトアップされるアジサイを撮影するためにカメラマンが集まっていた。電車内から外を見ると車内の明かりがガラスに反射してしまい見づらい。窓を開けるか、外に出た方が良さそうだ。

そのまま下山してしまうのももったいないので、一度下車して外を歩いてみることにした。駅を出るとすぐにアジサイが群生しており、その中の狭い通路を抜けると踏切に出る。

先程車窓から眺めていた踏切であるが、予想通り、外から見た方が全然美しい。昼間ほど人はいないので監視員もいない。この踏切の場所はスイッチバックをする駅の近くなので、電車が前後を入れ替えて往復する。

ちょうどアジサイ列車が来た。毎日一本だけの全席指定の特別列車で、鑑賞するために車内の明かりが消されている。使用される車両はガラス窓の面積が一番大きな最新型。アジサイの近くに来ると撮影と鑑賞のために一時停止していた。

我々とはアジサイを挟んで向かい合う形になっていたので、花の向こう側にお互いの顔が見えてしまう。せっかくアジサイを撮りに来たのに、人間が邪魔だと思っていたはず(笑)

スイッチバックして戻って来たアジサイ電車を踏切にしゃがんで見ていた。こんなに近くで電車の車輪を見るのも久し振り。

終点の強羅方面に消えていく様子。個人的には指定席をわざわざ買って乗るよりも、外に出て見る方が良いのではないかと思った。

駅に戻ると、ホームで待っていたのは一番古い旧型車両。見た目は一番愛嬌があり、雰囲気がある。本当はこいつがアジサイの中を走っている様子が撮りたかったけれど、そこまで電車&写真マニアではないので、帰ることにした。

旧型の操縦席には緊急ブレーキらしい巨大なハンドルがある。金属部分はほとんどが鉄製でステンレスやアルミは少ない。リニューアルするたびにペンキを適当に上塗りするために表面が凸凹するのが、当時の古い車両の特徴。これは鉄製の機械類全般に言える特徴で、船舶や車にも見られる。それらが独特の質感を醸し出すのだ。

普通の車両からでもアジサイはよく見えた。車内の明かりを消せばもっとよく見えるのかもしれないけれど、これでも十分楽しめる。

箱根湯本駅に戻ると、すでに観光客の姿は皆無で、商店街も閉まっていた。小田急線との連絡ホームにも人の姿はまばら。

いつもは車やバイクであっと言う間に走り抜けてしまうので、箱根を歩いて散策したのは久し振り。とても新鮮な一日だった。
登山鉄道のHPに素敵な動画があった。映像も音楽も素晴らしく、アジサイや旧型車両の雰囲気など、見どころを抑えている動画だと思う。実際にアジサイ電車に乗っている気分になれる。