海外の友人たちとのコミュニケーションにSNSは便利であるため、フェイスブックを使っているけれど、あちらは表面的な事象の投稿がほとんど。景色や飲食、趣味の話など。一方で社会的、政治的な発言をするのは嫌われるみたい。私の場合、あちらは公的な社交の場で、現実世界では真逆。お酒の場でも愚痴や猥談はほとんど興味が無く、どちらかと言うと、SNSでは嫌われるような話題ばかりしている。ところが、こいつが意外に好評なので、時々まとめてブログに転載することにした。
最近思うのが権力者たちの横暴。それと言論の自由に対する危機感。自分たちに気に入らない事を言うからと言って殺してしまうのだから、全く非人道的と言うか、ふざけた話である。しかし、これはやり方が間抜けであっただけで、同様の暗殺はあちこちで行われているのが事実。

例えば、植民地であった国の革命家や運動家が台頭して来ると、なぜか飛行機や交通事故で急死。事件の核心に迫った内容を取材している写真家や記者が、事件に巻き込まれて亡くなる。今回のカショギ氏の関係者もそのリスクを承知で対策を講じた上で現場を本人が訪ねたわけだが、その対策も虚しく殺害されてしまった。幸いに、その対策として収集していた動画や音声資料によって今回の殺害事件が公になったわけだけれど、それが無ければ闇に葬られたに違いない。
その後にイスラム武装組織に長期間拘束されていた記者が無事に帰国した。これは一見ハッピーな内容。しかし、裏もありそうなので、単純に喜ぶのはまだ早い。記者として自ら危険地帯に飛び込んだ勇気は認めるけれど、目的であった、現地の事実を伝える報道はまだ何もなされていない。身代金を払わずに帰れたとは思えないが、言ってみれば、身代金はその取材報酬。相応の取材結果を示すべきだろう。それと、身代金は返済させるべき。少なくとも取材報酬は返済。いくらなのか知らないが、本人に過失の無い民間人が拘束されたのではなく、警告を無視して危険地帯に自ら入ったのであるから、有事の場合、自己責任が当然だろう。税金を使うのには納得できない。支援者や団体がある場合はみんなで返済させるべきだと思う。

基本的に自分たちに不利になる取材を許可して公表させる人、組織はいないと思う。むしろ拒否されるか排除(殺害など)するのが普通。その反対に、「国際ニュースは虚偽なので是非とも真実を報道してください」と相手から頼まれたのであれば、拘束されるはずはなく、逆に優遇されるだろう。頼まれたはずなのに、敵につかまってしまったと言うことなのか?早く体験した内容を公表していただきたいものだ。(このブログを書いた後でご本人の記者会見があった。理路整然としており、自己責任に関しても、全く逃げ隠れもしない本物のジャーナリストだと感じる。しかし、拘束期間中の周囲の取引は複雑であり、本人は獄中にいたわけであるから、全体像を把握できるはずもなく、完全解明は難しいように思われる。)
それはともかく、日本の報道は地に落ちている。海外の報道は大部分が海外メディアを翻訳しただけで、特派員が自分で取材を行った内容はほとんど無いのが現状。それは今回の安田氏が潜入取材した動機ともなっている。その意味では、安田氏は気高いジャーナリスト魂を持っていたがために犠牲となってしまったとも言える。
2018年度世界の報道自由度ランキングで日本は67位。G7中の最下位。2010年には11位だったのに、最近急激に下落している。福島原発事故以来の政府による真実隠し、その後の特定秘密保護法など、海外の記者たちからは批判が相次いでいるのだ。そしてさらに問題なのは、それを知らずに考えもしないで放任している馬鹿な国民たちの存在。個人情報や情報利用の重大性も理解せず、セキュリティーのズサンなSNSアプリでプライバシー情報を垂れ流している。よく聞くのが「自分は一般人だから特に見られて困る内容は無いので問題無い」という声。これは自分の事だけを考えればその通り。しかし、少しでも戦時中やその他の非常事態、人権迫害に於ける歴史を知っている人であればとても危険なことがわかる。北朝鮮や中国など共産圏の国々ではネットやメール内容までが監視され、携帯電話で所在地まで特定されるから、有害な言動をした人は政府に拘束され尋問を受ける&処罰されるのである。また、誰かを陥れたい場合には、都合の良い情報だけを収集して悪人にしたて上げることもできる。これが情報の怖さなのだ。
簡単に言うと、2013年に成立した特定秘密保護法はこれと同じ事を可能にするための法律なのだ。日本の政府にも前科はあり、それが戦時中の治安維持法であった。著名な学者や作家が拷問されて獄死したことは知られている。日露戦争の戦勝に気をよくして傲慢になった軍部の暴走もここから始まった。保護法案に反対したマスコミ関係者が裁判を起こしたが、国民は他人事のように無関心であった。
そこでまた「自分は政治や思想には関心が無いし、重要人物でも無いから関係ない」と言う人がいる。確かにそう言う人は政府にとって無害。しかし同時に政府や国が間違った時にそれに気付くこともできない人なのである。気付いたら戦争が起き、ひどい社会になっていたと言うわけだ。それは他人事として軽視し、自分の事しか考えなかった本人の自業自得である。そういう人たちは文句だけは言いながら政府の言いなりに生きるのは構わないが、私は真っ平御免。しかし放っておくと実際にそうなってしまうのであちこちで問題提起しているわけだ。
それでは誰がそれを批判して修正することができるのか?それは政府から有害だと見なされる学者や思想家などの有識者だと思う。戦前の治安維持法で拷問されているような、見識のある人たちなのである。無知な我々一般大衆は自分に能力がない代わりに、彼らの発言する機会を保証し、身の安全を確保してあげなければならない。さもなくば全てが権力者の意のままに操られてしまう事になるのだ。この観点が国民に抜けていたために特定秘密保護法が成立してしまったのである。全ては自分の事しか考えない一般大衆のせいである。
この法案も国を守る意味では有意義な側面もあるが今の段階での成立は危険だと考える。国家や国体を守るために必要だということもわかるけれど、現状の日本は独立国ではなく、アメリカの属州の様な状態なので、アメリカの横暴に加担する可能性が非常に大きいと思う。反アメリカ的、日本の伝統を復活させようとする動きを封じ込める為に使われる可能性が大。恐らくそれとセットで宣伝される口実はテロ防止、ナショナリズムはまた侵略戦争を引き起こすと言う脅迫だろう。アメリカの恐ろしい所はその口実に真実味を持たせるため、911のように実際にテロを起こしかねない事である。そもそも、この法案はアメリカの要請、圧力によると言われている。本当の国体を考えるのであれば、真っ先にアメリカの影響を排除するべきだろう。
安倍氏の場合は憲法改正など独立国としての政策のようにも見えるが、自分の不祥事も国家的事件も一様に隠す傾向にあるので、本当に国を考えているのか否か不明。

鳩山氏の時代、日本とアメリカの関係を明らかにしようとする動きがあった。当時の外務大臣の岡田氏と共に日米安保の際に結ばれた密約の調査を行ったのである。ちなみに当時の報道自由度ランキングは11位である。

1、沖縄基地のやり取りは茶番。まるで、政府は沖縄県民の気持ちを考えているように見せかけているが、実は日本国憲法の上にアメリカ軍事委員会の存在があり、日米安保を締結した際に「アメリカ軍は日本の如何なる場所に基地を作っても良いし、その際の諸経費はすべて日本が持つ」というような内容を含む密約も結ばれているのである。従って、沖縄県民や人権団体がどのように騒いだところで、この密約がある限り反対は無意味。在日米軍の過失や犯罪がもみ消しにされている現状もこれが理由。政治家もこれを認めて「ごめんなさい。私たちも基地は作りたくないのですが、密約があるため、これを破棄しない限り無理です。さもなくば、アメリカに見捨てられるか、仕返しをされます」と言うべき。或いは「アメリカとの安保契約を破棄し、独立国として沖縄も守ります」と言うべき。自衛隊だけで力不足であれば別途にアメリカ軍と警備契約を結んで、警備費用を支払えば良いのだ。占有している土地も全て日本に返還させなければ日本は独立国にはなれない。
http://book-sp.kodansha.co.jp/topics/japan-taboo2/
そして、何を隠そう、その密約を締結したのが現首相の祖父である岸信介なのである。トップクラスの戦犯でもあったのに、処罰されなかったばかりか、なぜ首相にまで成れたのか?これは幣原喜重郎、吉田茂、鳩山一郎など、岸信介以前の政府関係者にも言えること。要するに命と引き換えに国を売ることを余儀なくされたのである。ソフトな表現をするならば、協力を強制されたということ。そして、安保に関しては戦後10年以上経っており、その時にたまたま岸信介が任されただけであり、岸が拒否すればアメリカ軍は別の適任者を見つけて同様のことをしたはずであるから、個人的な批判はあまり意味がない。10年以上もの間、日米双方で理論による陰の攻防が続いていたのだろう。また、その関係者の中には私も敬愛する人物も含まれているから、単純に脅されて屈したとは言い切れない気もする。何もわからない他の人物よりも、国際事情に通じている自分たちであれば少しはマシに対応できるのではないかと、暗に抵抗していたのではないか?そう信じたい。
ただし、沖縄に関しては、元々不幸な地理にあると言えるので、米軍が撤退しても隣国を監視するための設備は必要。礼儀正しく信頼できる隣人であれば、監視は要らないけれど、そうではないから監視するわけだ。別の場所に移転を唱える人たちがいるけれど、警備や防衛の観点からはナンセンス。番犬や警報機は対象の近くに置かなければ意味がない。リスクの大きな出入り口に置かずに、家の中や、二階に設置するのは余りに間抜けであろう。むしろリスクが大きな方向は増強してしかるべき。それを理解せず、綺麗ごとや感情論ばかりを言う人権団体や政治家は平和ボケとしか思えない。平和ボケの人間は平和に対する憧れだけで、現実を見ていないから、皮肉なことに、むしろ平和を壊す予備軍だと言える。
いずれにせよ沖縄の位置を変えることはできないわけであるから、その解決策や代わりの十二分な援助体制を考えるのが現実的だと思う。なにしろ、沖縄は薩摩藩に侵略されて日本国に帰属させられたものの、太平洋戦争では守ってもらう事も出来ず、辛酸をなめた歴史を持っている。こんなに踏んだり蹴ったりされ続けている人たちはいないでしょ?決して他人ごとではないのだ。観光ばかりを考えて、真剣に彼らの生活や歴史の事を考えている人がどれほどいることか?土地が必要なら、中古の空母や海上油田基地を購入して領海の境界に浮かべ、海上基地を造るなども可能だと思う(これは前知事時代に意見を沖縄県に提案済み)。それ以前に、世界平和の流れから見ると逆行していると思う。基地の土地は徐々に日本に返還されるべきであり、基地の需要が増えて拡張するのは正反対の動きであるから、要注意だと思う。
結局はアメリカ政府の脅迫は現在も継続しているため、我々の選挙も茶番である可能性も考えられる。反アメリカ的な人物が総理大臣になったら考え直すけどね。その点、民主党政権時代は密約調査など面白い展開もあったのだ。日米関係にメスを入れることができる可能性もあったが、そこで東日本大震災が起こり、再び自民党が返り咲いた。これに関して、震災は海底で核を使った人工地震であるとする陰謀説もある。ネットで検索すると色々な仮説が出て来る。根拠のない陰謀説はあまり意味がないけれど、911の件もあるし、タイミング的にはとても理想的な時期に地震が起きたことは確かだろう。
私は仕事の関係で人工地震を起こしていたことがあるので、この説を検証したことがある。海底で爆発させる場合、水中ではなく海底の地盤を掘削して深部に埋めないと、爆発エネルギーの大部分は水中に逃げてしまい、地殻を動かすような大地震にはならない気がする。ただし、狭いクレパスのような場所に落とせば、穴を掘って埋めるのと同様の効果があるかもしれない。作業員が退避してから遠隔操作かタイマーで爆発させればよいのだ。いずれにしても、地盤全体が動くのと水中爆発の違いはエネルギーの伝わる方向。水中の衝撃波は魚類を即死させるので大量の屍骸が出るはず。震災騒動で観察するどころではなかったであろうが、今後何かわかるかもしれないなあ。これは余談。
こういうことを日本の教科書で教えるはずがないけれど、密約の存在は明白なわけだから、国民も自国の情けない現状を知るべきなのだ。それと当時の古い解釈、しかも一方的に押しつけられた法律を改正も無く使い続けている不自然さも感じるべきだと思う。平和憲法と言うより、平和を演じさせられている憲法と言うべきだろう。

2、今の教育は戦前と全く異なる。なぜなら、アメリカは日本が二度と刃向かわないように骨抜き教育を徹底させたからである。アメリカ人が恐れたのは貧乏な小国のくせに欧米列強に肩を並べるほどの力をつけた背景。それは日本人の道徳観念などの精神文明である。物はなくとも心が豊かであり、恥と情を重んじ、神風のような行為も恐れない精神力である。この精神力はイスラムのテロ行為や北朝鮮と共通する要素もある。戦時中の軍隊の様な権力者に利用されてしまう一面もよく似ている。私の恩師はこれを公的に言ったものだから左翼から批判されたが、本当の事だと思う。ポイントはテロ行為を擁護したのではなく、そうまでして彼らに自己犠牲をさせる理由があり、その心情を理解することができるという事を言たかったのである。どうして彼らが自爆テロをしなければならないのか考えるべき。テロ行為が良いはずはないし、好きでやるはずもない。誰でも死は恐ろしいに決まっている。それなのにか弱いはずの女子供までが自爆テロを行うのであるから、よほどのことなのだ。
中東問題の根本は列強による石油資源の奪い合いである。遠方から侵略に出かけて、勝手に線を引いて国境を作ったのが、トラブルの始まりだろう。補足だけれど、国や家族と守るための自己犠牲のテロと、暗殺のテロとは意義が全く違うので要注意。

マッカーサーはアジア駐在の経験が長く、日本に対してアメリカは物質的には勝つが、精神的にはかなわない事を知っていた。その精神力の怖さを痛感していたため、戦後は徹底的に日本人を甘やかして根性の無い民族にすることにしたわけだ。これとセットになったのが、戦争は日本の軍部やファシズムが悪かったと言う自虐史観の普及。日本の伝統文化&哲学を間違ったものだとして、嫌悪感を持たせること。アジアにおける行為は侵略戦争だったという既成事実を作る事。世界で唯一原爆を二発も落とされたのに、戦争を終わらせるために仕方がなかったのだと思わせるのもその一つ。でも、よく考えれば、どうして海の向こうからはるばる彼らはやって来たのか?開国しろ、貿易しろなどと勝手な要求を突きつけて来たのは誰だ?異民族を虐殺&奴隷化し、文明や宗教も抹殺する人たちを見たら自衛するのは本能であると思う。その時、当時の欧米の侵略に手を取り合って抵抗したのが中国・朝鮮の革命家たちと日本の思想家たちであった。当時のアジアで欧米に対抗できる頭脳と能力があるのは日本だけだったのだ。彼らは国という概念を越えたアジア全体での統一を考えて「興亜論・アジア主義」を提唱したのである。当時欧米に対抗できるアジアの国は日本だけであったので、アジアの革命家たちは日本で海外の情報と知識を手に入れていた。国際事情も知らず、自分の保身だけを考える国内の保守派からは敵視されるため、日本に亡命して来たのだ。しかし、これは欧米にはとても不利な考え方であるために、危険な発想、日本の侵略であると決めつける必要があったのである。その為、列強はアジアがまとまらないように裏工作をして国内の保守派勢力を利用していたのだ。利用されている事にも気付かず無知&腐敗した国々の状況を見て、革命家たちは情けなると同時に、彼らに構っていると日本も危ない事を実感していた。そこから、独自の富国強兵策と足枷となっているアジアの旧態然としたしがらみから脱却すること(脱亜)を考えるようになったわけだ。こちらから喧嘩を売るつもりはなく、反対に喧嘩を売られたので、その脅威に対しての自衛手段として始まった思想だと思う。しかし、アジアがまとまると困る列強は、当時も妨害をしたし、戦後もこの手の話題を論じる人物や組織は侵略戦争を起こしたファシストだと思わせたのである。不孝にも軍関係者には傍若無人で傲慢な人間も少なくなかったが、事あるごとに愛国精神を持ち出すので、国を愛する気持ちを国粋主義や軍国主義と関連付けるのも、マイナスイメージを植え付けるのに役立った。アジア主義の流れで生まれたはずの「大東亜共栄圏」が軍部の横暴により、侵略思想に成り下がってしまった。一緒にされた愛国者たちには大迷惑である。
単純に考えて、自分の故郷や国を愛する気持ちは自然なはず。と同時に、他国の人たちが自分の国を愛する気持ちも理解できると思う。となれば平和的な対話が生まれるはずであるが、侵略者は一方的な支配が目的であるので、支配する際に相手国のナショナリズムは大きな障害となるのである。実際に私自身も若い頃はいわゆる右翼や国粋主義者たちを危険で怖い人たちだと思っていたが、ある時、歴史や背景を調べると、現在のチンピラの様な諸団体とは全く違うことに気付いた。当時の右翼の思想家たちは、血と汗にまみれた泥臭い革命家であると思う。民衆の立場に近いので、帝国主義と天皇制を振りかざし暴走を始めた軍隊とは合わない。これは現代でも同じであるが、革命家は民衆や人道を考えるのに対して、軍隊は権威と武力による攻撃と支配が目的。その為には革命思想も利用するだけのことなのだ。そこから我が国も軍人による洗脳教育が始まった。異議を唱えた知識人は抹殺される恐怖の社会となった。であるからこそ、軍隊を指揮する人(部門)の人格が問われる。極端に言えば、軍隊に人格や思想は無く、操る責任者(首相、王、皇帝など)の問題となる。であるから、もしも軍部(武力)だけが責任者の命令を聞かず、勝手に行動を始めると非常に危険な状態となる。天皇の名を借りて実権を握ることを皇位簒奪(さんだつ)と言うけれど、これが戦時中の日本国内の状況である。長い目で見ると、古来から日本の政府は皇位簒奪者であることがわかるが、これを最初に提起したのは北一輝であった。同様に暴走を始めた軍部は欧米列強に対抗して共栄圏を構築すると言う大義名分で参画していた右翼の存在も邪魔になり、途中から扱いを変えたのである。これをコントロールすることができなかったのは軍部の暴走を許した当時の指導者の責任だと思う。その意味でも、日本は同じ過ちを繰り返さないために、連合国主催の東京裁判とは別に、独自に戦中戦後の検証と総括をするべきなのだ。軍部による独裁と伝統思想を恣意的に利用した洗脳教育が異常な社会を作ったのだと思う。
いわゆる凱旋右翼と戦時中の傍若無人な暴走軍部を混同し易い理由には、その背後にもカラクリがあるのだと思う。迫力のある街宣車やチンピラの様な風体のメンバーによる演出は国民に反感と恐怖感を与える。泣き出す子供もいる。それは本当の愛国者たちが伝えたい内容とは異なるのだが、一般人には区別ができず、十把一絡げで「右翼は怖い、昔の軍隊やチンピラみたいな集団」だと思ってしまうことになる。子供たちには単なる騒がしくて恐ろしい集団にしか見えない。と同時に、彼らの主張する内容もチンピラか無法者が大声でわめいているとしか思えず、その真意を考えようとしなくなってしまう。これでは、「国を愛する気持ち」が全く伝わらないばかりか、本末転倒なのだ。それに愛国の思想家たちが気付かないはずはないので、私は全く別物だと考えている。
彼らの過激な言動は日本のナショナリズムの再興を嫌うアメリカにとってはとても都合が良い結果をもたらしている。従って、やはり背後には何らかの演出指導や誘導があるのだと予想できる。我々も「愛国」という隠れ蓑を着た過激派は区別しなければいけないと思う。

その反面、軍部の暴走や非人道的な虐殺事件、従軍慰安婦などの問題は侵略戦争と思わせるための格好の材料となるために誇張されて報道され、背後では彼らがその運動を支援しているのである。これらの不幸な歴史はあちこちの記録にも残っているのであるから、事実であるだろうが、自分たちがアジアの侵略者の張本人であるにもかかわらず、問題をすり替えて、日本一国にその責任と罪悪を押し付けようとしているのである。このカラクリは歴史を客観的に分析すればおのずと明らかになる。かと言って、「火の無いところに煙は立たない」ので、同時に日本自身の大義名分に隠れた非人道的行為、徳の無い軍部の暴走も客観的に分析して自省するべき。それ無しでは戦争に勝ったたところで、暴力団の縄張り争いと同じである。軍部の独裁による専制国家と成り果てるくらいであれば、アメリカに負けて良かったと言う意見にも一理あると思う。
当時の列強の植民地化の動きに話を戻すと、アジアでの日本軍の統治状況資料を見れば、インフラの整備や教育がセットとなっており、同時に現地の文化も尊重していたことがわかる。日本語を無理に押し付けず、現地に適した共通語による教育を行い、識字率が大幅にアップした。現地人と共栄共存の思想が基本になっているのだ。これら統治時代の結果がその後の発展の基礎になっているとも言え、日本に感謝している現地の古老たちも多いのも事実。奴隷扱いされていた列強の支配から解放されたことを歓迎していたのである。その為、イギリスやオランダなどは自国の植民地を躍起になって取り戻そうとした。この動きは日本の敗戦後も連合国内部で取引され続けた。インドネシアでは終戦後に残留していた日本軍人たちが独立運動を支援し、オランダと闘って殉死している。実際に東南アジアの国々は太平洋戦争を契機として日本によって欧米列強の植民地化政策から解放されて、独立しているところが多い。一方で、日本の統治を歓迎しない国々もあった。立場が反対であれば、歓迎されていない武力行使を侵略だと言われても仕方がないと思う。
https://www.mag2.com/p/news/192427
また、派遣された軍隊指導者たちの質によって、統治の評価も様々であった。思い遣りのある人道的な統治を指導する人もいれば、天皇陛下の大義名分を借りて、徳の有る無しを考えず、高圧的に強制する人もいたようである。それによって干渉される側の印象も違うはず。
この点に関して、私の個人的な印象は、いわゆる「体育会系」と言われる、運動や身体能力に偏った人たちは、「徳」や「哲学」に欠ける人が多いと思う。上司の命令内容や自分の言動を哲学せず、先達の伝統を単純に真似しているだけの人も多い。そういう人たちの言動は感情と教わったルールばかりを強調し、意味を考えようとしないので、単なる受け売りの強要となる。論理的な説明ができないから、とかく暴力に走って、自分を正当化しようとする。体罰やイジメはこういう輩がすることが多い。自分より弱い人間や国を虐めるのだ。また一方では直情径行的で豪快な気質だとして英雄視する人々もいる。その為、自分自身の間違いに気付けないので、その手の人間が権力や武力を手にすると、正に「気違いに刃物」状態となる。明治維新から続いた暗殺(テロ)時代に優秀な人材が大勢犠牲になった。近代化における日本の頭脳の大損失である。そういう自分もどちらかと言うと体育会系だと思っているけれど、哲学も無いままに「男だ」「侍だ」「大和魂だ」「根性だ」等の言葉と権威を振りかざす輩は大嫌いである。
思想の必要ないロボットや何でもいいなりの兵隊としては向いているかもしれないが、指導者や監督者としての器ではない。道徳や哲学の無い力は単なる暴力になる可能性が大きい。この手の人間の典型的な例が戦中に「虎の威を借る狐」と揶揄された憲兵や軍人たちであった。どこの世界にも存在する癌のような人間たちだ。当然全員がそうであるはずもないけれど、当時の印象は非常に悪く、初めて接した戦後の民主主義思想や人道的なアメリカ人の姿勢に喜んだ日本人が多かったのは、それらの癌が日本社会を蝕んでいたことの証拠でもある。これを認識せずに国家教育や軍備を強化することは同じ過ちを繰り返すことになるだけだと思う。
このような武力の危険性を認識して、問題提起し、修正するのが文官の役目。しかし、知識が豊かな反面、身体的素質や物理的な力に劣る人は綺麗ごとを言いがちで、頭でっかちとなる傾向がある。口ばかりで、現実的な行動と判断力に欠ける事が多いから、物事が前に進まないのだ。
この二つのバランスがとても重要であることは古来から知られており、大陸の政治も武官と文官で分権していた。このバランスを欠くと問題が起きる。しかし、実際には双方で権力争いが起きるのが常で、そのバランスを取るのが最高権力者の義務であり、国を治める最大のポイント。優秀な武官と文官が揃えば敵無し。当時であれば天皇陛下。今なら内閣総理大臣。

従って、指導者は「文武両道」が必須条件だと思う。どちらもコントロールしなければならないのだから、両方を極める必要がある。それだからこそ指導者と成り得るわけだ。覇権争いの時に自分の名義の奪い合いになる事、利用されることはリスクの想定内として最初から考えるべき。それをコントロールできないのであれば、指導者の器ではないということだ。そのリスクを回避するために、自分自身を客観的に悲観&分析してくれるような辛辣な部下も置いておくべき。周囲がYesマンばかりでは、慢心して統治は不可能。
こう考えると「血統」の偏重は問題だと思う。血筋と実際の能力の両方兼ね備えていれば理想的であるが、そうでない場合に両者を比較すれば、現実的には「能力」が優先だろう。「血統」に執着して近親交配をし続けた民族は心身共に弱体化していくことは生物学的にも明らかなのだ。世襲制の文化はいわゆる「お家騒動」などの権力争いを避ける意味もあって、血筋を尊重するけれど、能力の劣る指導者が上に立つと、その下で指導者の名を借りた権力争いが起こり、本末転倒の結果となるのが歴史上の事実。また、地域が限定されている時には血筋が意味を持つけれど、その範囲が広がれば、血筋などにとらわれない外部から訪れた有能な覇者が血筋を駆逐することも有り得る。と言うより、宇宙の法則は弱肉強食、適者生存であるから、歴史の大多数がそうである。世界で血統を受け継いでいる王家は極少数のはずである。日本はその内の一つなのだ。その血筋が稀有である事と、有能か否かは別に考えるべきで、有名無実な存在は淘汰されるべきだと思う。さもなくば、腐敗と権威の奪い合いになる事は目に見えている。
だから、指導的立場にある人間は自分や家族(所属する民たちを含む)を守るためにも、常に文武両道の精進を欠かすことができないはずなのだ。
植民地政策に話を戻すと、欧米の侵略方法は、対象国の文化と思想、言語を全て抹殺し、奴隷化するというものだ。従って、彼らが最も恐れることは、日本の統治が人道的で一方的な侵略ではなかったと言う事実と大東亜共栄圏の真実の姿が明るみに出ること。欧米の侵略国たちにとってはアジアが統一されて自分たちに反旗を翻すことを阻止しなければならないので、何が何でも日本は冷酷な侵略者でファシストだと決めつける必要があるのだ。最近の中国も日本を批判することでアジアの覇権を握ろうとしているので、共通する部分が多い。
本来、中国に発した漢字の文明は共通な概念が多く、仲良くし易いはず。しかし、それが統一されると困るので、アジア諸国を仲たがいしている状態を継続させたいのが欧米なのだ。太平洋戦争の時にもしも中国が日本の大東亜共栄圏思想に同意して一緒に立ちあがったら、東西の勢力図は今と真反対になっていた可能性もある。だから中国や韓国と日本が揉めるように背後で工作をしている可能性が大きい。当時のアジアの革命の中心は日本だったのだ。アメリカはその気になれば仲裁して決着させることができる内容も傍観している。ロシアとの北方領土交渉を邪魔するのもアメリカだと言われている。いわゆる「ダレスの恫喝」事件である。この真偽は賛否両論あるけれど、これほど長い間棚上げされている現状を見れば、戦勝国の当事者であるアメリカが故意に放置し続けている事は明らかであると思う。日本海の領海問題も同じ事だろう。
これらの事実を日本のマスメディアはほとんど伝えないのだから、残念。本来は文科省が歴史の真実をきちんと学校教育で教えさせるべきなのだ。

これまでこのような分析や意見を発言するものは政府(アメリカの傀儡役人たち)によって排除されてきた。マスコミの放送や出版物は全て「プレスコード」により検閲され、長年にわたって洗脳教育が行われたのである。何を隠そう、私の両親もこの洗脳教育にどっぷりつかってしまっている。「日本が真珠湾攻撃をしたのだから、先に喧嘩を売ったのは日本の方だ」と教わって来ている。何という無知!と言うか、これが洗脳教育の恐ろしさなのだ。日本攻撃の口実を作るために踊らされたのだよ。中東に軍事介入する際に、テロや非人道的行為に対する制裁が大義名分とされるのと全く同じ常套手段なのだよ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%B9%BE%E6%94%BB%E6%92%83%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AA%AC
そして、戦前戦中戦後を知る世代はすでにほとんど亡くなり、存在しないのが現実。日本自身の将来や世界平和を考えるためには、今が最後のチャンスだと思う。

しかし、残念ながら今でも日本の立場や境遇を教えずに、戦勝国に都合の良い内容を強制的に教育させられているのが現在の教育なのである。戦後、これに異を唱えた人物は公職追放や表舞台から抹殺されたのだ。今でもテレビ番組でこれに抵触する内容を一度でも発言するとすぐに消される。当然、私みたいな人間はすぐに消される(笑)。反対に、何度も犯罪を犯した芸能人でも復活させてしまうのが、情けないマスメディアの現状なのである。それを歓迎する視聴者も馬鹿の極み。芸能人の名前はすぐ覚えるけれど、政治や国際問題はわからないのだ。なので内容はほとんどが健康(美容)、スポーツ、恋愛ドラマ、お笑いなどのバラエティーで成り立っている。アメリカの享楽的文化やショービジネスをイスラム教徒たちは道徳観念を麻痺させる有害な麻薬だと批判しているがその通りだと思う。これはアメリカのメディア統制の非常に巧妙な方法だと思う。日本人の反感や正常な思考を麻薬効果で奪ってしまうのだ。毎日楽しそうな歌や綺麗な異性の姿を見聞きして興奮し、美味しそうな食事の映像によだれを流すようになる。
こういうことを言うと、「仕事や生活で疲れているのに、難しい問題を考えたくない。せめてテレビくらいは楽しいものを見たい」と言う人がいる。その通りだと思う。自分もそういう時がある。なので、色々なチャンネルや内容があっていいと思う。しかし反対の考えを持つ人もいる事を考えるべき。「私はプライベートで疲れているけれど、それでも国や家族が大事なので、色々考えたい」と言う人もいるはず。ところが、現状で垂れ流されている情報は娯楽と芸能、CMが圧倒的多数であり、そういう人たちが必要としている情報は受け身では知ることができない。これは明らかにバランスが偏っている。その為、知識を受け身のテレビやラジオに依存する大部分の人達の頭の中は娯楽ばかりのパッパラパーになってしまうことになる。
「火垂るの墓」「裸足のゲン」などの戦災アニメは久しく放映されず、日本の伝統的な思想や歴史を庶民レベルで伝える時代劇が激変してるのはおかしい気がする。マスメディアでは視聴者から暗い、面白くないというクレームが増えたからだと言い訳しているけれど、非常に不可解。時代劇による伝統思想も根絶しようとしているようにしか思えないが、当の日本側メディアは気付かないのだろうか?ちなみに、視聴率の統計を発表している会社は有名広告代理店D社の子会社。ということは、視聴率を利用して、番組の内容に干渉することができるようになっている。番組の制作費用はスポンサーの資金なので、視聴率を上手く操作すると、番組を支持するスポンサーをコントロールすることができるからだ。有利な番組を作り、そうじゃないものを潰すこともできる。
テレビやショービジネスは現実を忘れさせる魔力を持っているのだ。自分はショーも好きなので全てが悪だとは思わないが、自分でバランスを取らないと中毒になる危険を感じる。テレビは視聴覚を利用した洗脳装置だとも言える。全てが無意味で有害な内容では無く、有益で勉強になるものも混在しているから厄介。まるで麻薬をわからないように混ぜて垂れ流されているようで、いつのまにか引き込まれて正常な思考を失いつつある事に気づく。また長時間同じセンテンスを繰り返されると無意識に脳に刷り込まれてしまう。私は批判的に見ているから影響は少ないと思うが、純粋な子供たちや分析力の無い人たちが見たら、その影響はどうなるのか?例えば、中国では子供の頃から「日本人は残虐な鬼だ、侵略者だ」と教えられて、今でもテレビで日本人を鬼扱いする番組が連日放映されている。その結果、日本人のことが好きな子供はとても少ないのが現実。それだけ影響は大きいということがわかる。

そういう現実を体験すると、テレビが気持ちが悪くなり、地デジにかわってから、テレビは自宅に無い。ニュースや映画などの必要な情報は受け身ではなく、自分から調べる事にしているし、それで日常生活に何の支障もない。自分で調べて理解すると言う過程を経ることで分析力や知識も身に付くので一石二鳥だと感じている。その手段としてのネットの恩恵と重要性を痛感する。正にネットは正常な思考と平和を維持するための命綱だと思う。もしも、これを特定秘密保護法を乱用して規制を始めたら、本当の危機だと思う。
3、支配者はマスメディアを利用して報道操作や洗脳をする。これを引き受ける専門家や広告代理店も存在する。恐ろしいのは彼らが巧妙に作ったストーリーを現実だと信じてしまうことである。国際世論の操作に於ける彼らの常套手段はまず標的を悪者に仕立て上げる。恐ろしいテロリストだ、人民を奴隷扱いする専制君主だと言う報道を流す。次に人道的な援助が必要だ、助けなければならない、制裁を加えなければいけない、その為に武力を使うことはやむを得ない、という方向に誘導する。欧米からアフリカの独立を企んだガダッフィーはテロリスト、専制君主に仕立て上げられて抹殺された。後から調べれば、福利厚生を徹底しており、国民からは圧倒的な指示があったにもかかわらず、外部からの国際世論操作により悪人の濡れ衣を着せられたのである。
場合によってはエキストラを雇って真に迫った被害者の映像を撮影してyoutubeなどで拡散する。ロシア革命でスターリンの銅像を引きずり倒している動画が流れたけれど、あれはアメリカの広告代理店がエキストラを雇って作り上げた映像であることが発覚しているが、それを安直に受け止めて暴動に参加した愚衆が多かった。更にひどい場合は、自作自演をして実際に被害者を作り出す。911やその後に続くイスラム原理主義に関する報道などはこの典型的な事件だと思う。卑近な例で言えば、原発事故に関する政府の報道操作も同じ。事実隠蔽のための操作であった。
最近のオリンピックも同様。国民的行事のように思わせるが、実際には関連企業とマスメディア各社の巨大商業イベントなのである。国にはそれほど恩恵の無い(むしろ赤字)イベントに税金を使わせ、彼らがお金儲けをできるように誘導されているだけである。。国民的行事のように見せかけて、税金を使い、ボランティアは当然だと言わんばかりの報道。関係者は儲かっているのだから、ボランティアの善意を悪用せず、きちんと報酬を支払うべき。本当に国家予算を使うべき震災の事後処理などに税金を使わず、商業イベントに巨額の予算を使うのは政治家の大馬鹿だと言うしかない。オリンピックで誰が儲かるのか?開催地がその後で発展した?一時的なお祭りで終わってしまい、後は廃墟になっているんじゃないの?一年前のリオオリンピック会場はこの画像の通りになっている。儲かったのは関連業者だけである。商業イベントであるならば行きたい人だけが参加費用&入場料を支払って開催すれば良いのだ。それに税金を流用するのはおかしい。

日本でオリンピック委員会との間を仲介している主体はD通である。D通は思考が単純で御人好しの体育会系政治家を担ぎ出して大々的な宣伝を行った。この企業に刃向かうとマスメディア業界にはいられないのが普通。大物芸能人もうっかり発言で抹殺されているほど。それほどの影響力を持っているのだ。
元々D通の創始者は「カミソリ」と言うあだ名があったほどの洞察力に優れた国際ジャーナリスト。ところが戦後に進駐軍により公職追放された。彼ほどの見識があればアメリカがしようとしていた事を見抜けたはずなので、進駐軍には障害となる。そして数年後に船舶事故により水死している。何か匂うでしょ?それに代わって社長となったのがアメリカ式PR法とショービジネスを持ち込んだ人物。それ以降はアメリカンドリームに代表されるような享楽的な文化が宣伝され、普及していくことになる。
しかし、私は同社に友人知人もいるので言いたいが、ビジネスも国益や人道を考えてするべき。金の為に魂や国を売るなよ。バブルの時期にパーティー券を売りさばいたりしていたお調子者たちが今では幹部になっている事だろうが、それは幹部じゃなくて「患部」の間違い。金に浮かれて日本人の魂を忘れた人たち。そういうチャラい人間に、格好いい!玉の輿だ!と憧れて群がったミーハーな女性たちがいわゆる見た目だけの偽セレブの流行を作った。頭は足りないけど、持ち物と見た目は人並み以上。これは他の大手マスメディア関連会社にも言えること。政治や思想、哲学、歴史に関する内容から目をそらさせ、表面的で薄っぺらいアメリカンドリーム的な享楽的人生観を流行・宣伝させるのには最適な人達。もちろん全員じゃないけどね。しかし本当の報道をするつもりで入社したら、いまだに続くプレスコードの影響により、言いたい事も言えずにチャラくて薄い内容となってしまうのである。それに反感を覚えて辞めるマスコミ人も少なくない。
その結果、日本は精神性を忘れ物質欲に走り、大量生産大量消費というアメリカの望む国家になりつつあるのだ。要するに間接的な植民地化なのである。
アメリカが日本のマスメディアを掌握するために改造されたのが現在のD通なのだよ。大手メディアはD通との取引無しで経営は難しいので、その息がかかっている限り、自由で公平なマスコミ活動は期待できない。背後にはアメリカもいるので、政治的圧力とビジネス的圧力の二段構えのプレッシャーを与えて来るから、反政府&反アメリカ的な番組や人物は抹殺される。先述した通り、時代劇なども恐らくそうだ。洗脳されたことに気付かない先輩たちは捨て置き、若い社員はそれに気付いて直すべき。或いは、如何なる権力にも屈しない独立した広告代理店を新設するべきだ。日本の美徳を知っている人たちが生きている間に何とかしないと、日本は本当に滅びると思う。責任重大なのであるから、俺に会社の悪口を言われたなどと憤慨せずに真剣に考えてもらいたい。

私が首相であれば「お前ら、オイラの国でオリンピックやりたいなら、競技場やら施設を貸してやるから、それらの使用料とメディア報道権利金を支払えよ」と言ってやる。それをわざわざ巨額の手土産まで持参して「オリンピックを開催してください」なんて言うんだからなあ。D通に骨があるなら、それくらい交渉してみろと言いたい。それに国の評価はオリンピックを開いたか否かではないと思う。産業革命期の世界中がこぞって国力を誇示した時代ではあるまいし、世界の人達から尊敬されるような言動をしてこそ評価されるはず。報道自由度がG7最下位(2018年は67位、前年は72位)のような国を信頼してくれるのだろうか?
これだけ色々アメリカについて言っておいて今更なんだけれど、アメリカのショーや文化はとても好き。乗っているバイクもアメリカ製だしね。アメリカの歌やダンスも好きだし、能天気なアメリカ人と遊ぶのも楽しい。でも、政府の傍若無人なやり方は大嫌い。あの自由で陽気な文化と性格は何よりの財産であると思うけれど、覇権主義的で自分勝手な言動はとても全くの逆効果。せっかく持っている資質が台無しとなり、非常にもったいないと思う。歴史が浅い分、制約が無くて自由である反面、何事も現世利益的であり、哲学的な要素が足りない。現在主流となっている物質文明と対局の哲学を持っていたのが日本だと思う。欧米の成金たちもこれに気付くべきだし、日本人は自分たちの貴重な遺産を忘れて物に走る風潮を考え直すべきだと思う。
こういうことを面と向かって話しても付き合えるアメリカ人がいることはとても貴重。自分も他のアジアの友人たちに対して同じように接したいと思うから、中国や他のアジアの友人たちとも同様に話している。戦時中に日本が侵攻した国の人達からは逆に辛辣な批判や疑問を受けるけれど、逃げるつもりはない。堂々と議論するために勉強もするし客観的な分析をするように心がけている。知らないことが恥ずかしい。知っているつもりで色々発言するけれど、まだまだ分からないことあ多いので、そのたびに補完していくつもり。そういうのが本当の人間の交流だと思うからね。
続きは、また。