今日から7月。先日の映画「二宮金次郎」は28日で終了。それに引き続いて、早目に投稿するべきものとして「水木しげる展@横浜そごう」がある。これは7月7日まで。
ちょうど同じ方向に古い庭園があり、紫陽花が見頃だという事で出動。元々は薔薇を中心としたイギリス風庭園であるが、今の時期は紫陽花の展示が見られるという事だった。比較的近くであったが初耳。
しかし、行ってみたら、これが驚くほどの素晴らしい紫陽花庭園であった。
鎌倉などの寺社や日本庭園にあるのは単純な品種で構成されているけれど、こちらは違う。
色彩もさまざまであるし、形状も紫陽花とは見えないものもある。目からウロコ状態。
薔薇みたいな形状のものもある。
ここは元々が薔薇園なので、まだ薔薇も少し咲いていた。
このオレンジ色の薔薇は光沢があり、素晴らしく目立っていた。写真だとその色艶が表現できないところが残念。
敷地は決して大きくはなく、都市の中心部にあるはずだが、庭園の設計や配置が素晴らしく、視線の中に高層ビルや電線がほとんど入って来ないのだ。なので、まるで森の中を歩いているような気分になって来る。
色や形状を考えて植えられているようで、紫陽花の博覧会のようである。白い球型の紫陽花の花弁は細かく、触るとひんやりとして湿った感触がとても気持ちが良かった。
花弁の色やデザインもよく見ると芸術的な造形をしている。
もちろん紫陽花以外の花々もあちこちに点在している。ユリは素晴らしい芳香を放っていた。そう言えば、紫陽花にはほとんど香りが無い事が不思議。
敷地内を区切っているフェンスをよく見るとブドウが生っていた。まだ硬い状態だったので食べられない。
下草にも可愛らしい草花が植えられており、売店で購入することも可能。
小一時間もあれば観終わる予定が、大幅に時間を費やしてしまい、お目当ての美味しいラーメン屋さんもランチタイムは終了。
新規のラーメン店を開拓してから、展覧会場にやって来た。
水木しげるさんですぐに思い浮かべるのは名作漫画の「ゲゲゲの鬼太郎」だろう。自分もよく見ていたので、主題歌は今でも空で歌える。
途中から、画風が変わって可愛らしいアニメになってしまったけれど、最初のテレビ放映バージョンは不思議な世界観であった。登場する人物は顔の構成パーツが全部中心に寄っているような気食の悪い表情をしていて、不気味な印象が強かった。元々、幽霊をテーマとした怪奇物なので、それが当然のように受け取っており、特に水木氏の漫画の絵画や芸術面を深く考えたことが無かった。
今回の展覧会ではそれが自分の不勉強と認識不足であることを知らされた。帰宅して色々と調べ直すと、全く違った水木しげる像が浮かび上がって来た。
この鯉を「ゲゲゲの鬼太郎」の作者が描いたとは思えないけれど、そうなのである。奇怪なアニメキャラクターが登場するのでそちらに目を奪われがちであるが、それらが登場する背景に描かれている風景は尋常ではない緻密さで構成されているのだ。
草木の一本一本を点描で描き、物差しなどの道具を使った線は一つもない。墓石の質感も細かい点の集合体で出来ている。
それを手伝っていた助手たちは、点描を続けていると眠くなるし、拷問のような作業だったと回想している。その助手の一人には後に独立された池上遼一氏もいる。
風景だけを見れば、細密画や点描で彫られた版画である。そこに対照的に漫画化された奇怪な物体が現われることによって、独特の世界観を作り出しているのだ。
野原の草、不気味な雲が立ち込める空なども芸術作品としても素晴らしいクオリティーだと思う。
実物のスケッチだけではなく、幻想世界を作り出すこともある。
幻想の世界でも、漫画化せずに描けばこのような素晴らしい版画作品となるのだ。
森の中の河童の姿はバリなどの絵画の雰囲気とも似ている。葉の細かい描写が美しい。
反対に、幻想世界の生き物を細密に描くとこの迫力となる。しかし、眠っている女子はアニメ風に描かれているのがやはり水木氏の世界観。
水木氏の出版した妖怪大辞典に登場する化け物たちは「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する妖怪の雰囲気とは全く別の風格を持っている。ここでも、子供たちはアニメ風なのだ。
緻密画と漫画を使い分けることによって、水木氏の不気味な世界観が構築されているわけだ。おそらく、人間と妖怪の間にある結界なのかもしれない。
これらの画風はフランス人画家のルドンと比較されることがある。
artrinoさんというブロガーは氏とルドン作品の比較をなさっていたけれど、その関係性がよくわかる。
雲や一つ目の気球は全て点描である。
ご自身の世界観を構築するために色々な画風や技法を研究していたであろうことは他の作品からもわかる。
これは1845年歌川国芳の作品。平将門の怨霊がドクロとなって出現した図である。
実際の作画作業では、背景と登場人物を切り抜いて配置する方法も考案していたらしい。これは作画の手間を省くこともできたらしい。まだデジタル技術が無い時代の合理的なアイディアだったのだ。
この世界観は氏の生涯で体験した記憶が深く影響している。田舎の漁村で育った幼少期はやんちゃなガキ大将で、少し大きくなると絵の上手な天才少年だったらしい。
水木氏の世界観が変わったのは悲惨な戦争体験。生死の狭間を彷徨って生還したものの、片腕を失っていた。当時、テレビに登場する彼の姿はその片腕と不気味な話のイメージが強すぎて、それ以上深く知ろうとする気持ちが無かったのだと思う。それ以上踏み入れると、何か怖いものに触れてしまうのではないかという恐怖を感じていたのだ。
水木氏は戦争に関する著作も多いけれど、その中では死を間近に体験したものだからこそ言える言葉や価値観が満載なのだ。命令だけして、自分は戦場に行かない参謀(上司)と喧嘩をしたり、吹き飛んだ片腕が腫れて蛆虫がたかっている状態でラバウルの現地人と親交を深めたりと、本当に氏が人間として正直に激しく生きていたことがよくわかる。「貧乏で、片腕も無いけれど、生きていることがありがたい」と思える精神力には感動する。
戦地から帰った水木氏は片腕でもあり、漫画家としては無名であるから、極貧時代を長く経験している。それを支えたのがNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」でも登場なさった奥様。私は残念ながら当ドラマを一度も見ることはなかったので、今回の展覧会で色々と学ばせていただいた。
売れっ子作家となってからは、四六時中漫画の事ばかり考えていて、食事をしていても味がわからないほどだったらしく、子供や家族への思いやりが足りなかったことを反省なさっていた。それらの教訓から「もっと怠けなさい」などの名言が生まれたのだと思う。後半生は漫画以外の言論活動も積極的だった。
有名になったものの精神的な苦痛を感じた水木氏は自分の原点復帰として、40数年ぶりにラバウルの現地人を尋ねている。ラバウルでの思い出も作品として登場する。あちらには凄い数のお化けがいるらしい。
ここでも、細密画と漫画化された登場人物の構成は変わらない。
ちなみに、我々がよく知っている「ゲゲゲの鬼太郎」は本来「墓場の鬼太郎」であった。名称がテレビで放映するにはふさわしくないという事で、改名されたのだ。原作はさらに気持ちが悪くて暗い内容になっている。
テレビでの連続放映の為に、内容も変更され、子供にもわかり易いように、悪役のねずみ男を登場させたりしたそうである。
展覧会は一般受けする内容ではないので、マニアや好奇心で訪れる人がほとんど。なので、とても参観し易く、展示物を細かく見ることができた。関心のある人にはとてもお勧めである。
https://www.sogo-seibu.jp/yokohama/topics/page/sogo-museum-shigeru-mizuki.html
展覧会入り口わきには大きな作品が展示されている。
余談だけれど、水木氏が亡くなる少し前に台湾で氏の展覧会を開催する企画があった。その時に、関係者から一緒にやらないかとお声をかけていただいていた。なので、企画が実現することなくお亡くなりになり、私も水木氏に直接お会いできなかったことは非常に残念。遅まきながら、氏が偉大な人物&芸術家であったことを再認識させられた展覧会であった。






































































































































