毎年、原爆と敗戦記念日がお盆休みに重なるのは、お前たちよく考えるんだぞ!ということなのかもしれないと思う。そして、私は植民地化を脱却して完全自立するまで「終戦」とは言わない。
真珠湾の真実
侵略者が正当化の口実に使うものの一つであるけれど、最近はその裏が露呈して来た。
その功績は日本人の研究者によるものが大きいけれど、侵略国の持つ「情報公開」のお陰もある。日本の腐敗した政府や政治家が隠蔽するような内容を惜しげもなく公開してしまうのである。
あの暴力団の様な国が今まで存続できた理由には、蛮行や悪行とバランスを取ろうとする崇高な哲学があることも認めざるを得ない。この点、隠蔽体質の強い我が国は恥ずべき。明治以降の日本近代史は隠蔽された内容が多く、ほとんどの歴史学者や評論家などは推論で述べるしかない。さらには、そこに戦後の侵略国による洗脳が加わっているので、その真実を知ることは困難。それを知る為には当事者に直接取材をするほかはない。しかし、すでに当事者が過去の存在となっている場合、全ては闇の中に葬り去られることになる。これを日本人は「墓まで持って行く」という綺麗事でごまかすことも少なくない。迷惑をかけたくない、自分が全ての責任や悲しみを背負うと言えば、格好は良いだろうが、子孫には教訓も残せないから、自省自浄も生まれない。伝統的な日本の悪癖が「メンツ」と「臭いものには蓋をして隠す」こと。
当事者亡き後、その真実も消滅してしまうのが日本であるが、侵略国はそれらも資料として保管している。記録は自分たちにとって不利な内容もあるはずだが、それも保管&公開して俯瞰しようとする姿勢には敬服する。彼の国の命綱(宝物)と言っても良い。日本軍なら全て焼却処分である。もちろん、更にその奥が有るのかもしれないけれど、現時点でも有意義であることは間違いない。この姿勢は「ペンや剣よりも強し」を実践するジャーナリズムやマスコミの大切な基本理念である。
だから、海外のジャーナリストは日本の様に権力者や取材対象者に取り入って、ずぶずぶの関係になってから、おこぼれの情報にあずかろうと言うような姑息な考えは持たない。飲食や接待などは拒否することが普通。日本は反対である。人間関係が癒着した状態で客観性が生まれるはずはない。この様な環境では真のジャーナリズムは成立しない。その意味で、日本には本物のジャーナリストは極少数。それらしく見せかけているのは、テレビ屋、情報屋、コンテンツ屋など、情報を商売とする連中である。
その中で、この研究者N教授の存在意義はとても大きい。先ず、第一資料に直接接触できていることが貴重。通常なら、それらの資料の存在すらわからないし、倉庫に眠ったままで、その価値に気付くことはない。それらの貴重なご縁がN教授と結びついて様々な真実が世に出ることになった。これは、犠牲となった英霊たちのお導きであるのかもしれない。私も、導かれてその存在を知った。このブログを目にした方も、ただの偶然ではない。何と有り難いことだろうか。
しかし、その偉大な教授でさえ、それらの資料をご自身で見るまでは半信半疑であった。まして、一般人の我々なら、何も疑うこともなくどっぷりと洗脳されてしまっているのは当然かもしれない。それほどまでに、戦後の侵略者の洗脳教育レベルは優秀なのだ。
一次資料(原文)からの情報は数多の推論や似非学者を淘汰することができる。自分は知っていたと言うような顔をしても、その出所や根拠をたどれば、一次資料か当事者(関係者)以外には有り得ない。実際に教授の成果を盗用する人が少なくないらしい。
また、一次資料に基づく史実は洗脳された害毒を修正&上書きすることができる。これ以外に、洗脳を解く方法は無い。洗脳された人間には説得や批判は役に立たないのだ。すれば、更に反発して、悪循環の繰り返しとなる。自分自身で気付いて修正するしかない。これは私の人間関係を断捨離する基準となっている。
日本人は自分自身で探求、確認せずに、権威や他者の伝聞(デマ)を鵜呑みにする傾向がある。分析しないからデマやプロパガンダの悪影響をもろに受けてしまう。今でも、コロナ騒動や災害発生時の情報に錯乱するのはその典型。
真珠湾攻撃は「日本が宣戦布告をする前に行った卑怯な不意打ちである」とされ、開戦の口実となっている。ところが、明らかになった事実が二つある。1,日本の暗号はすでに解読されていた。2,宣戦布告の通達をなぜか外務省関係者が遅延した。
2に関しては一次資料がなく、外務省は隠蔽して来たのでここでは述べない。しかし、1に関しては明確な一次資料がある。
実は、宣戦布告の前から米国は暗号解読に成功しており、知らんふりをしていたのである。それはルーズベルトが国際社会に対して参戦する口実を作る為にわざとそうさせていたのである。その前に、60回近い戦争回避のための和解交渉も全て拒否していた事実もわかっている。要するに詰将棋の様に追い込まれたのである。先に手を出させて、正当防衛を主張する姑息な策略であった。
その後の日本の戦略や行動も筒抜けであったことがわかる。これでは待ち伏せされたり、罠を仕掛けられるのも当然であった。
暗号の解読が生死を分けることは英独のエニグマ解読でも明らか。英国はドイツの暗号を解読していながら、知らんふりをして、戦況の回復をすることができた。
ちなみに、日本軍に暗号が解読されている可能性を指摘したドイツの外務次官がいたそうであるが、軍部は信用しなかったので、後の祭りとなった。
戦後の闇
これについても一次資料が出て来た。
戦後最大の茶番劇ヤラセ裁判がいわゆる「東京裁判」である。戦争責任を裁く根拠や権限もない侵略国は、国際社会にアピール(正当化)するために、懲罰を合法化するための法律を後から作ったのだ。いわゆる事後法問題である。出来事が起きる前には無かった法律を後から作って審判にかけることであるが、これほど卑怯な行為を当時の国際社会は日本に対して行ったのだ。その弱い者いじめ集団が作った国際組織こそ「国連」なのである。
侵略国が自分たちの都合がよいように行った裁判であるから、公平性などはなく、やりたい放題であった。パール判事などの善良な有識者は「勝者による一方的な裁判である」と非難しているが、戦勝国はその声も抹殺した。そして、判決には不可解な点が多数見られる。
先ずは、死刑になったのはなぜか陸軍関係者のみである。
開戦の口実である「真珠湾の奇襲」問題はどこに行ったのか?しかも、同裁判では一度も取り上げられないばかりか、「真珠湾」という言葉すら出てこなかったそうである。
普通なら、先ず喧嘩を仕掛けて来たきっかけと張本人を追求するはずだけれど、それをしなかったのだ。
つまり、当時は一次資料に記録されている内容(知らんふりをしていた)が隠された真実であった。もしも自分達が奇襲を事前に知っていたことがバレると裁判の進行を妨げるから、敢えて隠したのだ。
そして、海軍に対する、不自然な対応は、それと関連する関係者たちとも司法取引があったことを示唆している。海軍には留学経験者が多く、外務省とのつながりも深かった。
ちなみに、外務省関係者も全て無罪放免となっている。そして、関係者は戦時中の秘密は一切話しておらず、逃げたままになっている。そればかりか、外務官僚は戦後の傀儡政権と親密な関係を築くのである。これは、戦後に行方不明となっている大陸で得た巨額の資産に関わっていた商人と財務官僚にも同様の事が言える。
また、大陸における細菌兵器(人体実験)研究、アヘン栽培などの関係者やそこから巨万の富を得ていた商人たちも無罪とされた。そればかりか、戦後政府の要職に就いたものが少なくない。
大出世した元外務官僚Yは総理大臣となりJ党を作った。官僚でもあり商人ともつながりの深いKは昭和の妖怪と呼ばれた。日本を植民地化する密約はこの時期に確立された。その仲間たちは昭和のフィクサーと呼ばれ、裏社会に君臨してきた。つまり、現代日本の腐敗&癒着構造はこの時期に作られたのだ。これが日本を蝕む諸悪の根源。これを叩かない限り、日本の自立と復興は有り得ない。この退治方法に関する神(鬼)のアドバイスはこちら。
念のため。ここで紹介した研究者とその動画には宣伝広告も含まれているけれど、内容の正当性に何ら影響するものではない。教授の貢献されて来た業績には膨大な時間と費用が投資されている。学者は商人ではないから、生活するためには応援する人たち(出版社、後援者、支持者)の経済的な支援も必要。その知識に少しでも触れることができるというだけで、感謝するべき。我々に成り代わり、研究していただいているのだと考えるのが当然だと思う。
それと、教授の著作は純粋な史実の追求であることが大事。娯楽や利権が関係すると、創意が入るから真実は歪められる。我々の歴史観は時代劇やアニメ作品の影響が強いことがよくわかる。歴史上の豪傑、英雄、偉人のイメージはほとんどが自ら学んだ内容ではなく、それらの創作物に基づいている。その時々の庶民(読者)の受けを狙うから、当時の価値観によって、人物像も変わる。ところが、我々が歴史談義をする場合、それに気付かず、それらの虚像(作られたイメージ)に基づいて話すことが多い。間違った情報とその判断が積み重なれば、進む方向が行方知れずとなるのは当たり前。
ちなみに、首謀者の米国軍人は後に以下の様な証言をしている。
これはネットで発見した投稿画像。証言内容から部分的に抜き出しているけれど、問題提起にはなる。詳細はご自身で調べること。産経新聞の関連記事などもある。洗脳は自分自身で解くしかない。他力本願を期待するな!
日本への謝罪(ダグラス・マッカーサーの告白)公聴会は40分もの発言内容があるために、関係する部分をつなぎ合わせてある。
「日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。
日本はなにも悪くありません。自衛戦争をしたのです。
イギリスのチャーチルに頼まれて、ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。
アメリカは日本を戦争に誘い込むためイジメにイジメぬきました。
そして最後通牒としてハルノートを突きつけました。
中国大陸から出ていけだの、石油を輸入させないなど、アメリカになんの権利があったというのでしょう。
当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。
白人は良くて、日本人は許さなかったのです。
ハルノートのことは私もアメリカの国民も知りませんでした。あんなものを突きつけられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。
戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。
我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画をたてました。
アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法は、その国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。
戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。
まず、日本の指導者は間違った軍国主義をとってアジアを侵略していったと嘘の宣伝工作をしました。
日本がアジアを白人の植民地から解放したという本当の理由を隠すため「大東亜戦争」という名称を禁止し、代わりに「太平洋戦争」という名称を使わせました。
東京裁判はお芝居だったのです。
アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。
公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学などを要職にばら撒きました。
その教え子たちが今、マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。
徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。
ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった。戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。
これらの政策が功を奏し、今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。
私は反省しています。自虐史観を持つべきは日本ではなく、アメリカなのです。
戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。
最後に私が生きていたときの証言を記して、謝罪の言葉としたいと思います。
『私は日本を誤解していました。
日本の戦争目的は侵略でなく自衛のためだったのです。
太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国によって強大させたことでした。
東京裁判は誤りだったのです。
日本は八千万人近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ。
つまり、労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。
これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。
彼らは工場を建設し、労働力を有していました。
しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることが出来ませんでした。
日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。
綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。
その全てがアジアの海域に存在したのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうこと彼らは恐れたのです。
従って、日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。』」
1951年(昭和26年)5月3日
アメリカ上院軍事合同委員会の公聴会にて
あれだけ日本を憎んで、民族を抹殺しようとしていた同人物の口から出た内容だとは、にわかには信じられなかったけれど、事実らしい。この手のひら返しの証言は何なのか?私の推測であるが、実際に日本に滞在した結果、日本の霊性に感化されたのだと想像する。約6年の日本植民地化を終えて帰国した際には友愛の感情が芽生えていたらしいのだ。一切の言い訳や命乞いをせず国民の平和を要請した天皇陛下の態度、召使などの接する人たちの礼儀正しさなどに感銘を受けたと言う話が伝わっている。そして、役職を解任され、日本を離れる敵国の親分に対して、日本人はまるで友人の様に見送ったのである。そのような日本での体験は彼に影響を与えたと思う。
インバウンドで来日する外国人たちが感動し、在日の外国人たちが面白いことを言う。「俺は日本に来ると善人になっちゃうんだよ」と言うのだ。それは余りに無防備で平和過ぎる環境を実際に体験したからである。お店などでトイレなどに行くために席を離れる時、多くの日本人はスマホや荷物を席に置いたままで離れる。しかし、誰も盗もうとはしない。自分が本国なら盗んでしまうかもしれないけれど、日本に来るとその気がなくなるし、良心に目覚めると言うのである。これは幕末に日本を訪れた外国人たちも同様の驚きを記録していた。それが今でも受け継がれていることを知ると、本当にこの国とその霊性(性善説社会)が愛おしく大切に感じる。
これこそが、私が神よりいつも諭されている「日本の霊性」なのだ。性善説社会の根底にある偉大な魂である。ただ、付け加えると、そう考える人には霊性を感じることのできる感性があるということ。日本の友人となる素質を持っている。しかし、一時的なインバウンド観光客や低文化レベルの出稼ぎ労働者たちのように、そうではない人も多い。それらの人たちは本国同様に犯罪を犯し、害国人となる。
話を戻すと、侵略の張本人は同上の証言をしているけれど、その後の侵略国の元首たちの認識はどうなのか?
現在の米国でこの将軍の名前を知る米国人は少なく、大東亜戦争の経緯も知らない人がほとんど。来日して初めて知ったと言う米国人が多い。これは、この発言内容が知られることを恐れ、教育(授業)から意図的に排除している可能性がある。情報公開をする一方で、情報操作も行われている事を忘れててはならないだろう。
これは半分本当で半分嘘だと思う。なぜなら、戦前と昭和の前半を作った人たちはその前の世代の人たちなのだ。彼らは伝統的な調和の精神、質素倹約の精神、勤勉性、向学心、道徳観念などを持っていた。それらが戦後の高度経済成長を支えた。この時代に創業した新興企業の社風にはその遺産を感じることができたけれど、最近は倒産したり、海外企業の傘下に入ってしまった老舗企業も多い。
私は仁術の施術時に霊性を必要とするため、毎度、霊との不可思議な会話(交信)を経験する。その際に様々な事を教わるのだけれど、最近は特に私の洗脳されてしまった害毒や穢れを浄化するための啓示(お叱り)が多い。
そこで、気付かされたことは、近代の霊性の損壊がひどいこと。特に明治と戦後である。明治の無節操な伝統文化破壊(否定)と戦後の日本弱体化はつながっている。太平の時代が戦乱続きとなったのは明治の文明退化以降なのだ。不自然で遅れた(今でも最先端だと勘違いしている人が多いけれど)概念を無理やり日本の精神文明に押し付けたことが原因。それに気付いた文化人もいたけれど、その声は物とお金に目がくらんだ政財界と愚民には届かなかった。
物質文明に毒された人々が大好きな概念が「権利」。人権、自由などはそこからの派生。この危険性に気付いていたのが福沢諭吉氏。氏は西洋文明の概念を日本語に訳すことに注力していたけれど、その困難と限界も痛感していた。訳語として登場した「権利」は元々が「権力によって利益を得る」意味の仏教用語であり、そこには公の大義や調和による平和の観念が抜け落ちている。その結果、人間が私的な要求ばかりするようになることを見ぬいていたのである。現在を見ればその通りではないか?この詳細については井上ひさし氏のコラムをご参照。
この誤った教育をまともに受けてしまったのが戦後の子供たち。高度経済成長の実働部隊がこの世代。しかし、指示を出すのは前の世代の上司や指導者であり、以前の教育も受けているから、半分は伝統的日本人であった。都市部ほど西洋化は顕著であるから、伝統的な日本人気質や霊性が失われるのも速い。反面、地方には伝統が残ることになる。
子供たちの脳ミソはスポンジのように情報を吸収する。朱に交われば赤くなる。高等な哲学や理論より、目の前にある現実を優先する。飴(チョコレート)と鞭を使い分けた侵略者の洗脳に気付く力は無かった。焼け野原から見る、彼らの姿は輝いて見えた。幼少期に欧米の価値観に洗脳された人間は当然、思想も生活スタイルも西洋志向になる。外来語が氾濫し、テレビCMには外人モデルが登場する。
そして「権利」「自由」に夢中になった人たちの節度の無い暴走が始まった。それに伴い公害、腐敗、暴力(家庭内、学校内)が横行したけれど、全てを「高度経済成長」という大義名分でうやむやにして来たのだ。「豊かな暮らし」「幸せな家庭」と言うのは、西洋の価値観を鵜呑みにした物質文明に毒された成金志向であることに気付かなかった。昭和のバブル経済、伝統的な美徳や精神文明、性善説社会の崩壊はここから始まった。それらの人たちが作ったのが弱体化した平成と令和なのである。
これと同様の現象は明治期も起きていた。クーデターにより力を得た成金政財界人たちは、こぞって豪邸(別荘)を建てまくり、セレブな生活をひけらかすようになった。子孫を残すことが困難な戦国時代でもあるまいし、何人もの妾を囲い、豪遊する。この子孫たちが近代日本の政財界の多くを占めている。
今後の日本について
権利や自由に毒された人たちのなれの果てがいわゆるリベラリスト。グローバリストもほぼ同類。この基礎作りに加担したのが洗脳された自称文化人が作った教職員組合である。悲惨な原爆体験を描いた「はだしのゲン」を閲覧制限したり、国歌斉唱を拒否させたりしたのが、この連中。正に侵略者の手先である。彼らが実施した「ゆとり教育」は日本人の調和の精神と道徳観念を破壊し、利己的な権利を主張するモンスターを量産した。
1980年代にリベラル教育を提唱した本国アメリカでは、それによって、若者たちが自由や権利をケジメも節操も無いことと混同したから、善悪の区別もできず、犯罪意識がなくなってしまった。その為に青少年犯罪が激増してしまい、慌てた米国教育界はその改善策として、皮肉なことに、自分達(GHQ)が日本で禁書扱いとしていた日本の「修身」(戦前の教科書)を参考にしたのである。ところが間抜けな日本教育界はそれを「アメリカ式最先端教育理論だ!」と得意になって試行してしまったのである。米国が反省して廃止した教育理論を取り入れてしまったことは、愚かと言うしかない。
この顛末は過去のブログに詳しく書いてある。
この弊害は大きい。愛国心と日本人の誇りを失った悲しい世代。西洋由来の外来語や文化は覚えたけれど、自国の伝統文化や哲学には疎い。日本生まれの半外国人だと言えるかもしれない。80年代の米国で若者による犯罪が多発した状況は、闇バイトや詐欺などの横行する現代日本と同じである。
その中で、高学歴者は知的で良い人ぶるけれど、実はこれらの人たちこそ、自然(宇宙)の摂理を歪めてしまう存在なのである。この前の世代はコミュニストがそうであった。つまり、自分たち(人間)の概念や思想が自然の摂理(神や霊性)よりも優れていると考える傲慢な人間たちの事である。危惧するのは、この種の人間は西洋由来の不自然な司法の概念と相性がいいこと。様々な権利を主張してマウントを取ることに長けている。それは、そうすることが正しいと言う教育を受けて来たから。だから、弁護士、裁判官などの業界に増えつつある。このままだと将来は欧米の様な訴訟社会となるはず。正義や道徳ではなく、法律解釈により管理される社会になってしまうのだ。これは法治の起源(意義)の本末転倒であり、法治国家における最大の弊害、害毒である。
私に届く神からの啓示では、物質文明至上主義とこの種の人間が世界を滅ぼすと言われている。
この背後にはそこから利益を得ている国際金融資本がいる。以前はディープステイトなどと呼ばれていたけれど、陰謀論の様な曖昧な存在ではなく、現実に存在する世界構造である。国際金融資本は世界の摩擦から富を生む。そのために都合がよいシステムとルールを作る。自分達が介入するためには国際ルールが必要。これがグルーバリズムである。相場の変動から利ザヤを稼ぐシステムがその典型。変動が大きいほど設けるチャンスが生まれる。変動が大きな現象とは、すなわち紛争や摩擦である。紛争を誘導する情報操作も行い、プロパガンダを実行するアイドルも生み出す。イラン戦争のナイラ証言や最近の環境活動家が典型例。

最近ではコロナ騒動、ウクライナ、イスラエル問題などに関与している。ここで、神の啓示を付け加えれば、それに便乗して利益を得ている者たちも共犯、同罪である。それらの共謀意識が今の世界を作っている。
コロナとワクチンに関与した邪悪な科学者たち。
14分からは日本国内で公的に奨励した医師たちに言及している。
回答を「弁護士のアドバイスにより答えを控えます」の一点張りで拒否し続ける茶番劇の様な公聴会。後半は医師による具体的な追及。これらの報道は日本の大手メディアではほとんど見ることはできない。
こういう構造と背景から、様々な害毒が生まれるので、我々は監視することが大切である。
靖国神社問題
これに関して、非常にユニークな発想をされていた文化人がいらっしゃった。
この方の発想と博識、言語表現には常々感心している。想像であるけれど、故石原慎太郎氏にこの方のユーモアセンスが有ったら、面白かったと思う。
フェイスブックにてこの動画を拝見したので、私も以下のようなコメントをしておいた。長いコメントは書きたくないので、短いけれど、本当はもっと言いたいことがあった。
それは、神の啓示に基づく、問題提起である。
今の日本の中枢(政府)と聖職者(皇族、神職)には霊性を理解できる存在がいない。だから道を簡単に誤る。
神様や霊魂が人間ごときの作った箱(建造物)や指定した場所(所在地)に収まるはずがない。それらはあらゆる物とと共に存在する。我々はその一部だと言っても良い。それがわかっていれば、神や英霊を心に念じた瞬間にそれらは降臨する。いつ、どこであろうともだ。教会にいても、モスクにいても、ファーストフード店にいても、トイレにいても、同じである。御利益や由緒の誇張宣伝、各種迷信グッズなどは神に無礼な宗教ビジネスである。
ちなみに私の施術にはこの関係性が必須。私はそれを感じてお手伝いするのみ。昨日はあるお寺の坊守さん(住職夫人)がチャドクガに刺されて苦しんでおられたから、お手伝いをした。目の前で赤くただれていた皮膚の色が変わり、腫れが退く様子には当人も私自身も驚くばかり。しかし、この様な現象は小児麻痺、喘息、リュウマチ、パーキンソン病、アナフィラキシーショックなどの施術でも起きる。毎回新たな発見を授けていただけることは、本当に感謝と畏怖である。
彼女は聡明な方で、インドをはじめ様々な哲学を学ばれていらっしゃる。仏門の場において、私が得体のしれない「神様」を持ち出すことは失礼になりかねないから、少しお話(説明)させていただいた。私の言う「神様」の概念はそこには収まらないのである。つまり、お釈迦様やイエス様などがお生まれになる前からの原始の存在なのだ。彼らが論じた超人間的存在と同じだと感じる。しかし、よく考えればこれは当然である。なぜなら、人類が今の様な言語体系を持つ前にも文明や石器時代などがあり、私はそのつながりを深く感じている。
話を戻すと、その存在は千変万化であり、人間の想像するような実体は持たない。だから、名前や形式などどうでも良いのである。首相や政治家、国民の誰かが靖国神社の事を念じた瞬間に、そこに関連付けされた神と霊魂は降臨する。本来は社や廟などの建造物は不要。神棚やお札さえも要らない。この概念が理解できれば、日本国の元首として言うべきことは簡潔で良い。
「私たちは常に神と英霊たちと共にいるのです」
これだけで、毎日靖国神社に参拝しているのと同じ意味となる。更に説明を加えるならば「私たちは終戦記念日だけでもなく、靖国神社に限られることもなく、常に神と英霊たちと共にいます。すなわち、神国日本の国民は全てが心の中に靖国神社を奉っているのです」と言うべき。
これにより、神社参拝と言う形式はどうでもよくなる。
























