■夢日記 「六畳の人魚」 | 銀のマント


 夢日記 「六畳の人魚」


 

突然出社してこなくなった同僚がいる。
もう無断欠勤が三日も続いている。
上役に言われ、私が様子を見てくることになった。
過去に何度か訪れ、一緒に酒を飲んだことがある。
木造のボロアパート。
田舎に多額の仕送りをしているため、こんなところにくすぶっているらしい。
木のドアをノックするが返事がない。だが中にはたしかに人の気配がする。
ドアノブを握って引くと、かんたんにドアが開いた。鍵が壊れていたらしい。
勝手に中に入ると、六畳一間の真ん中に大きな浴槽がおいてあり、水をはったその中に人魚がいた。
同僚は人魚に何か食べさせている。夢中になっていて、ノックの音も聞こえなかったようだ。頬がげっそりとこけ、目は充血していた。熱でもあるのだろう、病人のような顔だ。
だが、それにもかかわらず、幸福そうなその横顔は、これまで見たことのない同僚の顔だった。
美しい人魚だ。
同僚と人魚は突然開いたドアに驚いたらしく、動きを止めてこちらを凝視した。
同僚は我にかえって、人魚に何か言うと、慌ててわたしを外に連れ出した。
外に出るときにふりかえって人魚を見ると、不安と悲しさがいりまじった顔で私を見つめていた。
うす暗い廊下で同僚とむきあった。
思わず、同僚の額に手を当てていた。すごい熱だ。
「会社に出てこないのは、あの人魚のせいか」
同僚を問いただした。
「たのむ、あいつのことは誰にも言わないでくれ」
同僚があわれっぽい声で言った。
「どうするつもりなんだ。こんなことがいつまでも続けられるわけないだろう。それにお前は病気じゃないのか」
「ああ、わかっている。考えているさ。ちゃんと考えているんだ。だから、二、三日、会社には黙っててくれないか」
そのあまりにも必死な形相に、私は黙って頷くと、人魚のいるボロアパートを後にした。
あいつはどうするつもりなのだろう。
人魚との甘い生活など、いつまでも続けられる筈がない。
あいつは今夜にでも、人魚と心中でもしてしまうのではないか。
ふと、そんな予感に捉えられた。
それはそれで、ひとつの決着ではあると思った。
私は、部屋で待っている熾天使病の美しい姉のことを思い出して、歩みを速くした。

 


世の中に熾天使病なる美しき病のありて狂いし姉の

                             人魚のイメージ写真は某サイトよりお借りしました。