金沢大学と金子、堀、多久和、市村、安藤各氏を被告とする訴訟の追加証拠等を提出 | 医療事故や医学部・大学等の事件の分析から、事故の無い医療と適正な研究教育の実現を!金沢大学准教授・小川和宏のブログ

医療事故や医学部・大学等の事件の分析から、事故の無い医療と適正な研究教育の実現を!金沢大学准教授・小川和宏のブログ

医療事故死は年間2万-4万人と推計されており(厚労省資料)交通事故死の約4-8倍です。医療問題やその他の事件が頻発している金沢大学の小川が、医療事故防止と事故調査の適正化や医学部・大学等の諸問題と改善を考えます。メール igakubuziken@yahoo.co.jp(なりすまし注意)

金沢大学と金子、堀、多久和、市村、安藤各氏を被告とする訴訟の追加証拠等を提出
 〜試験点数と成績の逆点を更にエスカレート、試験とレポートは同じだという主張
   (医学部大学等事件100)


 金沢は桜が満開です。
 皆様の地域ではいかがでしょうか?

 本日(4月3日)、金沢大学と金子、堀、多久和、市村、安藤各氏(部局長、大学院研究科長、医学部長、教育委員長など)を被告とする訴訟(金沢地裁平成29年(ワ)第541号)の、追加証拠数点と原告準備書面2(弁護士作成の、主張予定内容を記した書面)を提出しました。

 次回は明後日4月5日(木)の午後3時30分から、金沢地裁で弁論準備手続きが開かれますが、非公開なので傍聴には当事者の同行が必要です。

 今回は、「閲覧制限」という手続きを、私は初めて行いました。
 当事者とその訴訟代理人弁護士以外は、一部の訴訟文書を閲覧できないようにするもので、今回は成績表と診断書を初めて証拠提出したため、提出と同時にそれらに閲覧制限をかけるよう申し立てて、現在、第3者は閲覧できないようになっています。

 原告準備書面2(弁護士作成)には、次の記述も含まれています。
 
大学入試センター試験を受験して医学部・医学類に合格し、その後に大学内の試験を幾つも経験してきた当該学生が、「試験とレポートは同じ学力を計れる」と信じるとは考えにくく、安藤被告から何らかの指示あるいは圧力等があったと考えざるを得ない。

 以下に、その原告準備書面2(弁護士作成)の、本文の初めから約2000字の部分などを引用します。

<一部引用ここから>

1、分担2学年目は点数と成績の逆転を更にエスカレート、大規模に大幅な逆転

 安藤被告は金沢大学に着任して「薬物治療の基礎」(平成29年秋の授業より「薬理学」)の分担を始めたが、その1学年目の成績評価(平成28年夏)において、得点率53%台の学生を合格させて、それよりも高得点だった11名を合格させなかった事実は、被告側も認めていて(多久和・市村被告の第1準備書面の15頁)争いが無い。なお、この1学年目の逆転時は、安藤被告は、点数順での並び替えができるエクセルファイルを添付せず、PDFファイルのみを原告小川に送ってきた。

 この1学年目の点数と成績の逆転に続いて、2学年目では、多くの学生について、原告小川が学生本人に開示した実際の点数(その成績は甲19の成績表)とは異なる成績(SABC)をつけたばかりか、一部の学生については明らかにあり得ないことがわかる高得点化まで行った(甲20の1から4)。

 例えば、甲20の2の成績表の、上から2番目の学生は、実際の点数が60%よりもかなり低得点であっただけでなく、原告小川担当分を満点の120点と仮定して計算しても70%に満たないことは、安藤被告にとっても明らかであった。ところが、安藤被告は、「70%以上80%未満」の「B」として、多くの「C」(60%以上70%未満)の学生と逆転させた(甲19、甲20)。

 このように、安藤被告は、分担を始めて2学年目は、1学年目よりも、点数と成績の逆転を更にエスカレートさせ大規模に大幅な逆転を行った。学生本人が採点済み答案を確認した成績から、多くの学生で成績の書き換えを行い(甲19、甲20)、もはや「試験点数」や「成績」とは呼べない状態にまで同科目の教育や成績評価を破壊した。

2、3学年目の「寝坊」で未受験の学生にレポートで合格点を与えようとする画策、
  安藤被告は「再試験」と「追試験」の区別がつかず混乱発生、照会に無応答


(1)遅刻は30分迄のルールだが、「寝坊」の学生が試験終了後に受験したいと求め

 安藤被告が分担し始めた3学年目の学生(平成30年4月に多くが3年生に進級した学年)については、平成30年3月16日の午前10時30分から90分間、「薬理学」の中間試験(本試験)を実施した。その本試験は、数名が欠席した。

 その試験終了から約10分後、欠席者の中の1名が原告小川を訪れ、体調不良もあって「寝坊」で欠席したことなどを話し、まだ試験問題を見ていないので今から受験させて欲しいと求めた。これに対して、原告小川は、それ(同じ試験問題ですぐに受験すること)はできないことと、体調不良なら提出できる状態になってからでよいので診断書を提出しておいたほうが無難である旨を説明した。

 金沢大学医学部・医学類のルールでは、試験での遅刻が認められるのは30分までで、30分からは受験者が退出できることと定められている。また、試験が終了した約10分後に、同じ問題で試験を受けさせてくれというのも、常識から外れている。

(2)本試験で低得点者がいるにもかかわらず、寝坊を「レポート」にしようと画策

 その4日後の同月20日の午後4時20分頃、その学生は再び原告小川を訪れ、安藤被告がレポートにしたいと提案しているので、小川担当分もそうして欲しいと述べ、レポートでも試験と同様に計れる旨を主張した。大学入試センター試験を受験して医学部・医学類に合格し、その後に大学内の試験を幾つも経験してきた当該学生が、「試験とレポートは同じ学力を計れる」と信じるとは考えにくく、安藤被告から何らかの指示あるいは圧力等があったと考えざるを得ない。

 当該学生によるこのレポート要求に対して、原告小川は、本試験を普通に受験した低得点者との不公平が生じるためレポートは困難であること、試験は暗記を基に試験時間内に解答するものであるため、試験とレポートは計る能力が異なる旨などを説明した。

 その後、当該学生は安藤被告のところへ再び行って、午後5時10分頃に再び原告小川を訪れた(この日2回目)。

 当該学生は、安藤被告も試験にすることにし、60%未満の得点者はそのままの点数にするが、60%以上の得点者は60%の点数にすると言っている旨を述べた。

 試験を受けて60%未満になって合格出来ず、救済のための「再試験」なら、60%以上の得点でも60%にすべきだが(本試験合格者を逆点しないように)、中間試験が終わった段階で未受験者に行うとすれば本試験の代わりの「追試験」であるので、原告小川は、当該学生に、同じ満点の配点で難易度は少し上げる予定だと説明した。

 こうしたやりとりから、安藤被告は、まずレポートで本試験受験者の低得点者と逆点を行おうとし、続いて原告小川の指摘を受けると試験に変更したが、「再試験」と「追試験」の区別さえついていないことが明らかになった。

<中略>

(4)追試験等に関する確認に対して安藤被告が無応答を継続

 こうしたいくつかの奇妙な経過があったため、同月28日より、原告小川は、安藤被告に対して、次のような内容のメールを何度も送っているが(被告らにもCCを送信、甲22)、安藤被告は4月3日の正午になっても応答せず、追試験へ向けた調整などが妨げられている。

(ア)原告小川の話を聞いて、レポートを取消し再試験に変え、更に追試験に変えた
(イ)レポートと試験は同じ能力を計れるという趣旨で当該学生に話したのか
(ウ)本試験低得点者とレポートで60%の者との公平性はどうするつもりだったか
(エ)追試験は学習期間が長くとれて有利だが、本試験より難易度を上げないのか


<原告準備書面2からの一部引用ここまで>