再掲・グレタ・ガルボ(Greta Garbo)様ー36歳に思わぬ人生の変化があったお方お二人目ー | 時は止まる君は美しい

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巡りあった美しい人達の記憶を重ねます・・・
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2019年11月2日記事

 

 

お仕事が楽しいという空気が全く感じられないガルボ様。

勿論、スフィンクスのようにお綺麗ですが。

 

 

 

 

 

なので、ご引退後のお写真の表情が好き。

 

 

予定でない引退

 

1905年9月18日~1990年4月15日

享年 84歳

 

『Ninotchka(ニノチカ)』(1939) 34歳

『Two-Faced Woman(奥様は顔が二つ)』(1941) 36歳

 

1948年『ランジェ公爵夫人』の出演契約書にサイン

スクリーンテストを受けるが、映画製作が頓挫。

 

1949年『サンセット大通り』オファーを拒否。

 

1969年ルキノ・ヴィスコンティ監督

『失われた時を求めて』を下敷きにした映画『ナポリ王妃マリーア・ソフィア』

への出演希望したものの、映画製作自体が実現せず、

オファーがあったかどうかも不明。

 

 

 

 

 

 

このドキュメンタリー(削除)にご出演の、

スウェーデン女優ミミ・ポラック様とは、演劇学校時代からの交友

公表されている書簡には、ガルボ様の恋心が記されている他、

ルイーズ・ブルックス様はご自身が、

一時、ガルボ様とセクシャルな関係だったことを語っていらしたり、

他にも、女性の恋人はいらしたようで、

ガルボ様が、両性愛者か同性愛者であったという説は根深い。

ライバルのように語られる、ディートリッヒ様の、

お嬢様が書かれた評伝には、お二人も関係があったと書かれてましたね。

 

 

 

ガルボ様、みどりにはどんな男優さん恋愛を演じられても、

実感感じられなくて、男装の麗人『クリスチナ女王』での、

女の子へのキスシーンの方が、生き生きと見えるんで、

同性愛者でらしたなら、納得してしまいます。

それ以上に、あまりニンゲン好きではないお方に見えるけど・・・

 

 

 

 

よく、ガルボ様と原節子様が、きっぱり引退という点で、

共通して語られますが、まるでお姿が見えなかった原節子様は、

日々、サングラス姿で散歩を続けられたガルボ様とは、

かなり違うような・・・

 

 

 

 

 

 

「ガルボ・ウォッチング」という言葉が出来たくらいで、

姿を隠すタイプではなかったし、老いても魅力的でらしたと感じます。

 

 

 

 

 

 

1963年には、ホワイトハウス晩餐会に招かれてらっしゃる。

ケネディ大統領夫妻は、ガルボ様をユーモアがあって魅力的と語ってる。

 

 

とても女らしい役より、みどりは『ニノチカ』のような、

固い役好きです。意外とコメディセンスもおありで。

エルンスト・ルビッチ監督の作品で、面白くないわけない。

キャッチコピーは、「ガルボが笑う!(Garbo laughs!)」

スフィンクス、ガルボ様の爆笑物悲しく感じないこともない・・・

 

 

ガルボ様の評伝も入手したのですけど、これまた未読

読めよ、みどり。

 

 

 

 

 

 

昔、拝読したものには、ご本人に合う役柄がなくなられて、

別に「引退」とか意識して辞められたというより、

いい役があれば、と思ううちに、めぐり逢いがなく、

実質的引退になった・・・というようなことが書いてありました。

やはり40歳前後というと、美人の主演女優型の方々には、厳しい年齢でしょう。

 

 

 

結局、最後作品となった『奥様は顔が二つ』

失敗作と言われてます。普通に面白かったけどな。

「ガルボ映画」ふさわしくなかったのか。

 

 

長く失われていて、1990年に発見された、

最後スクリーンテストのフィルム。

作品が『ランジェ侯爵夫人』(バルザック原作)なだけに、

実現しなかったのはのは残念。

 

 

自分が抱いている、ガルボ様のイメージそのままな感じで、

老いられてからの、ガルボ様のお姿好きです。

引退されてから亡くなるまでが50年近く

それだけ集中してお仕事され、資産を運用された?

羨ましい人生かもしれない。

36歳チームの中で、一番、幸福なお方?ガルボ様。

 

 

 

 

日本のドキュメンタリー、見つかりません。残念。

 

 

 

 

 

 

幼くして父を亡くし、家計の為に早くから働き、

英語話せないままハリウッドに渡った、

決して一人で過ごすのが嫌いではないような女性、グレタ・グスタフソン様

 

 

亡くなる4年前のお言葉が遺されています。

「私はハリウッドに疲れ果てていたのです。仕事が好きになれませんでした。

撮影現場に行くことを苦痛に感じる日々が多すぎました。

……本当の私は全く別の人生を送りたかったのです」

自分の好きな相手としか会わずに済む生活を手に入れられてのは、

ギネスブックの「世界で最も美しい女性」という賛美より、

幸福トロフィーでらっしゃるかもしれないですね・・・

 

 

いいなあ・・・モンブラン、大好き。

シルバー、素敵だろうなあ。